第20話 その奇病は呪いのように
……そしてそれは、突然に起こった。
「ノアリ、大丈夫か?」
「え、うん……けほけほ、なんとも、ないよ……?」
「本当……?」
お茶を飲んで休憩していたが、急にノアリが咳き込み始めた。これがただの咳なら、俺もわざわざ言及することはない。
だがこの咳は……3年前から、ずっと続いている。ノアリと知り合い、キャーシュとも仲良くなっていったあの頃からだ。だから、正確には急にではない。
何度聞いても本人は大丈夫と言うが、会う度に咳き込むのは果たして大丈夫なのだろうか? 3年前……いや、もしかしたら俺と会う前からも続いていたのかもしれないそれは、決して楽観視できるものではない。
とはいえ、本当にただ咳き込むだけだ。健康な人だって、ふとした瞬間に咳き込むことはある。なにかが気管に入りそうになってむせたときとか、空気が乾燥しているとき。ただそういう体質。ノアリのは体質なのだろうかと思い、またそれ以上ひどくなることもなかったため、深く触れてはこなかった。
……だが、今日は様子が違った。
「けほっ……ぅ、げ、ほ!?」
「の、ノアリ……」
「げほっ、げほ!」
肩を揺らす程度に軽い咳き込みは、徐々に大きく……喉の奥から絞り出されるような大きなものへと、変わっていく。それは、今までにない光景だ。
手のひらで口を覆い、それでも収まることはない。その姿は、明らかに大丈夫ではない。
「げっ、ぅえ……げはっ!」
「ノアリ!?」
「ノアリ様!」
その場に突っ伏し咳き込むノアリの姿に、自然とみんな立ち上がっていた。落ち着かせるために触れたい、しかし触れるのも躊躇われるような、尋常でない様子。
それが尋常でないと、形になって表れることになる。
「ぁ……はぁ、は、ぁ……」
……口元を覆ったノアリの手には、赤い血がべったりと、付着していた。
「だい、じょ……ぶ、だから……」
「そ、そんなわけないだろ!」
吐血しておいて、大丈夫なんてことがあるもんか。なんでもないと、俺たちを安心させるように笑うノアリの顔は、わかりやすく青ざめている。
その姿にキャーシュも青ざめているが、素早い行動を取るのはアンジーと先生だ。アンジーはノアリを優しく抱き上げ、先生は"
魔石とは、要は魔術のエネルギーを貯めている石で、人間にも魔術が使える道具だ。原理は不明だが、こうやって連絡手段として使うこともできる。そうしている間も、アンジーはノアリを寝室に連れていく。
『ノアリちゃんが!? それって……』
アンジーの後を追い寝室に向かいつつ、魔石から母上の声が聞こえてくる。先生が手早く現状の報告をして、ノアリの症状を伝える。激しい咳き込み、吐血……さらにアンジーとのアイコンタクトで、熱もあると報告。
そのまま寝室のベッドにノアリを寝かせると、先ほどまでに俺たちを安心させようとしていたノアリの姿はそこにはなかった。苦しそうに咳き込み、胸を押さえている。
『……考えたくは、ないけど……胸を、押さえてるのよね? アンジー、ノアリちゃんの胸を確認して』
ここにはいない母上の指示、それに従いアンジーは、ノアリの服を脱がせていく。女の子の肌を見るなど、本来、男はこの場にいるべきではないのかもしれないが、緊急事態だ。それに幼い子に、それもこんな状況で変な気持ちなど湧くはずもない。
もうすぐ7歳になる……そのノアリの肌が、露になっていく。若々しく、傷一つない美しい色白の肌が、そこに……
「……なんだ、これ……」
……そこに広がっていたのは、目を覆いたくなるような光景だった。
色白のはずの肌は若干黒ずみ、異様に血管が浮き出ている。胸を押さえていたが、もしも一歩間違えれば血管を切り裂いてしまう……そんな危うささえ、ある。異様な光景の中でさらに異様なのが、胸部……そこに、黒い斑点が出現しているのだ。
これまでにノアリの裸を見ることなどなかったが、間違いなくあんなものはなかったと、断言できる。
「こ、れは……」
『……状態を、教えてくれる?』
先生やアンジーさえも言葉を失う中、響く声はこの場にいない母上のもの。落ち着いた声色はこの光景を見ていないからこそなのか……だが、母上のさっきの様子は、この現象に心当たりがありそうだった。
ただ、落ち着いた声が、取り乱しそうな頭に冷静さを取り戻させてくれる。
「は、はい……の、ノアリ様の、体は……」
先生は平静を取り戻そうと、必死だ。キャーシュは、アンジーが部屋の外に連れていった。長々見ていたいものではない。
胸元は黒ずみ、血管が浮き出て、黒い斑点がある……それを、先生はゆっくりと、しかし確実に伝えていく。それを受けた、母上は……
『っ……まさか、本当に……』
「ミーロ様……これは……」
『……奇病よ』
悔しそうにしているのが伝わるほど、切羽詰まった声で……信じたくないことを、言った。
「き、びょう……」
それは、まさにさっき思い浮かべていたものだ。最近母上が家を空ける理由、それこそが奇病によるものだからだ。原因も治療方法もわからない、奇病……それが、ノアリに?
嘘だと思いたかった。だが、目の前の光景は、どう考えても風邪や熱で済まされるものではなくて。
「な、んで……」
ついさっきまで、ノアリは元気だった。咳き込みこそしていたが、笑っていたし、走り回ってもいた。なのに、なんでこんな……
頭が、追い付かない。その間も、現実は進む。……母上は、信じたくない現実を突きつけてくる。一番聞きたくない、言葉を。
『奇病……今のところ、治療方法は見つかっていない。それも、ただの病じゃなくて……まるで呪いのように、死に至る病。だから、こう呼ばれているの。
……死に、至る……病……と。
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