第26話
キール卿の屋敷から戻った私は、アルベルト卿がこちらに来ている事やミシェルさんがアルベルト卿の古い友人だったことを光ちゃんに話した。 夕飯前に出かけて行ったミシェルさんが、アルベルト卿の宿泊先から戻ってきたのは夜遅くの事。 戻ってきたミシェルさんは心配いらないと言っていたが、光ちゃんはいつでも逃げられるようにと、枕元に食料や水の入った布袋を置いて眠っている。
「眠れないのかい? 」
馬屋に顔を出したのはローランさんだった。
「え、ええ。 ちょっと…… 」
ローランさんはアルトとアヴィにじっと見られながらも私の側に腰を下ろす。
「ミシェルに聞いたよ。 僕の時と状況が違うけど、彼女は君達を売ったりはしないよ 」
「状況? ローランさんと私達って何か違うの? 」
「君達はスキル持ちだからね。 あ、スキルっていうのは特殊能力の事だよ 」
ローランさんはニコッと笑顔を私に向ける。 安心させるための笑顔なんだろうけど、私は彼のこの笑顔がちょっと苦手だ。
「ミシェルさんを信じてない訳じゃないんです。 でもアルベルト卿がエルンストにまで来たのは、私達を追って来たからじゃないかって…… ちょっと不安になっちゃって 」
「大丈夫。 彼女はああ見えて高位貴族にも顔がきくからね、なんとかしちゃうよ 」
「うん…… ありがとうローランさん 」
とは言っても不安は消えない。 仮に私達がここにいるのがバレて、その事がなんとかなったにしても、ミシェルさん達の立場が悪くなったりはしないんだろうか。
ブルル
「ゴメンねアルト、アヴィ 」
私の不安が
「明日ゆっくりミシェルと話してみたらいいよ。 それじゃおやすみ 」
そう言ってローランさんは馬屋から出ていった。 なんにせよ、私達がここに長居してはいけないような気がする…… そんなことを考えながら、私は藁のベッドに横になった。
翌朝、昨日と同じようにアリアちゃんがアルトとアヴィのお世話をしにやってきた。
「あれ? おねーちゃん早いねぇ! 」
水の桶を2頭の前に置いたアリアちゃんは早速掃除を始める。 その後ろには、大きなあくびをしたエミリアさんの姿もあった。
「おはようアリアちゃん、おはようございますエミリアさん 」
「ふぁ…… おはよー、ショーコ 」
眠そうなエミリアさんは、まだ口の付けてないアヴィの飲み水で顔を洗い、パンパンと頬を叩いて目を覚ます。
「早くに出発するんですか? 」
「今日は昨日積み込んだ荷物を、近隣の村々に届けるからね。 早くに出ないと昼までに回りきれないのよ 」
『よろしくね』とエミリアさんはアルトの首をポンポンと叩く。
「おはよ、えーと…… ショーコちゃんとヒカル君だっけ? 」
少し遅れて馬屋に入ってきたのは、昨夜に北の配送から戻ってきたクラッセさんだ。 気さくで優しく話しやすい雰囲気で、ジャニーズ系の顔立ちがカッコいい。 のだが、残念なことにお腹がだらしない。
「おはようございます。 クラッセさんも早くに出発なんですか? 」
「うん。 今日からトゥーランまで走るからね、今日中にはトゥーランに着かないと。 ミシェルも人使い荒いよねー 」
ニコニコ顔で愚痴を言うクラッセさんに苦笑いを返す。
「遊んでる暇ねーぞ? 」
倉庫の方からは、クラッセさんの相方のバートンさんも顔を覗かせた。 背が高く、クラッセさんよりもイケメンなバートンさんは、切れ長の目でクラッセさんを睨んで急かす。 昨日も何度か顔を合わせたが、表情を変えずに『よろしく』と一言挨拶を交わしただけ。 彼にはあまり歓迎されていないのかもしれない。
「………… 」
バートンさんは無言で私をじっと見る。 ちょっと怖い…… でも朝の挨拶くらいしなきゃ!
「あの…… お、おはようござ…… 」
「メシ、また作るなら食べてやってもいい 」
突然そう言って顔を真っ赤にして倉庫に消えていく。 意味が分からず呆気に取られていると、クラッセさんに笑いながら肩を叩かれた。
「バートンは『スゴく美味しかった! また作って欲しい』って言いたいんだよ。 昨日は部屋に戻って寝るまでニヤけてたし、まったく素直じゃないよねー 」
クラッセさんも笑いながら倉庫に消えていく。 アリアちゃんとエミリアさんもバートンさんの様子に爆笑していた。
「彼はああいう性格だから、勘弁してやってよ。 よほどショーコのお鍋が気に入ったみたいでさ、具材のカケラ一つ残さず最後まで突っついてたのも彼だったし 」
…… 照れ屋さんなだけなのかな?
「さ、私も準備しないと。 アリア、アヴィを表に連れていってくれる? 着替えてくるわ 」
『はーい!』とアリアちゃんは元気よく返事をしてアヴィに鞍を乗せる。
「ショーコ、お願いがあるんだけどいい? 」
「はい 」
「今日はアリアとアルトが非番なのよ。 遊んであげてくれるかしら 」
『はい』と笑顔で答えると、アリアちゃんが勢い良くダイブしてきた。 エミリアさんは『よろしくね』と笑いながら、手を上げて部屋に戻っていく。
「おねーちゃん! 何して遊ぼーか? 」
「そうだねー、まずはこの寝坊助を叩き起こそうか 」
周りからあれだけ笑い声がしてたにもかかわらず、未だに起きない光ちゃんを指差して、私はアリアちゃんと揃って口元を吊り上げた。
「ショーコ、すまないがノイエールさんのところにこれを持っていってくれないかい? 」
朝御飯を済ませてアルトの散歩から帰ってきた私とアリアちゃんに、ミシェルさんは木箱を1つ抱えて声を掛けてきた。
「はい、通りの先向こうの雑貨屋さんですね 」
アリアちゃんはアルトを馬屋に戻しに行き、私はミシェルさんから木箱を受け取る。
「んあ! 」
ミシェルが手を離した瞬間、ズシッと重たい木箱を落としそうになった。
「お、重……! 何ですかこれ 」
「昨日の馬車を借りたお礼だよ。 ショーコにはちょいと重たかったかねぇ…… ヒカルー! 仕事だよ! 」
ケラケラ笑うミシェルは光ちゃんを呼び、私を通じて荷物を運ぶよう伝える。
「それじゃ頼んだよ 」
「あの…… ミシェルさん、私達が外を出歩いて大丈夫なんでしょうか? 」
制服を着ていないからと言っても安心は出来ない…… なんだか警察に追われて潜伏しているいる犯人の気分だ。
不安そうに見えたんだろうか。 ミシェルさんはニコッと笑って私の頭を撫でてきた。
「コソコソ隠れる方が逆に怪しまれるんだよ。 堂々と歩いていれば、誰も不審には思わないさ。 ついでに『フォン・ガルーダでーす!』って大声で宣伝してくれると嬉しいねぇ 」
店から押し出されるように、私と光ちゃんは表通りに出される。
「二人とも、もう運び屋フォン・ガルーダの一員なんだ。 さぁ、『初めてのおつかい』だよ! 元気に行っておいで! 」
ケラケラ笑いながらミシェルは店の奥に消えていく。 光ちゃんと顔を合わせて目をパチパチ…… お店の前で立ち尽くしている訳にも行かず、私達はノイエールさんの雑貨屋に向けて歩き出した。
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