第25話

「これはこれはアルベルト卿、先に連絡を頂ければ迎えの者を出したものを 」


 しわがれた顔の執事長が彼を出迎えるなか、屋敷の主キール・ハイデルンは応接室でアルベルトと向かい合っていた。 真っ白な長い髪を後ろで縛り、豊かなあごひげと掘りの深い顔つきは一目で高位貴族だとわかる。


「いや、突然訪れたのは私のワガママ。 無礼をお許し頂きたい 」


「して、突然我が屋敷に来られたのはよほど急ぎの用でもあるようだが? 」


 アルベルトはキールの横に控えている執事やメイドを流し見る。 キールはそれを見て片手を上げ、執事達に部屋を出るよう無言で合図した。 執事達は揃って部屋を出ていく。


「人払いまでするような用件とは…… 何かあったのか? 」


「ギルドが先日現れた光奴を探している。 貴方の領地に逃げ込んだようなので心配になってな 」


「それは聞いている。 若い男と女の光奴だろう? 男の方には逃げられたが、女の方は既に捕らえている。明朝に王都へ送る予定だ 」


「そうか。 逃げられた男の行方は? 」


「イゼールの谷に落ちていったらしい。 あの谷は奈落の底だからな、生きてはいまい 」


 アルベルトが表情を変えずにため息をつくと、キールの眉間にシワが寄った。


「何を企んでいる? アルベルト。 我が領地に流れ込んだ光奴ごときに、ワザワザお前がここまで出張って来るのは解せんな 」


「…… その男の方がスキル持ちだという噂を聞いた。 かなりの怪力だと聞いたが、イゼールの谷に落ちたのなら心配いらんな。 突然の来訪失礼した 」


 そう言うとアルベルトはスッと席を立ちキールに背を向ける。


「待てアルベルト。 お前にはあらぬ噂があるようだが? 」


 座ったまま見据えるキールを、アルベルトは肩越しに振り返った。


「噂? 」


「お前の領地に落ちてきた光奴が行方不明になることが多いそうだな。 報告を受けて引き取りに行ったギルドの者がお前の所へ行っても、逃げたやら死んだやらで死体すら引き渡さないとか。 どういうことだ? 」


「…… その言葉の通りだが? 私の不手際で逃がした者もいれば、既に死んでいた者もいる。 抵抗する者は殺しているし、宰相には逐一報告している。 問題はないだろう? 」


「死体の処分までするとはご親切なことだな 」


「王都だって腐敗した死体を持っていっても困るだろう? 私の領土ならイヌが処分してくれる 」


 しばらくお互いを見据えた後、キールが静かに笑い始めた。


「まぁそういうことにしておこう 」


「…… 失礼する 」


 アルベルトは静かに部屋を出ていく。 扉が閉まったところでキールはパチンと指を鳴らし、執事を呼びつけて耳打ちした。


「諜報隊にアルベルトを尾行つけさせろ 」


「かしこまりました 」


 執事は深々と一礼して、使用人用のドアから静かに部屋を出ていった。 




 アルベルトはメイドに見送られてキールの屋敷を後にする。 正面玄関で待機していた3人の騎兵隊と合流し、ゆっくりと街の中心部に向けて馬を進ませた。


「レベッカが宿を取っております。 トゥーランに戻られるのは明日の方がいいでしょう 」


「すまないな。 お前達には毎度迷惑をかける…… 今日は宿でたらふく飲んでくれ 」


 騎兵隊の3人は声を上げて笑った。 隊長のスミスはアルベルトの横に馬を並べる。


「何か得られましたか? 」


「いや。 キールは女を捕まえたと言うが、あの光の民達はまだ捕まってはいないようだ 」


「…… と言いますと? 」


「ショウコと名乗ったあの光の民を、奴が捕らえたならあれほど冷静ではいるまい。 すぐにでも王都に連行しているか、私に嫌と言うほど自慢するだろう 」


「確かに。 言葉を理解するスキル持ちを王都に差し出せば、キール卿の評価は一気に上がりますものね 」


 アルベルトは静かに頷く。


「捕まえたというのはキールの見栄か、全く別の者だろう。 彼女らはまだこの街のどこかに身を潜めているか、この領地のどこかに潜んでいるのやもしれぬ 」


「調査しますか? 」


「いや、御大層に我々を尾行している輩がいる。 今動くと後々厄介にな…… うん? 」


 アルベルト達の前に木箱を積んだ馬車が一台。 重たい物を運んでいるようで、ゆっくりと中心部に向けて進んでいた。 その横を駆け足でアルベルト達は追い抜いていく。 馬車を引く馬は小柄で少し苦しそうで、心配になったアルベルトは御者に声を掛けた。


「馬が苦しそうだが大丈夫か? ご婦人…… ん!? 」


「おや! アルベルトじゃないか。 こんな時間にエルンストに御用かい? 」


 御者台に座って手綱を持っていたのはミシェルだった。 翔子は咄嗟に荷台の木箱の影に隠れて身を潜めていた。


「おぉミシェル! 久しいな! 」


「お知り合いですか? 」


 部下の一人が駆け足を緩めてアルベルトに耳打ちしする。


「運び屋フォン・ガルーダの女将だ。 私の古くからの友人なのだよ 」


 部下達はミシェルに揃って頭を下げた。 ミシェルはイヤイヤと手を振って照れている。


「領主様の友人だなんて恐れ多いねぇ。 ところでこんなところにまでどうしたんだい? 」


「そう言うなミシェル。 なに、お友達・・・のキール卿に少し会いたくなっただけさ 」


 アルベルトとミシェルは大声で笑い合う。 部下達には二人が笑う意味が分からず、顔を見合わせて首を傾げていた。


「早々にトゥーランに戻るのかい? 」


「部下に宿を取らせている。 久々にゆっくり話をしたいが、どうだ? 」


「そうだね、荷物を整理したら顔を出しに行くよ。 いっぱいお金を使っていっておくれ 」


「手厳しい事を言うな。 私の小遣いは雀の涙なのだぞ? 」


 二人はまた大笑いし、アルベルトは『後程』とミシェルに言って馬を走らせた。


「アルベルト様、荷台に誰か隠れていたようですが…… 」


 険しい顔をした部下の一人がアルベルトに声をかける。


「尾行の目がある以上慌てるな。 ミシェルが匿うのだ、何か理由があるのだろう 」


 アルベルト達は振り向くことをせず、真っ直ぐ宿に向かって走り去っていった。

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