大陸暦1526年――友人1
「ここの生活には慣れたか」
熱い紅茶を一口飲んでから、向かいのソファに座るエルデーンに訊いた。
新人は当直でなくとも、半年間は軍営内の兵舎で寝起きし同期と生活を共にする。そうすることで仲間との親睦を深め、連帯感を高めさせるのが目的だ。これは昔からあるらしい騎士団の規則で、私も隊長実習の半年間はここで寝泊まりをしていた。
「はい。ヘルデン副長も先輩がたも優しく指導してくださいますし、共同生活も新鮮で楽しいです。訓練の一環をこのように思ってはよくないのかもしれませんが」
「そんなことはない。なんでも楽しめるということはいいことだ。それでも入隊式のときにも言ったが、なにかあったら遠慮せず言ってくれ。意見でも要望でも不満でもなんでもな」
エルデーンは手に持っていたティーカップと受け皿に置くと、言った。
「それでしたら一つ」
「なんだ」
「補佐をお付けになったらいかがでしょうか」
そう来るか、と私は苦笑した。
だが、彼女にそう思われてしまうのは当然ではあった。
エルデーンは入隊してからというもの、ことあるごとに副長に使われている。なのでここにもよく顔を出しているし、ほかの見習いに比べて私と顔を合わすことも多い。そんな彼女の前では、私もなるべく副長への不満を態度に出さないよう気をつけてはいたが、それでも先ほどのように人をよく見ているエルデーンことだ。私が副長に悩まされていることには気づいていたのだろう。だからこその、この意見なのだ。
もちろん、私も今までそれを考えなかったわけではない――ないのだが。
「そうできない理由がおありなのですか?」
返答に窮する私にエルデーンが訊いてきた。
「あ、いや。理由というか。副長が極端とはいえ、騎士団に入るような人間は体を動かすことのほうが好きだからな」
補佐を付けることに踏み切れないのはそれが理由だった。
騎士隊長の補佐になるということは事務はもちろんのこと、そのほかの細々とした仕事にも付き合ってもらうようになる。そうなれば訓練に参加できないことも増えるだろうし、仲間と交流する時間も減ってしまう。
それに騎士団に入団したものは、所々の理由はあるにせよ、誰もがその剣を振るうためにここにいるのだ。決して書類と睨めっこをするためではない。もとよりそういうのが好きな人間は、騎士になろうとは思わない。中には騎士貴族だから仕方なくなったという理由の人間もいるかもしれないが、それはまた別の話だ。
ともかくにも無理矢理に補佐に任命して手伝わせるのは悪い気がするのだ。
そこまで説明するべきかと迷っていると、エルデーンはまるで全てを察したかのように頬を緩めた。
「隊長はお優しいですね」
そしてそんなことを言ってくる。
今まで優しいと言われたことがないわけではないが、こう正面切ってそう言われると流石に気恥ずかしさを感じてしまう。だから思わず視線を外すと、エルデーンはくすっと笑いを漏らした。
視線を戻すと、彼女ははっとして苦笑を浮かべる。
「申し訳ありません。友人を思い出してしまいまして」
「友人?」
私は気恥ずかしい気持ちを誤魔化すように訊く。
「はい。照れるとすぐに視線を外すんです」
「同期のヤツか」
「いえ。帝国にいる友人です」
帝国――ゼンテウス帝国は
大陸四大国のうちの一つに数えられ、その中でも一番、若い国でもある。だが、若いとは言っても国力はほかの大国に負けず劣らず、軍事に関しても大陸で一番の騎士団保有数を誇っている。
帝国は他国に比べて自尊心が高く、外からの干渉を快く思わない国柄だ。そのため交易はあれど、ほかの国々とあまり交流をしたがらない。一応は観光客を受け入れているようだが、帝国内での行動には結構、制約が設けられると聞いたことがある。そして帝国人が国外に出るのにもそう容易ではないらしい。
「珍しいな」
だから私はそう思った。そして言ってから気づく。
「いや、貴族だと珍しくないのか?」
そう。エルデーンの実家、シャルテ家は
なんでも騎士隊長を何代も輩出したことがあるほどの騎士貴族の名門なんだとか。
しかし、それは昔の話であるようで、ここ何代かの当主は文官をしているらしい。だから彼女はシャルテ家から出た、久しぶりの騎士ということになる。
まあ、実際は彼女の兄上も騎士の称号を持っているのだが、彼は騎士にならず今は城下守備隊東区画の隊長をしている。私がそれを知っているのはエルデーンに聞いたのではなく、彼女の兄上と知り合いだからだ。
なので前々から騎士を目指している妹の話も聞いたことがあったのだが、まさかその妹がうちの隊に配属されるとは思いもしなかった。これも縁というものなのかもしれない。
「珍しいのだとは思います。実は私が騎士になろうと思ったのも、その友人が切っ掛けでして」
「友人も騎士なのか」
「来年には」
帝国の士官学校は
「そうか。たとえ離れていても、同じ道を歩む友がいるというのはいいものだな」
「はい」
エルデーンが目を伏せて微笑んだ。
遠き地にいる友人のことを想っているのだろう。
その優しい顔から、その友人のことをとても大切にしていることが伝わってくる。
いい関係なのだなと、微笑ましく思った。
私の友人は到底、心温まるような人間ではないから――……。
……ん? いや、なんで友人と考えて一番にラウネが思い浮かぶんだ。
私にだってほかにも、そう、まともな友人はいるというのに。
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