VSヴァルハザード 4

 焼けつくような熱量が一帯を薙いだ。傍を飛ぶ救世獣がじゅわりと音を立てて溶ける。熱風をもろに受けた兵士の肌が焦げ、あちこちから人が倒れる音がした。悲鳴はない。声すら出せない。喉が焼け付く。息ができない。戦場は正に灼熱地獄に変わろうとしていた。

 咄嗟に真由美が魔法の酸素ボンベとマスクを『創造』し、シンイチロウにも装着する。先程からずっと燃えているのにケロリとしているあやかは多分、放っておいても大丈夫だろう。こうしている今だって「すっげー!かっけー!」とか騒いでいるし。呼吸を取り戻し一息つく間もなく、真由美は流れるようにワールドヘッジを覗き──思わず、声を上げた。

「うそ……っ!?」

 現象は理解できる。原理もわからないわけではない。わからないのはこの状況を打破する方法だけ。思考回路まで突沸を起こしたようだ。あやかとシンイチロウに視線を向けられ、真由美は呆然としたままに報告する。

「い、今まで与えた傷が全部消えて、炎の威力もあり得ないほど上がってる……単純計算で150倍……!? こ、こんなのどうすれば……!」

「落ち着け真由美」

 あやかが真由美の肩に手を置く。小動物のように跳び上がり、深呼吸し、真由美はようやく落ち着きを取り戻した。シンイチロウは冷静に周囲の状況を確認し、奥歯を噛んだ。この段階で既に大地すら溶け始めている。溶けた大地に溶けた救世獣が落ちて、ぬかるみに泥が跳ねたような音がする。

「倒すのに手間取ると他にも影響が出る……増援を呼ぶにしても間に合うか……?」

「いや──やりようはある」

 言うが早いか、あやかはその両脚に渾身の力を込め──跳んだ。溶けかけの救世獣やふらつく戦闘竜を蹴っ飛ばしつつ、莫大な熱力へと真っ直ぐに突き進んでいく。

「た、高月さんまさか」

「ああ! 来るならそれなりの覚悟はして来いッ!!」

「そんなの──とっくに、できてる!」

 真由美が魔法のホウキを生み出し、あやかを追いかける。一瞬真由美が振り返った瞬間、シンイチロウは強く頷いた。真由美が出してくれたもう1本のホウキを掴み、シンイチロウもあやかに追随する。

『「炎帝このすがた」にも怯まねェ──それでこそ俺が求めた相手だ』

 遥か空の上で火竜は笑う。あやかもその熱量へとはっきりと目を向け、獰猛に笑い返してやった。

 そして、漆黒の太陽を掴まんとするように両腕を伸ばす。


「フェアヴァイレドッホ、『我執輪廻ボア』ッ!!」


 刹那──ブラックホールのように拡がった空間が、太陽すら凌駕する熱量を呑み込んだ。


 ◇◇◇


「──頑張ってね。あやかちゃん」

「それじゃあ、私達も始めようか」

「ああ。……全てを終わらせよう」


 戦場のどこかで、白い少女が二人、動き出す。


 ◇◇◇


 漆黒に引きずり込まれる。否応無く、業から逃れることは許さないとでも言いたげに。そうとしか表現できない感覚に、ヴァルハザードの纏う炎がわずかに勢いを弱める。

『──なんだァ……? ここは……』

「ここは俺様の世界。どうだ?」

 一面に広がる漆黒の汚泥。巨人が屹立し、あやかに酷似した少女が次々と姿を現した。六つの眼球がヴァルハザードをぎょろりと睨む。その中心で、あやかは誇るように両腕を広げた。

 輪廻の『ボア』。

 妙に胸が掻き乱される感覚に、シンイチロウは思わず胸を押さえた。全身から嫌な汗が噴き出す。今にも発狂しそうなほどの情念がとめどなく湧き出すようだ。衝動を死に物狂いでなだめながら、彼はやっとのことで言葉を絞り出す。

「……これが、ネガ結界?」

「ええ。……気休めにしかならないと思うけど、どうぞ」

 浮かぶ白い球体が紫の飴玉に変わる。舐めている間、精神汚染に耐性をつける飴だ。シンイチロウの手の中に転がってきたそれを、彼は勢いよく口に含む。

「ありがたく、頂くよ。……君は平気なのか?」

「大丈夫」

 険しい顔をしながらも、真由美は力強く頷く。彼女は長い間、あやかの結界の中で戦い続けていた。かの業に向き合う力は、真由美にだってある。

 故に。真由美も魔法の呪文を口にするのだ。

「フェアヴァイレドッホ──メルロ、力を貸して」


 瞬間。大輪の花の如く、頁を広げる水色の魔本。生まれたそばから灰塵に帰す紙の騎士たちが、メルヒェンの魔法で次々と耐火性のそれと化す。そして魔本の中から、漆黒の巨人に並ぶほどの巨躯が──童話の女王が立ち上がった。

 絵本の『メルロレロ・ルルロポンティ』。

「私の魔法は、なんでもできる」

 自らを鼓舞するように呟く。彼女が全力の勝負をするというのなら、真由美はそこに並び立つまで。


『……これが、テメェらの強さの根源か。マギア・ヒーロー、マギア・メルヒェン』

 漆黒の世界を見渡し、炎の化身は感慨深げに笑う。纏う炎が不安定に揺れた。一面の汚泥は暗黒竜王とは真逆のベクトルで彼の情念を掻き乱す。背負う炎をユラメカセ、大気すら熱に歪めながら、されど火竜は余裕ぶった笑みを崩さない。

「ああ。……どうだ、俺の世界は」

『面白ェ。下衆の悪竜共と通ずる力のくせに──奴らには無ェ、強靭な意志を感じる。嫌いじゃねェぜ』

「そりゃどーも」

 精神汚染を直に受けながらも、ヴァルハザードはなおも笑う。この世界は正しくマギア・ヒーローの全て。ヴァルハザードの全力に応え、このマギアが魅せた──ヒトの情念の極致。

 なればこそ。なればこそ──!

 熱量が膨れ上がる。漆黒の世界が紅蓮に歪む。汚泥が焦げる嫌な匂いが漂い、あまりの熱量に終わりのあやかの何体かが膝をついた。発狂するほどの精神汚染すらも闘争心の燃料と成し、埒外の火竜は更なる戦いに熱を滾らせる。

 紅蓮。その色彩に何を重ねたか、あやかは笑い声を上げた。その瞳に宿るは、突き抜けて強靭なくせにどこか無邪気な光。爆発的な情念が燃え上がり、彼女の全てを『増幅』する。

 シンイチロウが二丁拳銃を構え、真由美が無数の白球を生み出す。炎の化身と向き合い、童話の女王と漆黒の巨人が真っ直ぐに拳を構える。そして、高月あやか自身も炎の化身に劣らぬほどに瞳を燃やし、紅蓮の熱へと飛び込んだ。

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常務にゃんと愉快な傭兵団のフロンティア☆アドベンチャー 東美桜 @Aspel-Girl

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