堕ちた怪物を止める為

「行きますっ! 今この力は、世界を守るために──そして、貴女を止めるためにっ! 拡張天賦『円環サーキュレーション』!!」

 雫が真っ先に式神竜から飛び降りる。絶対崩壊圏に突入する直前で、指先から不可視の管を伸ばし砂時計と接続する。そして反対の手から伸びた管が仲間たちに繋がるのを確認すると、雫は絶対崩壊圏の只中に着地した。刹那、超重力がその華奢な身体にのしかかる。全身の骨が砕けそうな感覚に歯を食いしばりながら、雫は耳元のインカムへと声を上げる。

「……報告! 明らかに重力崩壊の威力があの時より上昇しています! というか起動してまだ10分くらいのはずなのに、もう地面の崩壊が始まって……!」

「ブッコロリンちゃんの解析によると、例の矢印に強化効果があるらしいにゃ! 今のターゲットは二大竜王にも比肩する力があると考えていいにゃん!」

「そ、そんなの私たち四人だけでなんとかなるんですかぁ!?」

「『正浄化リセットパージ』を試す! テメェらは不発だった時に備えてなんか考えとけ! 拡張天賦『永久心臓アダムズ・ハート』!!」

「ん。……一応、やりようはある──はず」

 続き、霧矢と真冬が絶対崩壊圏の中に飛び込む。カノンは一旦式神竜の背の上で待機しながら、耳元のインカムへと指示を出す。


「三人とも、傾聴! 今から指示を出しますにゃっ! 常務にゃんが『座標崩壊オレンジ』で攻撃しやすいポイントに随時転送しますにゃ! 火球は常務にゃんの『反魔アンチマギア』と真冬ちゃんの『聖人の袋』で適宜対応! 雫ちゃんは間に合いそうな時は『反魔アンチマギア』で常務にゃんの『命綱』が切れ次第再接続! 間に合わなかったらアディショナルゲノムの『命綱ブルー』でどうにかするにゃんっ。それから真冬ちゃんと連携して攻撃をお願いするにゃ! 霧矢くんは『正浄化リセットパージ』を試すにゃ! その後のことは『正浄化リセットパージ』の結果に応じて指示するにゃ!  さあ皆! ここからは誰一人、一瞬も気を抜けない状況になるにゃん──それでもいいにゃっ!?」

『あ? 誰に向かって聞いてやがンだ』

『そんなの──MDC、じゃ』

『わりといつものこと、じゃないですかッ!』

「その意気や良し、にゃんっ!」


 大火球が無造作に放たれる。誰もいない方向へ向かう火球を、真冬の『聖人の袋』が捉えた。展開された白い輪を通り抜け、火球は砂時計の内部へと転送される。ガラスの中で砂が焦げる音がした。続き、雫も両手を掲げ、吸収した生命力の一部を火球と化して解き放つ。即座にそれを『聖人の袋』が包み、崩壊し切る前にエンドフェイズの中に転送する。

「『守護聖陣』──敷設完了。遠隔攻撃は届かない、なら……直接、内部を焼き払う」

 絶対崩壊圏の周囲が無数の白い輪に包まれていた。そこに触れた火球を全てエンドフェイズ内部に転送することで、攻撃と被害軽減を同時に行う『守護聖陣』。人型兵器最大規模の技のひとつを惜しみなく投入する。

 それを見届け、カノンはゲノムドーサーを起動する。『座標崩壊オレンジ』で霧矢をエンドフェイズのすぐ傍に転移させ、間髪入れずに出した『縛鎖レッド』で砂時計の柱と霧矢のベルトを繋ぐ。崩壊した重力で吹っ飛ばされては堪らないし、最悪デッドエンドが直撃しても『永久心臓アダムズ・ハート』があれば耐えられはするだろう。

「あンがとよ常務! ……効いてくれ、いや効かせてやンよ! 『正浄化リセットパージ』!!」

 全身を巡る力を両手に集中させ、砂時計に触れる。同時に発生した大火球が霧矢を掠めた。咄嗟に半身を捻って避けたものの、あまりの熱に髪と服の袖が焦げる。半身に広がる火傷を即座に天賦が治し、霧矢は歯を食いしばりながら『正浄化リセットパージ』をエンドフェイズに流し込み続ける。

 そして最後にカノンも五十倍の『倍加サンセット』を纏って絶対崩壊圏に飛び込んだ。宙に浮き上がる地面を踏みしめ、高らかに叫ぶ。


「さぁ──マチュア・デストロイド・カンパニー、お仕事開始にゃあッ!!」


 ◇◇◇


『彼女たち』の法則に従うとしたら──

『均整のオールドワンズ・サーヴァント』と、そう名付けられるのだろう。


 ソレは「断行」の性質を持つ。

 創造神の願いは歪み、減衰の呪いと化して顕現した。

 灰の瘴気は信ずべき仲間も守るべき民も全てを覆い尽くす。

 色違いの瞳は唯一絶対の主だけを映している。

 無理矢理にでも主の想いを成す。それが今のソレの、存在の全て。




「あっ、皆! 待ってマシタ……!」

「遅くなってすまない、ブッコロリン」

 フェニックスの結界がブッコロリンを覆う。更に振り撒かれる矢印を弱体化の羽根で相殺しながら、フェニックスは指で眼鏡を押し上げる。

「状況は?」

「深刻デス。あの矢印がアルミリアさんを蝕んで……この不可視の領域内では時間経過で無限に能力が低下するようデス。矢印の元凶はあの悪竜とアルミリアさんの内部に交互に潜伏していマス。ボクの力じゃ、攻撃したかと思えばすぐにもう片方に移られて、いたちごっこで……」

「何それブッコロリンと相性最悪じゃない? かといって今のカードじゃ一気に両方攻撃とか厳しいよね……」

「いや。……今回は切れるカードは全て切る。出し惜しみは無しだ」

 言い切り、フェニックスは魔力回復の魔法石を噛み砕く。拡散する矢印の数におそらく限りはない。それを相殺するだけでも手一杯なのに、無限に減衰する能力値の補填もする必要がある。〝炎の大魔鳥〟の血がもたらす莫大な魔力があれど、羽根の数には限りがある。そこは魔法石とポーションで補うしかない。

「『終演』も止めなければならない、こっちは最速で処理するぞ。トゥルーヤ、ガルテア、お前たちは手筈通りに。ブッコロリンはあの悪竜とやり合え。魔導アンドロイドのお前なら悪竜のあらゆる技が効かないはずだ。俺はあの矢印に対処しつつ、戦況を見ながら適宜支援する」

 拡散する矢印を赤い羽根が相殺し、あちこちで小規模な爆発が起こる。ブッコロリンがハンマーを構え、ガルテアが黄土色の刀を引き抜き、トゥルーヤはあえて後退して印を結ぶ。それぞれ配置につくのを確認し、フェニックスは鋭く指示を出した。

「とにかくあの矢印の元凶を引きずり出せ。その後は、俺がどうにかする!」

「了解ッ!!」

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