迎え撃つために 4

 フロンティア中を一通り回り、ホテル阿房宮の結界内に戻ってきたところでアルミリアは透明化を解除した。傭兵団〈神託の破壊者〉に宛がわれた部屋のベランダに戻ると、部屋の中では広いテーブルの上にブッコロリンが大量の武器を並べていた。クレイモアと二種類の指輪は、会議の席にいたシスターのものだろう。ほかにも術札や剣、槍などが所狭しと並べられている。アルミリアは窓から部屋に戻り、ブッコロリンの背中に声をかける。


「……戻ったぞ。ブッコロリン、これを」

「了解デス! 解析して、兵軍全体に情報を共有しておきマス!」

 アルミリアから情報端末を受け取り、ブッコロリンは胸元のリボンを取り払った。露になった肌部分の装甲は暗灰色に塗られ、端子が複数取り付けられている。ブッコロリンは情報端末からメモリーカードを取り出すと、胸の端子のひとつに差し込んだ。彼女は続けてインベントリから複数のケーブルをまとめてつかみ取り、次々と胸の端子に差していく。

「何を……って、ああ。八坂殿のために武器の解析をしているのか」

「ハイ!」

「精が出るな」

「ボクにかかればこのくらい何てことないデスっ。ここに来る前に博士にメモリを大幅増量してもらったので、このくらいの並行タスクでフリーズすることもありマセンのでご安心をっ!」

 言いつつテキパキとケーブルを操作すると、先端から魔導エネルギーが放出された。魔導エネルギーは発光しながら武器に纏わりつき、各武装の情報を読み取ってブッコロリンに送っていく。

「なんならウェポンデータを読み取りながら歌って踊ることもできマス」

「ケーブルが外れるだろうからやめておけ。……しかし多いな。何人から借りた?」

「三人デスね。アルさんという方は伝説の武具を模倣する能力に特化しているそうで、多くの武器はその方からお借りしマシタ。アルさんからは『俺が造った武器使っといて無様晒したらぶっ殺すぞ』って激励を頂きマシタ!」

「……それは激励なのか?」

 アルという男とはアルミリアも会議でも顔を合わせていた。しかし彼は激励目的でそういうことを言うような男だっただろうか……と、首をひねるアルミリア。

「術札……正式名称を事象崩壊札というのデスが、これは米津閣下の部下の長曾根要さんという方から貸していただきマシタ。こちらのクレイモアと指輪はエレミアさんという修道女さんからデスね。エレミアさん、すごく憔悴した様子というか、武器の貸与をお願いした時も心ここにあらずといった感じで……どうしたんデショウ?」

「聞いた話だが、あの爆弾……もといウィッシュ=シューティングスターという娘とシスターは特に懇意にしていたらしい。その娘が暗黒竜王に連れ去られた上に正体が爆弾だったと知れれば、心ここにあらずとなるのも致し方なかろう」

 兵軍に合流したばかりのアルミリアたちは、エレミアとウィッシュの関係についてよく知らない。アルミリアからすればさほど興味もない。考えても無駄だと判断したのか、アルミリアはとっとと話題を変えた。

「で、その八坂殿はどこにいる」

「カノンさんデスか? 今は『アディショナルゲノム』で借りた能力を試しに行ってマス。解析が終了し次第ボクもそちらに向かう予定デス」

「そうか。……彼女も勤勉だな」

 八坂カノンという少女は中々にフットワークが軽いし、人に取り入るのもそれなりに上手い。彼女のことだから、きっと上手くやっていることだろう。


 ◇◇◇


 倍加サンセット反魔アンチマギア火種ピースサイン

 それぞれそう命名された能力をゲノムドーサーにセットしたカノンは、その本来の持ち主たち──日向夕陽、マギア・アンチマギア、米津あかぎに教えを乞うていた。


「んー……にゃ、だいたいわかったにゃ!」

「早っ!?」

 地竜のナイフを素振りしつつ、カノンはあっさりとそう口にした。驚く周囲にからりと笑ってみせ、どややっと無い胸を張る。

「常務にゃんはいろんな能力使ってきたにゃんし、コツを掴むのは割と得意なのにゃ!」

「そっか、カノンちゃんは他にもいろんな人から能力を借りてるんだっけ。他の能力を使う経験があったから、初めて使う能力のコツを掴むのにも慣れてるのかな?」

「にゃん! もちろん一芸特化のにゃんこたちには練度とかでは及ばないにゃんけど、いろんな能力を広く浅く使う器用さには自信があるにゃ」

(それって言い換えれば器用貧乏ってことなんじゃ……)

 そんな考えが夕陽の脳裏をかすめたが、口には出さなかった。カノンは顎に手を当て、ここまでの練習で把握したことを改めて整理する。


「そうにゃんね……倍加サンセットはその気になれば際限なく能力を上げられるかもしれないにゃんけど、人間の身体が耐えられるのは50倍くらいまでかにゃ? 『施療』と同時使用で損傷をリアルタイムで治しながら戦闘続行って手もあるにゃんけど……」

「やめろ。気が狂うぞ」

「はいにゃ」

 真剣な顔で止められ、おとなしく頷くカノン。能力の使用者本人がおすすめしない使い方はしない方が身のためだと、カノンは身をもって知っていた。以前の代理戦争の後に進化して制御可能・複数召喚可能になった『飢えし獣』をやむを得ず乱用した結果、過度な負担により三日ほど寝込んだことを思い出す。あの時は社長には耳が痛くなるほど怒られたし、『飢えし獣』の本来の使い手には珍しく真面目な顔で諭されたし、ついでに治療にあたらされた新入社員は全く関係ないはずの暗殺任務のターゲットに八つ当たりしていた。

「でもこうやって身体能力がこう急に引き上げられると、なんかこう……慣れないうちは脳が追いつかなくてちょっぴり大変にゃ。この辺は修練を積んでいくしかなさそうにゃんね」

「そうだな。俺もできる範囲で付き合うよ」

「ありがとにゃ!」

 しかしこの『倍加』は汎用性が高く、他の能力との組み合わせも利きそうだ。特に強化した動体視力は『座標崩壊』と相性がいい。戦法の幅が広がりそうで、カノンはひそかに胸を躍らせる。


「……でもって反魔アンチマギアは──」

「おう! どうだこのアンチマギア様の固有魔法フェルラーゲンは!」

「使いどころを見極めればすっごく有用だと思うにゃんっ!!」

「はっはっは! どうだ強力だろ! 強力過ぎるくらいにな!!」

「マギアちゃん嬉しそうだねー……」

 胸を張って高笑いするアンチマギアに、あかぎは若干困ったようにそう反応した。実際、カノンの言葉には「乱用は逆によくない」という意味が込められてはいる。魔法や異能を用いて戦うものが複数いる〈神託の破壊者〉において、反魔アンチマギアの乱用はアルミリアやフェニックスの能力を実質的に潰すこととなる。更にカノン自身の『幻惑』やアディショナルゲノムも使えなくなる。実際さっきまで倍加サンセット火種ピースサインの訓練をしていた時も、アンチマギアはカノンとは一定の距離を保っていた。

「一番いい使い方は敵の大規模攻撃の無効化かにゃぁ。広い範囲を潰すような攻撃が降ってきても、アンチマギア領域の中にいれば大丈夫ってことにゃんよね!」

「そのとーりだぜっ! あとステゴロな! 魔力を封じて正々堂々拳で殴り合い! これこそ最高のタイマンってやつだぜ!」

「ステゴロは……アンチマギアちゃんほど腕っぷしに自信がないにゃんし……」

「おっしじゃあ今から鍛えっか!」

「すとーーーっぷ!」

「あだっ!?」

 すかさずあかぎに刀の柄で殴られるアンチマギア。彼女のタイマンにかける並々ならぬ想いがこの魔法に反映されているのだろうか──等と考えつつ、カノンはアンチマギアを微笑ましい目で見守る。


「それで火種ピースサインにゃんけど……かなり強力な炎を扱える分、制御が難しいにゃんね。心の中から変な気持ちが湧いてくるっていうのかにゃ?」

「うん、私もこの気持ちとちゃんと向き合うのにはものすごく大変な訓練が必要だった。制御を間違えるとこの憎悪の炎に自分が飲まれちゃうから、くれぐれも気をつけて。制御の訓練をするなら私もできる限り付き合うよ!」

「ありがとうにゃ。……制御訓練は当然するとして、念のためもかけておこうと思うにゃ」

「保険?」

「こっちの話にゃん」

 笑顔でそう返すカノン。あかぎはしばし不思議そうな顔をしていたが、すぐにカノンに答えるつもりがないと悟った


 ──と、各人が持っている水晶型の通信機から声がした。取り出すと、ブッコロリンのよく通る声が流れ出す。

『こちら〈神託の破壊者〉ブッコロリン! 敵性存在である天使一派、ならびにラストコール・エンドフェイズの詳細な情報が手に入りマシタので、共有しマス!』


 ☆★☆★☆


【業務連絡】

 アルミリアの偵察とブッコロリンの解析により、各天使、ならびにラストコール・エンドフェイズについての情報が全軍に共有されました!

 ここで共有された情報を反映するかどうかは各作者様にお任せします~

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