狙うは雲上の天使

「ときにトゥルーヤ。お前、しばらくは『チームGIANT KILLINGジャイアントキリング』と行動を共にしろ」

「はい?」

 天ぷらうどんをすすりつつ、アルミリアは唐突にそう切り出した。〈神託の破壊者〉一同の視線が彼女に集中する。ちょうど夕飯時の食堂は当然のごとく兵団員やホテルの客たちで混雑していた。やれ竜王の襲撃だ女神の侵攻だと慌ただしい中、せめて食事くらいは和やかに摂りたいのは皆共通らしい。そんな雰囲気の中に急に投下されたのが先の発言である。テーブルの空気が一気に張り詰め、山盛りのざるそばを一心不乱にすすっていたガルテアも思わず箸を止めた。当のトゥルーヤもカキフライを食べる手を止め、困惑気味に問い返す。

「なにそれ。ジャイアントスネオ?」

「『GIANT KILLING』だ。女神の尖兵の一角たる巨人を屠るため、日向夕陽殿やアル殿らを中心に結成されたチームだという。先方から『人手が足りないゆえ人員を回してくれ』と打診されたため、お前を推薦しておいた」

「いや何で僕なの? デカブツ相手ならブッコロリンの方が向いてない?」

「むしろ逆だ。その巨人からは何千何万と天使が沸いてくると判明している。巨人を叩く以前にそのコバエかゴキブリの如く次から次へと沸いてくる天使どもを根こそぎ駆除する必要があるが、それに最も適しているのがお前だ」

「あー……アルミリア? 天使にムカついてるのはわかるが、食事中にその黒光りするアイツの名前を口にするのはやめような?」

「そうだな。すまない」

 フェニックスに諌められ、あっさりと謝罪するアルミリア。カノンは何となく、アルミリアが心からは謝っていないと察するが、気にするほど大したことではないのでスルーした。

「てか、僕いなくて大丈夫? うちも天使に挑まないわけじゃないんだよね?」

「ああ。ブッコロリンと話し合って、私たちのターゲットは南方から迫り来る天使……仮に『雲上の天使』と呼んでおこう。アレに定めることにした」

「雲上の……あ、もしかして新聞に載ってたアレにゃん?」

「ああ。アレは南方からアクエリアスめがけて進軍している。放っておけば兵軍全体の拠点に等しいこのホテルが襲撃されることは確実。まぁホテルには強固な結界や防護術式があるため心配は無用かもしれぬが……害虫は払っておくに越したことはないからな」

「……だからアルミリア、天使を害虫呼ばわりするのはどうなんだ」

「害虫だ。無駄によその世界に干渉して食い荒らそうとするその様、害虫と呼ばずして何と呼ぶ」

 あっさりと言い放ち、彼女はエビの天ぷらを音を立てて齧った。フェニックスは複雑な顔をしながらも、それ以上は何も言わずに鯖の塩焼きを口に運ぶ。不意にブッコロリンが口を開いた。

「それはそれとして、ボクは昼の間にそれぞれの天使の情報を解析していマシタ。それによると『雲上の天使』は何かしらの強力なデバフ能力を所持しており、攻略メンバーが多くてもさほど意味をなさないようデス。一方、先程アルミリアさんが仰ったとおり、『チームGIANT KILLING』が挑もうとしている巨人には物量戦の要素も含まれます。適材適所というやつデス!」

「なるほどねー……そういうことなら異論はないかな。天使だろうが巨人だろうが、楽しくぶっ飛ばしてくるよ」

「楽しくやれる余裕があればいいんだがな……」

 肩をすくめるフェニックス。……実際、天使相手の戦いは生半可なものではない。あの震蛇竜ヤヌスと同等か、あるいはそれ以上の戦いを強いられるだろう。

「……飯と風呂を済ませたら作戦会議だ。トゥルーヤは今夜のうちに先方と共闘する準備を整えておけ」

「了解~」

 やる気があるのかないのかわからないが、雑に返事をするトゥルーヤ。


 ◇◇◇


「……さて、作戦だが」

 食事と風呂を済ませ、部屋に戻った一同はテーブルを囲んで作戦会議を始める。

「まずはあの雲の上に到達しなければ話にならん。墜落させるのも高度や強度を加味して考えると無理があるからな。手段は私の飛行魔法や転移術でもいいが、魔力はできるだけ温存したい」

「それにお前の転移術、日に一度しか使えないだろ。最悪撤退の判断を下さざるをえない時のために取っとけ」

「……そうだな……であれば『桔梗』の飛竜に出張ってもらうか?」

「その必要はありませんにゃ!」

 胸を張って宣言するカノン。一同の視線が集まる中、彼女は手首のゲノムドーサーを掲げる。

「雲の上の神殿を視認できたら、常務にゃんの『座標崩壊オレンジ』で転移できるにゃん。『倍加サンセット』で視力を強化すれば神殿を視認するのも可能っぽいにゃんし、それでも足りなかったらフェニックスくん、強化お願いにゃ」

「ああ、任された。ついでに高高度が戦場になるわけだし、高山病か何かにならないように身体強化も施しておくよ。……にしてもつくづく便利だな、そのアディショナルゲノム」

「にゃははっ。異世界ここで使うにはちょーっと制約が厳しいにゃんけど、皆のすっごい力を借りられるのありがたいにゃんっ」

 優しい表情でゲノムドーサーを撫でるカノン。


「さて……到達後だが、例の天使のデバフ能力が問題だな」

「ボクも解析したデータを基にシミュレートしてみマシタが、どの程度のデバフがかかるかは天使の判断次第……要するに行ってみなくちゃわからない、ということが判明していマス。デバフが軽ければ1割の能力低下に収まりますが、最悪の場合、能力が10割低下……即ち。ただしこの能力は機械類にはさほど効果がありマセンので、天使へのメインアタッカーはボクが務めマス!」

「ブッコロリンさんは魔導アンドロイドですもんね……、それなら攻撃の軸はお願いします」

「任せてクダサイっ!」

 頼もしげに胸を叩くブッコロリン。アルミリアは続けて次の対策に移る。

「私、フェニックス、八坂殿、それにガルテア殿にはどの程度のデバフが来るかは未知数だが……フェニックスはいつもの動き方でよい」

「バフとデバフと結界な。了解」

「八坂殿は……デバフの強度により有効な能力が変わるはずだが、どうする?」

「そうにゃんねー……『命綱』がどのくらい有効かによるにゃん。あれが有効なら攻撃寄り、そんなに有効じゃないなら『座標崩壊』や『反魔』辺りを中心に支援寄りの立ち回りをしますにゃ。あの辺はデバフの影響あんまり受けないと思うにゃんし……」

「承知した。それで、ガルテア殿だが」

「はいっ!」

 アルミリアに話を振られ、居住まいを正すガルテア。

「貴殿には神殿の処理を頼みたい。アレは主砲も兼ねているらしく、山を丸ごと吹き飛ばす破壊光線が放たれるという」

「分かりました!突撃して壊せばいいんですね!」

「突撃して殺すか絞め殺すかは任せるが、とにかく頼む。デバフが想定より強かったり神殿の強度が想定以上だったりした場合は、フェニックスに支援を頼め」

「いつものだな。了解。……で、アルミリアはどうするんだ?」

 フェニックスに問われ、アルミリアは一呼吸置いてから口を開く。


「私は……臨機応変にやるさ。もしも想定より全体的なデバフが強ければ、を使う」

「だろうと思ったよ。……言っとくが怒りに任せて無駄撃ちはすんなよ。絶対だ」

「……何度も言うな」

 半ば呆れたようなフェニックスの言葉に、アルミリアは小さく肩をすくめて言い放った。そのまま、ふいっと背を向ける。

「わかったらとっとと寝ろ。……重要な一戦なのだから、全力を出せるようにしておけ」

「……にゃん……」

 その背中にどこか暗い意思が宿っている気がして。どう声をかければいいのかわからず、カノンは小さく鳴いた。

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