episode5 悪夢
どうか私の考えている事が外れていて欲しいと願いながら、後ろを振り返る。
「あっ⋯⋯ああ⋯⋯」
振り返った私の視界は、一気に色を失い絶望色へと移り変わり、言葉を失う。
「キヒヒ、まさか奇跡的に生き延びちまうとはなぁ。残念だったなぁ、天使さんよぉ」
先程の男性の死体から、メキメキと裂けるような音が鳴り響きながら、中から異形の姿をしていた悪魔が出てこようとしている。
「くっ⋯⋯出てこい天使の剣!」
咄嗟にしまった武器を召喚する。辺りに再び眩い光が現れ、私の手元に天使の"武器"である剣が現れる。
そして悪魔は完全に取り憑いていた男性の身体をぶち破り、外に出てきた。その姿は額に角が生え、特徴的な緑の肌に、そしてやはり瞳は緋色だった。
「よぉ天使さん。さっきはまさか色仕掛けで攻めてくるなんてなぁ。お陰でお前の正体に気付けなかったぜ、まさか天使だったとはなぁ」
そう言って悪魔は再び余裕たっぷりの笑みを浮かべる。私の正体が天使だと知ってもこの余裕は、⋯⋯はっきり言ってかなりキツイ。
続けて悪魔は言う。
「そうだ、俺の名前をまだ言ってなかったな。俺の名前はアスモゴデウス。冥土の土産に覚えておくといいさ」
⋯⋯アスモゴデウス。初めて聞く名前の悪魔だ。どんな能力を使うか分からない以上、先手必勝を取る必要がありそうだ。
「⋯⋯へぇ、なら冥土の土産に私の名前を教えて上げます。私の名前はレミリエル。死ぬのはそっちですよ!」
言いながら、天使の力で得た超人的なスピードで間合いを詰めて、アスモゴデウスに斬り掛かる。
「ふん、攻撃が遅いし軽いな! 貴様の太刀筋見えているぞ!」
「なっ⋯⋯ぐはっ!!」
しかし私の斬撃はあっかり交わされ、脇腹に思い切り蹴りを喰らう。
骨が軋むような感覚のまま、狭い車内なせいで壁に叩き付けられ、激しい轟音が鳴り響く。天使の力を得ているから並の耐久力では無いけれど、確実に骨が何本か折れた。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
呼吸音がおかしい。それに私が並の人間なら今の一撃で死んでいた。
これはちょっと不味いかもしれない。今の一撃でダメージを置いすぎた。
「おーおー、軽く蹴ったつもりだが、天使も中々に脆弱だな。まさかこれしきの蹴りで骨が折れたのか?」
「⋯⋯まあ最も、手応えはあったがな。イヒヒ」
アスモゴデウスはそう言って気味の悪い笑い声を響かせながら悦に浸り始める。
⋯⋯冗談じゃない、今のが軽い一撃なら、次は確実に耐えられない。これは今度こそ私も死ぬかもしれないな。
思えば悪魔本体と戦う時はいつも二人がかり、それも片方は必ず死んでいた。⋯⋯どう足掻いても私一人で敵う相手では無い。
「⋯⋯ふふっ」
全く笑える状況では無いのに、何故か笑みが零れた。
この絶望的な状況に気が狂ったのか、それとも⋯⋯やっと天使としての責務から解放される事に喜んでいるのか。
考えることでは無い。私のの事は一番私が分かっている。喜んでいるんだ。このまま死ねばもう何にも縛られるずに、誰に何かを言われる事が無いということに。
「何だ。⋯⋯何処か戦闘を諦めた様な顔だな。レ流石に俺との圧倒的な力の差の前に心が折れたか」
「⋯⋯そうかもですね」
「ふんっ、ならば死ね。ただし楽に死なせてはやらんぞ。お前の身体をお前が泣き叫ぶまで楽しんだ後、じわじわとなぶり殺しにしてくれる」
「この悪魔⋯⋯」
流石悪魔、どうやら楽には死なせてくれはしないらしい。
「どうだ? せめてもの足掻きに抵抗してみるか? ⋯⋯まあ抵抗した所で全く無駄だろうがな」
アスモゴデウスはそう言いながら戦闘態勢を取る。私も剣を胸の前に構えるが、すぐに剣を降ろして戦闘態勢を解く。
⋯⋯蹂躙されるのは嫌だけれど、結局足掻いた所で無駄だ。私一人で悪魔に勝てるわけが無い。乗客は逃がしたし、後は私が殺された後に増援に来るであろう天使に全て任せよう。
もう全てが面倒くさい⋯⋯。
「れ、レミリエル様!! これは一体どういう事ですか!!」
全てを諦めた時。背後から大きな野太い声が聞こえた。振り返ると、警官の一人が驚いた顔付きで立っていた。
「あ、悪魔は死んだのでは⋯⋯」
「ほう、この俺と天使の戦いに割り込む気か。下等な人間め」
アスモゴデウスは警官を見つめると、そう言って超速で警官の間合いに入り、拳を振り上げる。
警官は咄嗟の事で全く反応できていない。
「不味いっ!!」
ずっと天使をやってきて人を護るのが癖になっていたのか、私の身体は勝手に反応し、警官に振りかかった拳を剣で受け止める。
「くっ⋯⋯なんて威力ですか⋯⋯!」
「ほう、なんだ天使まだまだやれるじゃないか」
「余裕そうに言われたくは無いですっ!」
アスモゴデウスの拳を剣先で払う。そして精一杯お腹から声を出して、腰が抜けてその場にへたれこむ警官に言う。
「死にたくなかったら全力で立って逃げて下さい! そして増援の天使を呼んでください! 私一人じゃ持ちません、全員死にますよ!」
増援の天使が来れば、悪魔相手でも何とか太刀打ちできるはず。
⋯⋯せっかく死ねるはずだったのに、やっぱり私には周りの命を見捨てる事は出来ないみたいだ。
「は、はいぃぃ! 分かりました!」
警官はよたよたと起き上がり、バスから降りて走り去っていた。きっと増援の天使を呼んでくれるはず。最低でも二人がかりでやればきっと何とかなる。そしてその時に犠牲になるのは私でいい。
気合いを入れ直して、強く剣を握る。
「⋯⋯増援が来るまで、何とか持ちこたえる!」
望まず天使になってこの世界に絶望していたらアナタに救われた件 ちさとちゃん @0920_Tisato
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