第21話 未来
ラムノが空の上でドローンやら殻やらと戦っているその頃、俺は従業員から沸きつつある不満と戦っていた。
「マツバさ〜ん胡椒が切れました〜!」
「なんで俺をパシリにすんだよ!スムツルが手空いてるだろ!」
「スムツルはクレーム対応中です!なんでも帽子をラーメンに落として味が台無しになったとか……」
「そいつが被ってた帽子だろ!?そういう奴に限って文句長いんだよ……スムツルにお前のその包丁渡して仕事変われって言ってやれ、包丁見たら客も頭冷めるだろ。それでもうるさかったら新しく作ってやるって言え。俺はここじゃ仕事に集中できんから場所移る、もう少ししたらクラさんが応援に来るからそれまでしっかり働くように」
「マツバさん!外行くなら胡椒とあとニンニクお願いします!」
「ひどい!管理職の心現場知らず!」
というわけで極寒の空の下、俺は一人喫茶店にサボ……充電しに行ったのだった。胡椒とニンニクはクラさんにパスした。
演習場に来ている時間の3/4をこうしたラーメン屋のパ……裏方管理、残り1/4をクラさんたち技術者との訓練見学にあてている。
が、今俺がやろうとしているのはそのどちらでもない。
初日に俺が直接見ていない分の訓練を、クラさんが専門的な意見をかなり簡単に説明してくれたときに一つ引っかかるワードがあった。
「葉緑素脱色反動強化繊維……葉緑素脱色反動強化繊維……」
ボスッ!
ぼんやり考え込みながら歩いていたら、頭に冷たい衝撃が飛んできた。髪がべっちょり濡れて寒さが増す。
慌てて雪玉が飛んできた方を探すと、どうやって登ったのか喫茶店の屋根の上から数人の小学生男女が俺の方をニヤニヤ見下ろしていた。中央のピンク髪の少女が縦ロールを揺らして得意げに笑っている。
間違いない、リリカ・フラウシュトラスだ。
「アハッ!見てあのおじさまの間抜け顔~。鼻水出てる~。汚い~」
「さすがリリカ様~。百発百中でございます~」
「あなたたちも投げなさいよ!ほら、ほら!」
「えっ、俺たちも!?」
「何よ、アタシの命令が聞けないっての!?」
「はっ、はいい~!投げます投げます!オラッ、庶民がリリカ様の前通ってんじゃねーぞ!」
「失せろおっさん!」
ボスボスボスドスッ!
たちまち大量の雪玉が降りかかり、俺は全身ドブネズミのようなびしょ濡れに成り果てた。
「こっ、こっ、こっ、こんのガキャーーーー!!」
〇 〇 〇
窓の外一面に滝の映像が流れ、その水模様が赤い観覧席に映って会場中が海中に沈んだように水面の反射に揺れている。
入手倍率も値段もダントツに高い演習見学一等席、さらにそこからガラスで隔てられたVIP席に二人の男が腰掛けていた。
見学時間外の今は二人以外誰もおらず、存在しない滝の白い瀑布だけが輝いていた。
若い小柄な男と、恰幅のいい腹の突き出た壮年の男、若い方の顔色は険しく、年寄りの方は余裕綽々の笑みを浮かべている。
「というわけでダンテ様。来年の議員立候補の枠を、ぜひ私の息子にお譲り願いたい」
ダンテと呼ばれた若い方の男は、気忙しげに指と指を擦り合わせる。
「……いったい何故そんなことを、貴方と私は同じフラウシュトラスの一族、なぜそんな奪い合うような真似を……」
「先に裏切り、奪ったのは貴方の方だ、知っているんだよ私は。貴方が全国民を騙し続けている秘密の内容をね」
「……!いったい、いったい何をおっしゃって、スタンツさん……。私は研究でも公人としてでも、人を欺くような真似は……」
「リリカ様……」
「……!」
スタンツの不気味な笑顔を見てダンテは凍りついた。娘であるリリカの名前を聞いた途端に、ダンテの手は汗をかき、鼓動は速く脈打つ。
「下手に誤魔化さない方がいい。証拠はもう揃えてありますのでね。この大事な戦局に、こんな一大スキャンダルが出たら国民はさぞショックを受けるでしょうなぁ」
「何が狙いで、こんなことを……。既にフラウシュトラスの力の大部分は貴方のものだ!余計な争いを生もうとしているのはスタンツさん、貴方の方ではありませんか!?」
「何をおっしゃいますダンテ様、私はね、争いを止めるためにこのような提案をしているのだよ。ラトーが滅び、レトリア様が天に旅立たれた後のラプセル……人の世が本当に幸福な始まりを迎えるためには、私の完璧な計画がなくてはならないんだ」
銀縁の眼鏡をくいと上げ、スタンツはダンテを睨みつける。
「それとも貴方に私の代わりが務まりますか?何も見つけられなかった考古学者、ダンテ・フラウシュトラス様?」
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