第19話 殺意
アランたちが若干早い程度で、三チームともほぼ同時に対集団戦を制した。
警戒態勢を解いた六機が整列して、上から巨大ラトーサイズの殻の集合体を仕掛けて来ていたレトリアの帰還を待つ。
「レトリア様降りて来られないね〜飽きちゃったのかな?」
スフィーが風防の中でわざとらしく首をあちこちに動かす。
真っ先に警戒を解いたと見せかけて、“眼”は解いていない。
「……違う」
そして、風を見てしまった。吹いてはいけない風、そこにあるはずのない風が眼から全身に伝う。
「下だ!!」
今日一番の大声でスフィーが叫ぶ。
真下を流れていた綿雲の群れが、いつの間にか無惨に千切れて霧散していた。
雪山の白がどことなく濁っているが、そこまで目を凝らしている場合ではない。
ラトーは宇宙から襲いかかる。だから人はいつも上ばかり見て怯える。
足元ががら空きになっているのも忘れて。
雲の残骸が赤く染まる頃には、誰も何も見ていなかった。計器、操縦桿、直感、答えのない答えを死に物狂いで掴み取る。
下から急突進してきたレトリアと六つの弾丸の衝撃波に、全ての機体がぐらぐらと揺らいだ。並の兵士なら何が起こったか理解できないまま即死だっただろう。
バランスを崩した機体を強引に、自棄を起こしたようにその勢いでさらに傾けてロールする。波に乗るのではなく無理やり波を起こして、全速力で駆けていく。
Gがプラス、マイナス、プラスと浮き沈みを繰り返し、全員の心臓がカラクタごと口から飛び出そうになる。
酸素が行き届いていない頭でグリップの感触を確かめると、真正面から飛びかかってくる殻に機銃掃射。
同時に背後の迫りくる殻に向かってフレアを撃った。白い煙と熱が広がる。
神からすれば児戯に等しい目くらまし。
だがこれが訓練なら、まだ訓練なら効くはず、頼む効いてくれ、訓練であってくれ──。
祈りは通じた。殻の軌道が逸れる。
レトリアは鋭角に曲がるのを繰り返しながら、泳ぐようにゆったりと腕を伸ばして六機全てを平等に追い続けた。
降りかかるレトリアの腕から必死に逃げ惑いながら、旋回して殻の前まで回り込む。
すぐに見失う幼い子供の腕と、その延長線上にある岩の怪物のような凶悪に尖った殻の集積体である“鎧”の腕。人類の叡智の結晶である戦闘機なんて、砂場の砂ぐらい容易く掬えて潰せてしまう。
自分たちがどこまでも小さき者であることを思い知らされながら、六人はなおも誇りを取り戻そうともがいた。
ようやくフラル内蔵型ミサイルが殻に命中し、レトリアからの隕石攻撃も止んだ。
心臓の爆音以外の音が止まる。酸素が欲しい。ここではない、地上の酸素が吸いたい。
殻を囲んで円陣になっていた六機の前に、レトリアが静かに降りてくる。
「終わりだ、総評。TMR-0、MR-1。お前らは無駄な動きが多い。距離を稼ぎつつフラルを仕掛けていく技術は高いが、毎回ラトを思い通りに誘導できると思うな。大技に凝る前に目の前の敵に集中しろ。次、TMR-1、MR-2。TMR-1は巨大ラトと交戦経験がある分他より反応が速かったが、それだけだ。そこからの応用がない。攻撃と回避の切り替えが遅い、僚機MR-2はもっと臆せずに行け。最後、X-1、X-2。お前らはリンク風に頼らない分自由に動けているつもりでいるが、逆だ。お前らは、お前ら自身のフラルに縛られ過ぎている。もっと遠くまで目を凝らして考えろ。それから」
「最後の最後、地上に戻るまで気を抜くな。以上、解散」
淡々と言い終えるとレトリアは即座にティルノグのある方角に降下して行った。赤い光が残像になって軌跡を残す。
緊張の糸が切れて、あるいは淵ぎりぎりまで水でいっぱいになっていた緊張の器がどっと溢れて、六人全員うなだれると操縦席に縛り付けられた己の膝を見つめた。
「避けてなかったら、粉々になってた……」
アランの白い肌が蒼ざめる。
急突進してきたレトリアの視線を、アランは一番近くの距離で喰らった。
この程度で死ぬような奴ならいらない。
あのときのレトリアの横顔、じろりと睨んできた横目がそう、語っていた。
熱く沸き立ち標的を仕留めるまで決して静まらない、煉獄のごとき激しい刃。
触れるもの皆の温度を奪う、永遠に凍てついた鋭い切っ先。
そこに人間の温情など通用しない。
ラトーを浄化するときと、全く同じ殺意だった。
「幾重にも手加減した上でもなお、あの殺意……。ラトーと思われてたのは、僕たちの方だ……」
慢心している暇なんてなかった。全力を尽くした。
この訓練はまあ、まあまあ上手くいった。
でもその次は?本物の大群は?どれぐらいの規模でやってくる?
ラトーはどんな隠し技を持ってくる?
高度15kmを越えて近づいた気になっても、遠く隔てられた宇宙は何も答えてくれない。
迷える人の子らに、レトリアが授けた武器は絶対的な殺意だった。
座学として数分遅れの中継を見学していた佐官尉官のパイロットたちは、一斉にため息ついて強張っていた脚を伸ばした。
「あ~やばいの見ちゃったな……」
「神様の鎧VS超弩級の天才たちとか何の参考にもならねーよっ!あんなフラル逆立ちしても一生できねー」
「でも、あんなのに比べたら巨大ラトーも大したことないかも……私なんか逆に自信わいてきた……」
「やっぱりあの説って本当なのかな」
「何の説?」
「ラトーとその飼い主は俺たち人類のことなんか眼中になくて、ハダプもレトリア様を閉じ込めるための檻だって説」
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