第17話 神VS人




『ねえママ、どうしてあの鳥だけ真っ赤なの?』


                    ──今は海に沈んだ大陸の少女の言葉




「ドローン相手では物足りなくなってきた頃だろう。お前たちのフラルも見たところ気迫が足りてない。率直に言って、弛んでいる」


「時間は十分。前半の五分は六機編隊対一頭の超巨大ラト戦を想定、各々の役割を判断して的確に連携しろ。後半の五分は二機対集団の超巨大ラト戦を想定、ヒントは……絶対に味方をかばうな、どの位置が最適解かだけを考えろ。前回の遭遇では最終的に機体を捨てて単身で向かっていったのを見たが、あれは最後の手段だ。最後の手段を何度も使うな。戦闘機に乗ったまま浄化できるようになれ。何か質問は?」


 直立不動で固まる空軍と海軍の佐官六名の前で、背丈の低い少女が指導教官の如く居丈高に話し続ける。だが誰も少女だと思っていなかった。


「本来なら全部隊平等に訓練すべきだが、あいにくそんな時間も、力を抑えていられる余裕もない。お前らがその身に叩き込んだことを、一つ残らず部下にも叩き込んでやれ」


 ルクの光を受けて眩しさを増す白銀の髪、側頭部を覆う尖った茨にも似た紅のティアラ、この世の全てを等しく睨みつける無慈悲な赤い瞳。

 目の前の少女の言葉を、佐官たちは武者震い混じりの畏れをもって噛み締める。


「私をラトだと思って全力で来い──でないと死ぬぞ」


 言い終わるとレトリアは目を閉じて両方の手を合わせて、祈りのポーズをとった。

 ティルノグのカタパルトからレトリアの“鎧”が飛び出してくる。

 真紅の花弁、あるいは棘にも似たばらつきのある円錐形のそれは、レトリアの指先30mでぴたりと止まり、レトリアの動きにリンクしてするすると動く。


 頭の遥か上、手足の先遠くでくるくると花弁が舞っている。胴体の延長だけはない。


 それは着る鎧ではない、乗る鎧でもない。

 あえて表現するとしたら遠隔操作兼身体機能拡張型……広がる鎧、あるいは殻か。

 身長140cmにも満たないワンピース姿のままの少女が、全長60m超えの巨神となりて空に飛び立った。

 突風だけが後に残る。


 戸惑いを隠しきれなかったパイロットたちも、アルヴァ・ゲート内に移動する。


「平常心だ、いつも通りやるぞクライノット」

「元より承知。いつも通り最善を尽くします」


「神様とお手合わせできるとは……ハニーたちに見せてやれないのが残念だよ」

「相手が誰だろうがやってやろうじゃねえか、空の上でぐらいビシッと決めないでどうする!」


「も~。空軍の人たちったらすっかり気負っちゃって、レトリア様はラトーだと思って戦え、っておっしゃったんだよ。だったらいつもよりかなり強いラトーだと思ってボコらないと、レトリア様だって意識したら逆に不敬じゃん?ね、大佐だってボクに賛成でしょ?」

「…………」

 海軍第一飛行隊パイロットのスフィー・ツォンホム中佐が、褐色の顔を満面の笑みに染めて大柄なホルネオ・サマント大佐を見上げる。角刈りのホルネオは少しの間スフィーを見つめてから、無言のまま自分の機体に乗り込んだ。

 

 この四日間ずっと訓練を重ねてきた六つの機体は、それぞれの六人の身体に完全に馴染んでいた。レトリアの“鎧”と同じ身体の一部、誰と誰を入れ替えても上手く行かないだろう。

 管制塔からの離陸許可が出た。


「TMR-1」

「MR-1」


「TMR-0」

「MR-1!」


「X-1~」

「…………X-2」


「「「これより離陸する!!」」」

 皆寸分違わず操縦桿を引き、風圧と速度、エンジンの轟音の中に身を投じた。



 高度14kmまでひたすら上昇加速を続けた。既に星が丸く見下ろせるところまで来た。マスクの中の眼下には白い雪雲、青白く光る空の果て、頭上は濃紺に染まった遠い宇宙。


「六機編隊か……隊形はアロー・シックスで行こう」

「それじゃあ中央の僕らが前を行くよ。左右の皆は援護をよろしく」

「ま、前半は空軍さんに譲ってやるとしますか」


 アロー・シックス……左右の四機は後ろに下がり、中央の二機が前に出て矢の形をとる。左右四機のうちそれぞれ片方の一機は斜め後ろに下がり、前方機をアシストする。


 レーダーに映っている熱源は自分たち以外一点のみ。


「まだ高度差がありすぎる。僕たちも上昇するぞ」

「了解」

「……止まれ、スノータス!」



 ラムノの制止と、赤い塊が上空から突っ込んできたのがほぼ同時だった。


「ステルス機能を、模倣している……! 恐らくレーダーの方はダミーだ……!」

 機首上げしたままだったアランは迎え角を取り続ける。

 そのままロールして機体を傾けたまま、上昇から一転バレルロール。上に向かう力を斜めに進む力に変えて正面衝突を避ける。これぐらいの曲芸は朝飯前だったが、不覚を取られた怒りで余計に頭に血が上った。

 進路を変えて右に急旋回。距離を取って離れている間にミサイル発射準備に入る。

 赤い刺客は“矢”の中に入り込む形になった。幾つもの花弁が連なった団子状態の胴体から、ラトーの触手を模した細長い連なりが伸びている。


「スノータス、合図を送る。絶対に触手の射程圏内に入るな!」


 ラムノとソフィア、アランとマックス、海軍のホルネオとスフィー、それぞれ花弁と反対方向に旋回し、“矢”を大きくしていった。

「3、2、1……今だ!」


 大佐組三機の射出口から、フラン内蔵型自動追尾ミサイルが一斉に弾け飛んだ。

 成功。粉々に砕けた花弁の破片が黒い宇宙と青と白の空の間に散らばる。

 しかし“矢”を縮めて仲間たちに近づくことはまだ許されない。


「後ろだ、アラン!」

「……自爆機能再現!?」


 散らばった小さな破片たちが塵芥になる前に、スピードを膨らましてアランとマックスに飛びかかってきた。



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