第9話 邪神
一体どれ程走り続けただろうか。
体感では既に数時間は走っている気でいるが、実際の所は分からないし指標にする物も無い。
そもそもダンジョンの時間の進み方なんて不明だし。
更に言えば、俺は身体強化を全身に施し、間違いなく最短ルートで進んでいるはずなのにモンスターは疎か、邪霊も本命である邪神の姿も一向に見当たらない。
しかし、確実に目的地に近付いて来ているのは確か。
それは辺りに漂う不快な魔力が何よりの証拠。
「精霊達が行きたくないというのも分かる気がするな……」
俺達より何十倍も魔力を感じ取る能力の高い精霊からすれば、此処は人間で言うマグマの溜まった活火山の様なものだろう。
「本来なら此処でブラッドドラグーンの群れが潜んでいるはずなんだがな……」
残念ながら此処には、ブラッドドラグーンどころか他と同じで何も居ない。
俺は無駄に広い次期ブラッドドラグーンの棲み家の真ん中に立つと……全身の身体強化を解き、代わりに雷魔法をその身に纏う。
「さて———そろそろ出て来てもいいんじゃないか? ストーカー気質の邪神さん」
『——————いつから気付いていた?』
突如身体が吹き飛ばされそうな程の竜巻が発生し、辺りを覆っていた不快な魔力が1つの場所に集結する。
その魔力は徐々に人の姿となり———精悍な男の姿に変化した。
「まぁ……最初からと言えば最初からだな」
『……私の《魔力化》は完璧だったはずだ』
「そんなの簡単だ。ダンジョン内は常に新たな魔力に循環されている。そんな中で常に俺の周りに不快な魔力があるのはおかしいだろ?」
『……確かにな。私もまだまだ未熟と言うことか……』
そう言ってはいるが、全く自分の力不足とは思っていなそうだ。
だが———その傲慢な所は使える。
奴は恐らく俺の事を自分よりも格下だと思い込んでいるはずだ。
だから今の俺が魔力も抑え、雷魔法も最低限発動できるレベルにまで意図して下げていることなど思いもしないだろう。
そしてそんな思い込みは自分が上だと踏ん反り返っている奴ほど信じ込みやすい。
どうせならさっさと終わらせたいからな。
みくびって貰えるのならそうされるに越したことはない。
因みに俺は奴が俺より強かった時の事も勿論考慮しているし準備もしている。
そして———ヘラを救うには今後必ず邪神とは戦わなくてはならない為、いい練習になるだろう。
実際にヘラが契約した邪神の名前をゼウスに聞くと———
『……奴は儂ら神霊と同格、もしくは儂らよりも実力は上かもしれぬ。儂が戦ったのは1万年以上も前のことじゃ。儂も強くなったが、奴も必ず強くなっているはずじゃ』
と俺よりも圧倒的に強いゼウスが警戒心を露わにするほどだからな。
それに比べれば奴なんて赤子の様なモノだ。
「さて……邪神さんよ、俺が何故此処に来たかわかるか?」
『ああ分かるとも……私を跪かせたゼウスの魔力の匂いがするからな。もしかして……契約者か?』
「いや、俺はまだ契約していない」
俺がそう言って肩をすくめると、邪神が一瞬呆けた後、クツクツと笑い出した。
『クククッ……ゼウスと契約できない程度の人間が私を倒しに来ただと? 笑わせてくれる! 貴様程度の人間にやられる程弱くはないぞ!!』
邪神は顔を怒りに歪め、今まで闘った中で2番目に速い速度で接近しては背後へと現れた。
まぁ———1番のゼウスとは雲泥の差だが。
「お前……さては馬鹿だな? 雷魔法使いに接近戦を挑んでくるとは……」
俺は邪神よりも速く移動して、逆に奴の背後を取る。
そして雷を纏った拳で奴の背中を殴り付け———る前に黒い魔力によって塞がれた。
更に拳が黒い魔力に纏わり付かれて動けない。
「チッ———面倒な事しやがって」
『あまり私を舐めない方がいい人間……貴様程度一瞬で殺せるわッッ!!』
そう言って俺の腕を掴んだかと思うと、地面に叩き付ける。
それだけで地面にクレーターが出来、砂埃が舞う。
しかしそれだけでなく、今度は俺の足を掴んだかと思うと、上空へと放り投げ———
『どうした? 私に挑んで来たにしては弱いな』
俺に追いついた邪神が、俺の鳩尾を殴り、更に上空へと打ち上げる。
そして———
『……興醒めだ。貴様を人質にしてゼウスの野郎を呼び出そうかと思ったが……貴様はどうやら奴の契約者ではないらしいし……もう用済みだ。消えろ———《黒砲》」
邪神は全身から黒い魔力を放出すると、それを自身の掌に集め、俺へと放った。
俺は奴の魔法を直に受け、地面へと墜落する。
しかもどうやらこの黒い魔力には強力な精神攻撃系の力も備わっている様で、俺の外と内何方からも攻撃してきた。
まぁ———それが何だと言う話なのだが。
『な、何故……ッ! 何故私の攻撃を受けて無傷なのだ……!?』
邪神は、叩き付けられ魔法が直撃してなお無傷の俺を見て、驚愕に目を見開いて慄き、後ずさった。
そして自身が無意識に後ずさっていたことに気付き、屈辱に顔を歪める。
一方で俺は、自身の服に付いた砂埃を手で払いながら立ち上がった。
「…………神っていう名前が付くからもう少し強いかと思ったが……本当にこの程度か? もしこの程度なら———俺には絶対に勝てないぞ?」
俺は抑え付けていた魔力を解放し、先程とは比べ物にならないほど濃密で激しい雷電をその身に宿す。
雷電が俺の身体を覆い、細胞1つ1つを魔力に変換して———俺を高次元へと押し上げる。
『な、な……!? そ、そんな馬鹿な……! そ、その姿は……』
邪神が俺の姿を見て更に目を見開き、再び後ずさった。
しかしそれもしょうがないだろう。
何せ———俺はゼウスと同じ姿をしているのだから。
雷は俺の瞳も髪をも美しい白銀に染め、俺の周りを蒼白の雷電がまるで生きているかの様に蠢く。
俺が立っているだけで地面に雷が落ち、雷鳴が轟き、辺りを俺の有利なフィールドに変化させていった。
俺は焦る邪神へと告げた。
さながら神が下々の者に与える神罰の様に。
『今此処で———俺は貴様を殺す』
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第15話まで1日2話投稿!
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