第33話 マキ論
アッキちゃんが居ることに、あたしは驚かなかった。
戴天に見つからずに潜伏するのに、一番の隠れ家はマキ論の元だからだ。
マキ論はどうやら戴天と対立しているらしい。それも、どちらが
「なんのつもりですか
「トモカヅキを捕らえている、という以外の情報をすべて
「それは治療期間中に、いらない刺激を与えないためです」
「でもどの施設に置いているかくらいは、私に報告を上げるべきだと思うがね。なにしろ、このプロジェクトにおいて私は
「それは……
「そんな言葉を私が信じると思うか?」
カチリ、と銃の安全レバーを引く音がした。いや、知らないけど、映画とかで見るからそんな感じかなって。
もしかして、オノレが撃とうとしているのかもしれない。
と、横目で盗み見たときだ。
鈍い音がして、ハンズアップをしていた女が室内に向けて倒れ込んできた。
マキ論の手にはもちろん小銃が握られていて、銃口から硝煙を上らせている。
ハンズアップ無意味だなー、ってのも映画っぽい。
もう銃刀法違反の連続で、現実味がないからそんな感想しか浮かばない。
「アッキちゃん、今日は可愛いリボン付けてるね」
いつもの黒髪ロングウィッグの左右に赤い蝶が一羽ずつとまっている。
「……ごめんもえ、戻ってきちゃった」
「分かるよ、会いたくなっちゃうのは仕方ないから」
倒れた女信者の横を通って、アッキちゃんが室内に足を踏み入れる。
「会いたくなっちゃうのは、あたしだけかな」
「もちろん、あたしだって、会いたかったよアッキちゃん」
部屋の中央を真っ直ぐに歩きながら、アッキちゃんが向かってくる。
あたしの腕に後ろからしがみついていた中年男女の信者は、あたしから手を離して拝みはじめている。
オノレは銃口を下げて、脱力した様子でアッキちゃんとマキ論を交互に見ている。
アッキちゃんの手が、あたしの頬に触れる。
「顔、治ってよかった。ねえ、もえが苦しんでいる間、あたしもずっとダルかったの。顔もね、ずっと熱くて、夜も眠れなくて、……もえの治療がうまくいきますようにって、苦しみのなかでずっと願っていたの」
「おかげさまで、いい治療が受けられたみたい。そこの看護師さんもお世話してくれたしね」
「それは、ありがとう」
「仕事ですので」
アッキちゃんがオノレに話しかけている間に、あたしの入院着のハーフパンツのすそから、こっそりと赤い蝶が這い出した。
そして、アッキちゃんの髪から飛び立った一羽の蝶が、あたしの髪にとまる。そっちにみんなの目が言っているうちに、這い出てきた方の蝶は天井に渡された布の裏に隠れた。
あたしとアッキちゃんは、おそろいのリボンをつけたみたいに、髪に一羽ずつ蝶をとまらせる形になった。
アッキちゃんの指があたしの頬から滑り降りて、肩に触れる。
二の腕を滑り、肘の骨を確かめて、手首をつかまえる。脈をはかるみたいにして手首の内側に親指を押し当てられて、あたしはあたしの脈動が恥ずかしくなる。
だってめちゃくちゃドキドキしている。
アッキちゃんの顔が、すぐそこに迫って――
「只今より! この娘は私の保護下となる!」
マキ論の無粋な声が、あたし達の雰囲気をぶち壊しにした。
「私の作った元
「
今度は先程よりもはっきりと銃声が聞こえた。
オノレの手から小銃が滑り落ちて、鈍い音を立てて床に落下する。
背中に血のシミが広がっていくのが見える。
「言葉に気をつけろ。私が嘘を言っているというのか? 捕獲当時の状況を云々しているのではない。我々が他の作戦に動いている隙をついて、信者どころかしろがねまで勝手に動かして、私を出し抜いてアッキを襲った。言っただろう、当プロジェクトにおいて、私が詞子の上なのだと」
「いえ、嘘を言ったと、いうわけでは……」
「もういい。貴様は貴様の職務をこなしただけだと、そう受け取ることにする。つまり、詞子の造反行為は知らなかったということでいいな?」
「ぞうは……そこまで、ですか?」
「デカい的しか狙えないからな、次はどこに当たるか分からんぞ」
オノレが反論をしそうになったところで、すかさずマキ論が銃口を向ける。
オノレは口をつぐむと、力なく頷いた。……うなだれたという方が近いかもしれないけれど。
カツン、カツン、とわざとらしくヒールのブーツを鳴らして、マキ論が近づいてくる。
アッシュ系の外ハネボブに、丸フレームの眼鏡。オーバーサイズの白シャツを襟ぬきにして着て、下は細身のカーキのパンツ。
Sin-sのなかでも長身でモデル系のスタイルに、銃を携えて歩いてくるさまは結構な迫力だ。
ていうかこの人、すでに二人撃ってるんだよな……。
じゃあ怖い人だな。
「こんにちは、毒虫。マキ論、で名乗ったほうが分かりやすいかな。アッキと手を組んだマキ論だ。よろしく」
「はあ、どうも……あたしはでも、アッキちゃんがしたくないことはしないですよ。」
「アッキのことが好きなら、貴様の選択は常にアッキと共にあることだ。アッキは私と組んだ。
「アッキはそれでいいの?」
アッキにそうたずねたあたしは、マキ論の言葉を無視した形になったらしい。
盛大な舌打ちの音がして、銃声を思い出したあたしは心臓を飛び跳ねさせた。
そんなあたしの様子を気遣ってか、アッキちゃんはあたしの肩を抱いて優しく答えてくれる。
「とにかく、もえを見つけないといけないと思った。あのままもえと別れちゃうのはイヤだったから……。教団は沢山施設を持ってるからね、あたしだけでは探しきれない。舞火の蝶があのとき、あたしたちを追っていたのに気付いてたから、もえにも付いていったと思った。マキ論と手を組めば、もえの居場所を知れるし、戴天の目からも隠れられる。もえがトモカヅキとして丁寧に扱われているうちはいいけど、その価値無しと切られたら、どうなるか分からないって恐怖があった」
「でも戴天はあんなに、あたしとアッキちゃんをセットで
小声で言ったつもりだけれど、マキ論は恐ろしく地獄耳らしい。
「人聞きが悪いな。アッキは毒虫を助けたい、私は戴天のやつにひと泡ふかせたい。利害の一致というやつだ。それに、貴様はアッキにとって、現状で最適な共振者だ。最高のカップル、というやつだ。あくまで現状は、ではあるが、あらたに共振者を作るにも時間と予算がかかる。出来ればそのまま活用したいロジックとしておかしくないだろう」
ブーツのヒールで床を蹴って威嚇しながら、マキ論がこちらに向かってそう言い放った。
「それに……」
「それに?」
あたしの問いかけに、マキ論はにやりと犬歯を見せて笑った。
「
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