第53話 玲と楓の後悔
ユウトが夕食にありついた頃。
隣の家のリビングでは、玲と楓が次々に掛かってくる電話とMyチャットの対応に追われていた。
「うん……うん……わかっよお母さん。落ち着くまで奥多摩ダンジョンには行かないから。うん、じゃあね……ふぅ」
楓は母の翠との電話を切りため息を吐いた。
そこに向かいのソファーで通話をしていた玲も電話を終えたのか、楓へ話し掛ける。
「母さんはなんて言っていた?」
「最初はびっくりしてたけど、兄さんが一緒だったって言ったら納得してた。大分支部じゃ支部長の娘がまだ学生なのに一つ星ダンジョンを攻略したって大騒ぎみたい。さすがは炎剣の娘だって。秘書の理子さんも今の内に私たちを大分支部専属の探索者にスカウトしようって興奮して大変だったって」
「あの理子さんが?」
玲と楓は翠の秘書の理子とは何度も会ったことがある。その際の印象は、いつもクールで理知的な大人の女性というものだった。そんな彼女が興奮していると聞いて玲は意外に思ったようだ。
「それだけ有望な探索者が協会にいないってことじゃないかな? あそこは人気のダンジョンの割に、探索者がダンジョンで得たアイテムを協会に全然売りに来ないってお母さんが
「なるほど、それで私たちを専属にということか」
「うん、それでお姉ちゃんの方はどうだったの?」
「ん? ああ、アリアと紫乃へはハトコに強い人がいて、その助力を得られたから攻略できたと言っておいた。まあ、疑っていたが嘘ではないからな」
「そうだね、今はそれでやり過ごそう。電話で説明しても信じてもらえないだろうしね。兄さんを直接紹介した時に全部話そう」
今は信じてもらえないだろうから話せないが、後日に楓はユウトのことをパーティ仲間の二人にだけには話すことを以前から決めていた。涼子に睨まれるのを承知でパーティを組んでくれた二人を置いて、自分たちだけで三ツ星探索者になるつもりはないからだ。
「そうだな、二人とは来月にまたダンジョンに行く約束をしているし、その時にすべて話そう」
探索者学園の3学年の夏休みは他の学年より長めで、9月の終わり近くまである。これは3学年の夏から探索者の資格を得ることができるため、学園も生徒たちがダンジョンに挑むのに協力をしている形だ。学業の方は問題ない。学園の生徒は土曜日が休みではないため、3年の1学期までに学科の授業は全て終わっている。そのため3学年の2学期以降は、そのほとんどが実技の授業となっている。
「そうだね。でもこれからどうしよう。まさかこんなに大騒ぎになるなんて思わなかったよ」
「そうだな、まさかスカウトがあんなに待機しているとはな。受付に案内してくれた小野さんだったか? 彼女には困ったものだ」
「興奮して大騒ぎしたことを謝っていたし、スカウトたちから必死に守ってくれたけど……本当に困ったことになったよ」
玲と楓は協会の職員である真知子の事を思い出しため息を吐いた。確かに彼女が騒がなければスカウトたちや、先輩探索者たちに気付かれることはなかっただろう。でも謝罪され、責任を取ろうと必死に守ってくれたことから恨むに恨めない。それゆえのため息なのだろう。
「想定外ではあったがユウトのおかげだと公表するわけにもいかないのだから、私たちが実力で攻略したことにするしか無いだろう」
「実力が伴っていればそれでいいけどね。問題は学校が始まってからどうするかだよ。実技の授業でダンジョンに潜ったと時に、二つ星ランクの私たちは間違いなく引率の先生や護衛の探索者の人たちにアテにされると思うんだ。その時にボロが出て、一緒にいるクラスメイトの皆を守れずに怪我をさせたらと思うと胃が痛くなるよ」
夏休み明けからの実技の授業は各クラスで12人のパーティを作る。そして2人の探索補助科の男子と、同じく2人の護衛の探索者と共に潜る形となる。その際に学園で唯一の二つ星ランクである楓たちがアテにされる可能性は確かに高い。それどころか護衛の役をやらされるかもしれない。
「授業で潜る階層程度なら、今の私たちであれば問題ないだろう」
確かに授業で潜るのは上層だ。百匹以上の一つ
しかし
「兄さんから借りている装備とマジックアイテム無しでも?」
そう、それもユウトから貰った英雄級の装備と、数々のマジックアイテムがあればの話だ。
「それは無理だ……あっ、そうか。皆の前であの装備を身につけて戦うのは抵抗があるな」
楓の言いたいことがわかった玲はクラスメイトだけならともかく、補助科の男子の前で露出の激しいドレスアーマーを着るのには抵抗があった。
「私も嫌だよ。ただでさえ学園で男子のイヤらしい視線を向けられているのに、あんな露出の多い装備を補助科の男子の前で着たらと思うと……視線が気になって戦闘に集中できなくなるよ。それに氷魔法の杖も地球には存在しない物だし、使うのは不味いと思うんだ」
「確かに。私が借りているミスリルの剣も似たようなものだな。地球に数本しか無いのだからな。となると力の指輪もネットで写真が出回っているから難しいか。魔力の指輪は大丈夫だと思うが、夏休み明けに今まで身につけていなかった指輪を複数つけていたら目立つだろう。涼子が母親の会社から鑑定のルーペを持って来ないとも限らん。収納の指輪と、ズボンに隠れて目立たない速力のアンクレットくらいが限界か」
「そうだね、ポーションとか入っている収納の指輪だけは外せないかな。でも魔力の指輪が無いのは痛いよね。最悪影狼を呼べばなんとかなるけど、間違いなく大騒ぎになるだろうし」
「そりゃそうだろう。影狼の存在感は凄いからな。護衛の探索者は間違いなく一つ星ダンジョンにいていい魔物じゃないと気付くだろうな」
「そうなると夏休みが終わるまでに、せめて二人で下層に行けるくらいの地力をつけるしか無いんだけど……」
「魔力は増えた感触はあるが、まだまだ装備とマジックアイテム無しでは厳しいだろうな」
二人の魔力は魔物ホイホイのユウトのおかげで確かに増えている。6日間で400匹近く倒しその魔物の魔素を普通のパーティであればは6人で吸収するところを、二人だけで吸収したのだから増えないはずがない。
しかしそれでも専業の探索者が1ヶ月と少しダンジョンに潜って得られる程度の魔力だ。一つ星ダンジョンを攻略した探索者の魔力に比べればまだまだ少ない。しかも今度は10人以上の仲間を守りながらの戦いだ。ユウトからもらった装備があったとしても簡単ではない。
「うん、かなり厳しいと思う。私たちは強くなった気でいたけど、それは強力な装備と兄さんがいてこそだったんだ。わかってはいたはずなのに氷の魔法が使えることに浮かれて、勢いに押されてボスを倒しちゃってこの有り様だもん。良く考えればこうなる可能性があることも想定できたはずなのに」
「それは私も同じだ。いや、私のほうが浮かれていたと言っていい。楓に言われるまで実技の授業のことは頭から抜けていたしな。情けない姉だ」
「お姉ちゃん……」
ソファーに座ったまま下を向き落ち込む姉を楓は心配そうに見つめる。
確かに二人は強くなったことに浮かれ、ユウトに勧められるままにボス部屋に入ってしまった。それは二人のせいではなく全てユウトが仕組んだことなのだが、そのことを彼女たちは知らない。
そしてその諸悪の根源であるユウトは、己の欲望のために二人を二つ星ダンジョンに連れ込めなかったことを腰を突き上げながら悔しがっている。本当に最低な男である。
そんな落ち込んでいる二人にリビングの入口から声が掛かる。
「どうやらお困りのようですね」
「「カ、カミラさん!?」」
下を向いていた玲と楓はバッと頭を上げ、声のした入口を見てそこにカミラが立っていたことに驚きの声を上げた。
救いの
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