第49話 勇者の孫 ボーナスタイムを宣言する
《グルルルル》
「よし、じゃあ殺るか」
部屋の中央で唸り声を上げる
そんな普通なら絶望とも思える状況を前に、ユウトは笑みを浮かべながら手のひらに拳を打ち付け玲と楓に声を掛ける。
「や、殺るかではない!」
「そ、そうだよ兄さん! いくらなんでも多すぎだよ! なにが多少多い程度だよ! 全然多少じゃないよ!」
そんなユウトへ玲と楓による壮絶なツッコミが入る。しかし勢いのある言葉とは裏腹に二人は涙目だ。
ユウトに文句を言いたい気持ちもわかる。これまで同時に戦った
ユウトならどうにかしてくれるとは思ってはいても、もしもこの数に一斉に飛び掛かられたら、数の暴力で押し潰されるかもしれないと恐怖を感じるのも仕方ないだろう。
「だから大丈夫なんだって。
しかしそんな二人を安心さるかのようにユウトは再び笑いかけ、彼女たちの影に潜んでいる影狼を呼び出した。
『グルルルル』
すると玲の影から体長2メートルほどの漆黒の狼が現れ、玲と楓を守るかのように立った後に
突然現れた影狼の姿を目の当たりにし、その唸り声を聞いた
それはそうだ。
そんな硬直し動けないでいる
「
『ヴォォォォォン!』
ユウトの命令を聞いた影狼は、その漆黒の体毛を逆立たせ天井へ向かって雄々しく吠える。
その瞬間。
影狼の殺気のこもった咆哮を一身に受けた
緑狼リーダーはダンジョンボスというプライドからか、敵わぬまでもせめて一矢だけでも報いようと影狼へと向かう……と思われたが途中で突然進路を斜め前方に変え、影狼とその後ろに立っていたユウトたちを避けるようにその横を通り過ぎていった。
その緑狼リーダーの背を追うように、緑狼たちもユウトたちの後方へと一斉に駆け出す。
「え?」
「な、なに?」
突然進路を変え横を通り過ぎていくダンジョンボスと、その後ろに続く手下の緑狼たちを困惑した表情を浮かべながら目で追う玲と楓。
緑狼リーダーらはそんな二人の視線など気に止めることなく出入口へと突進していき、そしてそのままユウトたちが潜ってきた扉へ体当たりをした。
ドーーーンという音がボス部屋に響きを渡ると同時に、体当たりをした緑狼リーダーは弾き飛ばされる。しかしそんなこと関係ないとばかりに何度も何度も体当たりを繰り返した。
手下の緑狼たちも同様に次々と扉へと体当たりをしていく。
「な、何をしているのだボスと手下たちは……」
そんな
「も、もしかして逃げようとしている……とか?」
「そりゃそうだよ、戦っても絶対に勝てない相手と対峙したら逃げるのは当然だ。まあ30分はボス部屋の扉は開かないし、開いてもボス部屋の魔物は外には出れないんだけどね」
そう、
これが人間であれば、たとえどんなに強大な魔力を持っていようが
ここでダンジョンが魔界の実体をコピーしたことが仇となった。弱肉強食の魔界で捕食者と被捕食者、狩る者と狩られる者という関係だったシャドウウルフと緑狼。その記憶と本能まで受け継がれてしまったのだ。
その結果、
ユウトの言った通り30分経って扉が開いたとしても、ボス部屋に現れた魔物は部屋の外には出れない。しかしダンジョンに創造され、初めてボス部屋から逃げる
扉の前では扉に弾かれ倒れていた緑狼が仲間に踏み潰されたり、
それでも200匹の
「な、なんだこれは……わ、私は何を見ているのだ?」
「ボス部屋から探索者たちじゃなくて、ボスとその手下が逃げようと扉に殺到しているなんて……」
必死に逃げようと扉に殺到する
ボス部屋から逃げるのが探索者であれば納得できる。だが、今二人の目の前に広がっている光景はその逆だ。数では圧倒的に上回っている緑狼たちが、影狼1匹にパニックになり必死にボス部屋から出ようとしているのだ。信じられないのも仕方ない。
「ほら、何してるんだよ二人とも。早くしないと同士討ちした緑狼の魔素が霧散するぞ? ボーっとしてないで後ろからバンバン攻撃しようぜ! こういうのを確かボーナスタイムって言うんだろ? さあ、早く行かないと!」
そんな二人の肩をユウトは叩き、早く倒しに行けとばかりに背を押す。
確かにユウトの言う通りボーナスタイムと言っていいだろう。古来から戦で一番死傷者が出るのが、撤退時に追い打ちをかけられた時である。戦意を喪失し、散り散りとなって逃げる兵ほど脆いものはないのだ。
今目の前に広がっている光景がまさにそれである。しかも相手は逃げ場がない。窮鼠猫を噛む可能性もなくはないが、統率者である緑狼リーダーは邪魔な手下を踏み潰し首を噛みちぎりながら扉へと体当たりをしている。どう見てもパニック状態だと言ってもいいだろう。とてもではないが手下たちをまとめて反撃してくるようには見えない。
「あ、ああ」
「う、うん」
ユウトの勢いに二人は何がなんだかわからないまま、それぞれ武器を構え緑狼のいる扉へと駆け出した。
ボーナスタイムの始まりである。
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