第48話 勇者の孫 ボス部屋に入る
「こ、ここがダンジョンボスの部屋」
「学園の授業や探索者の配信動画で何度も見ているけど、実際に自分の目で見るとこんなに威圧感があるんだね」
一つ星ダンジョンに潜ってから5日目の午後。
ユウトたちは最下層にあるボス部屋の前にいた。
玲と楓の目の前には、狼の姿が彫られている高さ5メートルはありそうな木製の大きな扉が鎮座していた。
順番待ちをしているパーティは幸いにもおらず、この場にはユウトたち3人だけだ。
まあいたとしても一つ星ダンジョンのボスは倒されても1時間ほどでまた湧くので、待つことは殆どないのだが。
「探索者の配信動画? ああ、そういえばポーターがカメラを持ってたな」
ユウトはダンジョンですれ違うパーティのポーターが、カメラを構えていたことを思い出した。休憩所でも探索者たちがカメラに向かって何か喋ってもいたなと。
「ああ、探索者は魔石や宝箱のアイテムの換金以外に、動画を配信して収入を得ているんだ」
「特になりたての探索者は、装備の補修にポーションなどの消耗品の補充なんかで収入よりも出費の方が圧倒的に多いからね。探索者になりたかったけどなれなかった人や、男性をターゲットにして動画を配信して副収入を得ているんだよ。上位の探索者パーティなんて、毎年何億も稼いでるんだよ? 日本にしか無い三ツ星ダンジョンの中での配信ていうのもあるけど」
とは言ってもダンジョン内は電波が遮断されるため、録画配信になる。それでも有事の際に日本を守ってくれる探索者の卵を応援したい人たちや、美少女探索者を応援したい男たちによって新人探索者は支えられていた。
また、
最近ではダンジョンを出てから映像を流しながらライブ配信を行う者も増え、投げ銭などで収益を更に上げている探索者もいる。
「人気さえ出れば、初心者でも動画配信の収入の方がダンジョンでの収入を超える。探索者は人気の職業だからな」
「なるほど、だからダンジョンの数の割に探索者が多くてもみんなやっていけてるのか」
ユウトは一つ星ダンジョンから手に入る極小の魔石や、アイテム程度でよくこんなに多くの探索者がやっていけているなと不思議だったが玲と楓の説明で納得した。
「でもそんなに儲かるなら玲たちはなんでやらないんだ? 二人ならすぐに人気が出ると思うんだけど」
「それは……」
「私たちのパーティには撮影してくれるポーターがいないのもそうだけど、他のメンバーの子はみんな恥ずかしがりなんだよ。お姉ちゃんも含めてね」
「ああ、アリサさんと
ユウトは野営中に二人から聞いていた、他のパーティメンバーの特徴を思い出していた。
(確か日本人とアメリカとロシアのミックスの気の弱い子と、実家が短剣術の道場をやっている子だったか? 夏休みが終わる前に紹介してくれるって話だったけど、可愛い子だったら良いな)
「全国に顔を晒すなど恥ずかしいに決まっているだろう。それに新人のうちは男に媚びなければ再生数を稼げないからな。そんなことできるものか」
「と、こういう訳なんだよ兄さん。まあ、私もこの装備を着てるところを撮られるのはさすがにね。だから私たちは配信をするつもりはないんだ」
「なるほど。そうだな、俺も可愛い
「……そうか」
「そうなんだ」
腕を組み真剣な表情で言うユウトに対し、玲と楓はお前が言うなと言わんばかりにジト目を送る。
当然ユウトは気付いていない。いつもの流れである。
「おっと、他の探索者がこっちに向かってきてるな。
「あ、ああ。そうだな、入ろう」
「うう……緊張してきたよ。あれ? 今気が付いたんだけど、もしかして兄さんが一緒に入ったらボスの手下の数が増えるんじゃないかな?」
ボス部屋の扉に玲が手を掛けようとした時、楓がふと疑問を口にした。
ボスが引き連れる手下の数は、ボス部屋に入ってきた探索者の人数によって変動すると言われている。6人の探索者なら12匹。10人なら20匹と、探索者が増えれば手下の数も増える。だが逆に入ってきた探索者の数が少なければ、当然手下の数も少なくなる。玲と楓だけで入ったなら、ボスの他には4匹しか出てこないだろう。
しかし楓はここに来るまでの体験から、部屋の手下の数は探索者の数ではなく魔力の多さによって増減するのではないかと考えたようだ。
「それは……確かに考えられることではあるな」
「大丈夫大丈夫、多少増えたって二人ならなんとかなるから。さあ、探索者たちがもう来るぞ、とっとと中に入ろう」
ユウトは躊躇う玲と楓がやっぱやめとこうと言うのを恐れ、二人の背を押しながらボス部屋の扉を足で開ける。
「ま、待てユウト!」
「ちょ、兄さん! せ、せめて作戦を!」
玲と楓はユウトの腕力に抗うことが出来ず、まんまとボス部屋の中へと押し出されるのだった。
ユウトたちが中に入ると、バタンッと音がして通ってきた扉が自動で閉まる。
一度閉まった扉は、中に人間がいる限り外からも中からも開けることは出来ないいや、。一定時間開かないと言った方が正しいだろう。一つ星ダンジョンの場合は、ボスが現れてから30分だけ扉が開かなくなる。ダンジョンを作った魔神も大して磨かれていない魂など欲しくはないのだ。三ツ星ダンジョンまでは、一定の時間が経過するとボス部屋から出れるようになっている。
「は、入ってしまった」
「ひ、広い……」
ユウトによって半ば強引にボス部屋に入れられた玲と楓は、石の壁が薄っすらと放つ光とユウトが背嚢にぶら下げている電池式ランタンによって照らされるボス部屋を緊張した面持ちで見回した。
魔狼ダンジョンのボス部屋は洞窟の広場といった感じだが、素早い動きで探索者を翻弄する狼系のダンジョンだけあってかなり広い。
「さあ、奥に進もう。大丈夫だから」
「くっ……ここまで来たなら覚悟を決めるしかないか」
「ううっ……兄さんがいれば大丈夫だとはわかっているんだけど、なんだか嫌な予感がするよ」
ユウトに背を軽く叩かれた玲は覚悟を決めたように剣を抜き、楓は不安そうな表情を浮かべながらも杖を握りしめ部屋の中心部へ向かって歩き出した。
そして20メートルほど進んだ所で、部屋の中心部の床と壁際の床に魔法陣のようなものが次々と浮か上がる。
数秒後、部屋の中央には通常の
玲と楓は初めて間近で見る
しかし、ボスと同時に壁際に現れた
「なっ!?」
「う、うそでしょ……」
およそ200匹はいるであろう
本来は人間が3人なら手下の数は6匹程度のはずだ。しかしユウトたちの前には、恐らくボス部屋で創造できる限界と思われるほどの緑狼がいる。
ダンジョン。いや魔神は余程ユウトの魂が欲しいようだ。
3対200。出口の扉は閉まっており、30分は開くことはない。
青ざめる玲と楓。そんな二人とは対照的に不適な笑みを浮かべているユウト。
後にその壮絶な光景から『混沌の30分』と呼ばれ、玲と楓に少なくないショックを与えることになった戦いが今始まろうとしていた。
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