第42話 勇者の孫 メイドを紹介する
「すごい……このソファー硬いと思ったのにフカフカだよお姉ちゃん」
「確かに座り心地が良いな。それに装備を着けたままでも大丈夫だとは言われたが、本当に傷一つつかないとはな」
部屋に入りソファーに座りながら驚きの声を上げる楓と玲。
「そのソファーは水りゅ……海に生息する魔物の革を使っているんだ。魔物の外皮だから耐久性が高くて、水の中にずっといるからか弾力もあって柔らかいんだよ」
二人の向かい側のソファーに座ったユウトは、座り心地の良さに感心している二人に水竜の革と言おうとした。が、また二人が固まるかもしれないと思い魔物の種類は伝えないことにした。
「海に生息する魔物の素材か」
「実体のある魔物がいる異世界には、色んな素材があるんだね」
「そのぶん危険も多いけどね。さて、この部屋を使うにあたってなんだけど、二人に紹介したい人がいるんだ」
「ん? いま人と言ったか?」
「私もそう聞こえたけど……どういう意味かな兄さん?」
ユウトの言葉に怪訝な表情を浮かべる玲と楓。
それはそうだ、ここに来るまで3人以外に同行者はいなかったし、このマジックテントは先ほどマジックアイテムの状態から展開したばかりだ。人を紹介したいと言われても、何を言っているんだと思って当然だろう。
「説明するより出てきてもらった方が早いか。カミラ、出てきていいよ」
そんな二人にユウトは軽く笑みを返し、ユウトたちが座っているソファーのすぐ横の陰に向かってカミラの名を呼んだ。
するとその陰から、黒髪をアップでまとめ白いホワイトプリムを乗せたメイド服姿のカミラが現れた。
「「〜〜〜〜!?」」
そんなカミラの姿を目の当たりにした玲と楓は、目の前で起こった現象が信じられないのか目を見開いたまま固まっている。今日一番の驚きの表情と言っていいだろう。
「まあそりゃ驚くか。カミラ、もう知ってるとは思うけど、彼女たちが爺ちゃんの妹の孫娘の玲と楓だ。自己紹介を頼む」
「はい、ご主人様。玲様、楓様。カミラと申します。種族は魔族となりますが、ご主人様の慈悲により専属メイドをさせて頂いております。以後、お見知りおきのほどお願い申し上げます」
ユウトに促されたカミラは無表情のまま固まっている玲と楓へ深々と頭を下げる。
「あ……こ、こちらこそよろしくお願いする」
「よ、よろしくお願いします」
カミラの丁寧な自己紹介を受けた玲と楓はハッとなり、慌ててソファーから立ち上がって頭を下げた。
「自己紹介は終わったかな? じゃあ二人とも座って」
ユウトの言葉にカミラは頭を上げ、玲と楓も恐る恐る頭を上げた。
「兄さん、カミラさんが魔族と言っていたんだけど……」
ソファーに再び腰掛けた楓はユウトの背後に移動したカミラをチラリと見たあと、聞き間違いじゃないよねといった口調で問いかけた。
「陰から出てきたのを見ただろ? カミラはそういう種族魔法を持っている魔族なんだ。2年近く前に和解して、俺がダンジョンに入る時の身の回りの世話をしてもらっているんだよ。マジックテントの維持管理も大変だしね。エメラやシャドウウルフと同じく魔封結晶化して俺に隷属してるから、二人を傷つけることはないから安心してくれ」
ユウトはカミラと出会う前までは、ダンジョンに入る際は祖父の秋斗と一緒に別のマジックテントで生活をしていた。しかし秋斗が他界してからは、ユウトは一人でダンジョンに入るようになる。そんな時、カミラと出会い色々あって彼女は魔封結晶化することを受け入れ、ユウトの専属メイドとして仕えることになった。
「そ、そうなんだ」
「……まさかドラゴンなどの魔物だけでなく、魔族まで隷属させているとはな。魔族というのは魔王の配下だと聞いたが?」
「魔族だからって全員が人間の敵ってわけじゃないさ。魔王が討伐されて魔界に戻れなくなった以上、人間と和解した魔族もそれなりにいて仲良くやっていたりもするんだよ」
「そうか、そうだな。話し合って分かり合えることもあるか。すまない、どうしても魔族と聞くと話し合いなど出来ないイメージあってな」
「物語に出てくる魔族なんかそうだよね。でも知性があるんだから話し合えばわかり合えるはずだよね」
「大部分の魔族は話し合いなんかに応じないけどな。そういう魔族もいるってことさ。まあそういうわけで、カミラにはダンジョンにいる間はこのマジックテントの家事全般をやってもらうから。カミラ、いつも通り掃除と料理を頼む。あと二人は俺の大切な義妹なんだ。色々と助けてやってくれ」
「承知いたしましたご主人様」
ユウトの言葉にカミラは再び深々と頭を下げて応える。しかしその時、彼女の腰からぶら下がるお守りのような物にユウトは気付いた。
が、そこに『子宝祈願』と書かれていたのを見てユウトは顔をひきつらせたあと、何も見なかったことにした。しかし内心ではいつの間に神社なんかに行っていたのかと。しかも魔族が地球の神に願掛けするとかなんの冗談だよ。と、盛大にツッコミを入れていた。
そんなユウトへ玲が口を開く。
「いや、私たちもお手伝うぞ」
「そうだよ。こんなに広い部屋を使わせてもらうんだし、料理くらい私たちで作るよ」
「結構です」
しかし玲と楓の申し出をカミラがきっぱりと断る。
「あー、カミラはメイド歴が長いんだ。貴族の家とかでずっとメイドをしていてさ、矜持ってのがあるんだよ。だから彼女に全て任せて欲しい。玲も楓も日中は魔物との戦いで疲労するわけだしさ、強くなることに集中して欲しいんだ」
「しかし……いや、そうだな。プロとしての技量を疑ったわけではないんだ。カミラさん誤解しないでくれ」
「私も与えられてばかりで申し訳ない気持ちで言っただけなんだ。気を悪くしないでね」
ユウトの説明に玲と楓は納得し、カミラへと詫びた。
二人の気持ちもわからなくはない。装備から野営するための立派な部屋まで全て与えられ続けてきたのだ。何かしたいと思うのは当然だろう。
「いえ、お気持ちだけ受け取らせていただきます。それと、カミラとお呼びください。仕えるメイドに敬称は不要でございます」
「いや、しかしそれは」
「こんな綺麗な大人の女性を呼び捨てにするとか難しいかな」
玲も楓もさすがにどう見ても年上の女性をメイドだからと呼び捨てにすることには抵抗があるようで、二人とも困った表情受けべている。
「カミラ、日本は貴族社会のリルとは違うんだ。その辺は慣れるまで待ってやってくれ」
「……承知いたしましたご主人様」
ユウトのフォローにカミラはそういうものかと納得したようだ。
「さて、それじゃあ部屋と設備を案内するよ。カミラは風呂の用意を頼む」
ユウトはそう言って立ち上がり、玲と楓にもあ立つように促した。
そして二人を連れて寝室を案内するのだった。
◇
「うわぁ、天蓋付きベッドなんて初めて見たよ。あのクローゼットもすごくおしゃれだね」
「ああ、白を基調とした落ち着きのある部屋だな」
ユウトに5部屋ある寝室のうち4部屋を案内された楓と玲は、異世界の家具を物珍しそうに見て回っていた。
「お姉ちゃんはさっきのピンクのベッドやカーテンがある部屋の方がいいんでしょ? 大丈夫、わかってるから」
「あ、いや……そ、そんなことは」
可愛いもの好きなことをユウトの前でそれとなくバラされ赤面する玲。
「じゃあ決まりだね。兄さん、私はこの部屋で、さっきの可愛い部屋はお姉ちゃんということでお願いするよ」
そんな姉をチェシャ猫のような笑みを浮かべ見たあと、楓は後ろを振り返り入り口で立っていたユウトへ自分と姉が使用する部屋を伝えた。
「OK、じゃあそろそろお風呂の用意ができているだろうから、それぞれの部屋で装備を外して来てくれ」
「ああ、わかった」
「やったぁ! 今日はずっと戦っていたから汗で気持ち悪かったんだよね。兄さんありがとう」
「いいっていいって。自分の家だと思って使ってくれていいから。んじゃあ俺も着替えてくるからまたあとでな」
そう言ってユウトも部屋着に着替えるために一番奥にある自分の部屋へと向かった。
玲もユウトに続き、楓の向かいの部屋へと入っていく。
そんな二人を見送った楓はドアを締め鍵をかけたあと装備を脱ぎ、収納の腕輪から持ってきた衣類と下着を取り出してクローゼットへとしまっていくのだった。
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