第41話 勇者の孫 ドッキリを仕掛ける



「初めてモンスターハウスに入ったが結構広いんだな」


「み、見てよお姉ちゃん、一つ目狼ワンアイドウルフの魔石があんなに……」


「……この数の一つ目狼ワンアイドウルフがこの空間にいたのか……それをユウトは一瞬で」


「私たちだけだったら逆に一瞬で喰い殺されていたよね。ほんと、兄さん強すぎだよ」


 ユウトに続いて小部屋に入ると、20メートル四方はありそうな正方形の空間だった。そして部屋のあちこちに一つ目狼ワンアイドウルフの魔石が大量に転がっているのを見た玲と楓は、もしも自分たちだけでこの部屋に入っていたならと身震いをしつつもユウトの強さに改めて感心していた。


「おーい、準備ができたから来てくれ」


 そんな二人を部屋の中央付近で床に何かを置いてまわっていたユウトが呼ぶ。


「もうテントを張り終え……てないじゃないか」


「空間収納の腕輪だっけ? その中に展開した状態で保管されてるんじゃない? とりあえず行ってみようよ」


 楓の言葉に玲はなるほど、とうなずきユウトの元へと向かった。


「なんだろうあの白い石とキューブみたいなの」


「さあ?」


 楓がユウトのもとに着くと、彼は四方に置かれた拳大の白い石の中心で立っていた。そしてその足もとにも、一辺が30センチほどはありそうな銀色のキューブが置かれていた。どれも見たこともない物だったので、楓は玲と一緒に首を傾げた。


「んじゃあ説明するな。あの白い石は結界石と言って文字通り結界を張ってくれるアイテムだ。結界の強度は範囲が狭くなるほど高くなる。今置いた間隔だと……そうだな。さっき紹介したシャドウウルフの攻撃を2〜3時間は耐えられるかな。一度使うと丸一日使えなくなるから、連続しては張れないけどな。まあ、その時は予備のもう一組を置けばいいんだけど」


 結界石は4個で1セットとなる。これをユウトは人形機動兵器に取り付け、バリア無双するために大量に持ってきていた。


「なっ!? あの魔物の攻撃を2時間以上も!?」


「すごい……そんなマジックアイテムがあるなんて」


 玲も楓も先ほどの明らかに高ランクの魔物の攻撃を、2時間以上も耐えることができるという強度に目を見開いて驚いている。


「んでこの銀色のキューブが2等級のマジックテントだ」


「え? マジックテント?」


「兄さん、どう見てもただのキューブにしか見えないんだけど」


「ところがドッコイ、キューブに魔力を流すと……」


 ユウトは首を傾げる二人に笑いかけたあと、キューブへ魔力を流し二歩ほど後ろへと下がる。


 すると一瞬でキューブが正方形のテントへと変わった。


 現れたテントは遊牧民族が古くから使用しているゲルに似ている。ただ、ゲルは円形だがこのテントは正方形に近い。このテントの材質もドラゴンの皮を鞣した物を白く染めた物で、入口には金で装飾がなされたミスリル製の扉が付いている。


「これは……さっきのキューブは収納の魔導具だったのか」


「ビックリしたよ。魔力を流すと出てくる仕組みなのかな? なんとなくゲルに似ているけど、どちらかというと箱みたいなテントだね。やたら豪華な扉が付いてるのはなんでだろう?」


 突然小さなキューブが高さ2メートルの正方形のテントに変わったことで二人は驚いたが、すぐにあのキューブはマジックポーチや収納の指輪のような機能があるのだろうと想像した。


「まあ似たようなもんかな。さあ、中に入って入って」


「ああ、まあこれなら3人が寝ることはできるだろう」


「そうだね、着替える時は兄さんに外に出てもらわないとだけど」


 目の前の普通のテントよりも高さがあり幅と奥行きも3メートルはあるテントを見て、玲と楓は3人が横になるには十分だと思ったようだ。


 そしてニコニコしながら入口の扉を開けるユウトを不審に思いつつ、二人はテントの中へと足を踏み入れた。


 その瞬間。


「なっ!?」


「え? ええーーーー!?」


 中から二人の驚く声が聞こえ、ユウトはドッキリ大成功とばかりに満面の笑みを浮かべるのだった。




 玲と楓は目の前に広がる信じられない光景に固まっていた。


 それはそうだ。外から見た時は中の広さはいいとこ5帖かそこらだと思っていたのに、中に入ったら目の前に玄関がありその先には40帖はありそうなリビングが広がっているのだから。


 そう、リビングだ。二人の視線の先にはキッチンにダイニングテーブル。そして10人は座れそうなソファーセットが置かれていた。


「こ、これはどうなっているんだ?」


「テント……だったよね?」


「ああ、確かに豪華な見た目ではあったがテントだった」


「そう言えば兄さんがマジックテントって言っていたっけ。もしかしてテント内の空間を拡張する魔導具ってこと?」


 目を丸くして驚きつつも楓がそう予想する。


「正解。これはダンジョン産の魔導具なんだ。古代に魔法で栄えた王国の高位貴族のテントらしくてさ、それをダンジョンが吸収して魔導具として宝箱に現れた物なんだよ」


 すると二人の背後からイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべたユウトが現れ、靴を脱ぎながら二人へとそう説明する。


「ダンジョン産のテント……そんな物まで宝箱に入っているのか」


「宝箱には亡くなった人の装備が入ってるから、テントとかが入ってても不思議じゃないんだろうけど……それがまさかテントの中が空間が拡張されていて、その中に入れるだなんて」


「マジックポーチやこの収納の指輪もそうだけど、見た目の大きさより遥かに大きな物を収納できるだろ? テントはその逆で、拡張された空間の中に入れるってだけだ」


 なんとか目の前の現実を受け入れようとしている二人に、靴を脱ぎ終わったユウトはスリッパに履き替えリビングを背に両腕を広げながら自慢気に言う。


「逆と言われてもな……百歩譲ってただの広い空間が広がっているならまだ納得ができるが、ここまで豪華な部屋を見せられるとな」


「兄さんが出すマジックアイテムだもんね。普通のはずがないんだ。お姉ちゃん、これが現実なんだよ、私たちはただ受け入れるしかないんだ。別に私たちに不利益があるわけじゃないんだし」


「それは……フフッ、確かにその通りだな。こんなに広くて綺麗な部屋で寝泊まりできることを素直に喜ぶべきだな」


「そうだよ、兄さんありがとう。まさかこんなに凄い部屋で寝泊まりできるとは思わなかったよ」


「安心して眠れる場所を用意するって言ったろ?」


「あはは、確かに言ってたね。それで奥に扉とかあるみたいだけど、この部屋ってどれくらいの広さがあるの?」


「広さは5LDKで、浴室が貴族用と護衛用の2つにトイレも2つある。設備は異世界で爺ちゃんが開発した物に総取っ替えしてあるから、キッチンのコンロや冷蔵庫にお風呂やトイレもこっちの世界にあるのとそう使用方法は変わらないよ。トイレも洗浄便座が付いてるしね。ああ、あと浴室とキッチンの温度設定とかは自動じゃないけどね」


 もともとは古代文明の設備があったこのテントだが、その使い難さから汚水や排水の処理設備はそのままに残りの設備を秋斗とユウトがリルで開発した物に交換をしていた。


 ちなみに2等級のマジックテントということは、1等級も存在する。それもユウトは保有しているが、あまりに広すぎてラッキースケベを望めそうもないので出していないだけだ。ほかにも3等級のマジックテントもあるが、これはカミラに貸出中だ。


 カミラは魔封結晶から顕現して以降は、ユウトからマジックテントを貸し出されトイレや入浴をする際は美鈴の家の裏山に展開し済ませていた。


「このリビングの他に5部屋もあってお風呂まで……凄いな」


「お風呂やトイレまであるなんて凄く嬉しい。しかも洗浄便座まであるなんて。さすが大叔父さんだとしか言いようがないよね。兄さんに見せてもらった魔導エアコンにもびっくりしたけど、異世界のイメージがどんどん崩れていくよ」


「あはは、爺ちゃんが召喚された時はかなり文明が遅れている世界だったらしくてさ、まあ魔王軍に滅ぼされる寸前だったしそれどころじゃなかったんだろうな。それで魔王を倒してから、古代文明の魔導技術を使って日本にあった設備を参考に色々と作ったらしいんだ。おかげで日本に来てからも使い方の分からない設備が少なくて助かってるよ」


「なんというか、昔読んだファンタジー物の小説そのままな展開だな」


「あーあったよね。探索者になりたての女の子が異世界に迷い込んで、魔物を倒したりオセロとか色々作って成功する話で面白かったよね。井戸の上に水車を作ったっていう話はよくわからなかったけど」


「へえ、そんなのがあるんだ。俺も今度読んでみようかな。さあ、いつまでも玄関で立ってないで中に入りなよ」


 ユウトはいつまでも玄関に立っている二人にそう声を掛けた。


「そうだな、お邪魔するとしよう」


「そうだね、どんな部屋なのかワクワクしてきたよ」


 ユウトの言葉に玲と楓はブーツを脱ぎ、リビングへと足を踏み入れるのだった。

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