第33話 勇者の孫 解体をする
「オイ、クソ野郎ども。俺の可愛い
ユウトは玲と楓の腕を掴む2人の男のパワードスーツに包まれた前腕部を後ろから握り、普段の彼からは想像もできないほど低く底冷えするような声を男たちへ放った。
楓がいるというカフェを見つけたと思えば、そのオープンテラスで玲と楓が知らない男たちに腕を掴まれている光景が目に入った。しかも玲の顔は苦痛に歪んでいた。その姿を見た瞬間、ユウトは一瞬で男たちの背後に回り込み、義妹たちを掴んでいる腕を握りしめたのだ。
「兄さん!」
「ユウト!」
ユウトの登場に楓と玲はホッとした表情でユウトの名を呼ぶ。
「あん? 誰だおま……ぐああぁぁぁ!」
「テメッ! 俺のパワードスーツに気安く触れんじゃね……ぎゃあぁぁぁ!」
しかしユウトにパワードスーツの前腕部を握られた男たちは悲鳴を上げた。
ユウトがパワードスーツの特殊合金でできたアームごと、男たちの腕を握り潰したからだ。当然アームの下にある生身の腕も無事では済まない。間違いなく骨は砕けているだろう。
男たちはあまりの激痛に玲と楓から腕を離し、その場でひしゃげた右腕を押さえうずくまった。
「腕が潰れたくらいでうるせえな。それにしてもずいぶんと良いパワードスーツを着てると思ったが、ちょっと脆くないか? それ本物か? 俺が確かめてやるよ」
ユウトはそう言ってうずくまっている髭面の男のパワードスーツに手をかけ、男の身体から次々と装甲を剥ぎ取っていく。
当然ユウトは全身鎧タイプのパワードスーツが高価なことは知っている。先ほどまでいた補助組合に展示してあり、そこに付いていた値札を見て驚いたばかりだ。全て知った上でやっているのだ。
「ぐっ……なっ!? や、やめろ!」
髭面の男はパワードスーツがバキッバキッと音を立てながら剥がされていく光景にあり得ないという顔を受けべ、大事な商売道具であるパワードスーツが解体されていくのを止めようと無事な方の腕でユウトの腕を掴んだ。
しかし全力で握ったにも関わらずユウトの腕はビクともしない。それどころか再び腕を掴まれ、まるで卵を割る作業をしているかのように簡単に握りつぶされた。
「ぐあああぁぁ! 腕が! 俺の腕がああ!」
「だからぎゃーぎゃーうるせえって言ってんだろうが。しっかし
ユウトは隣で激痛を堪えながらも青ざめた表情で見ていた金髪の男へ向け、引きちぎった装甲をポイッと投げ捨てながらそう告げた。その顔には笑みが浮かんでいるが目は笑っていない。普段あまり聞くことのない乱暴な口調もそうだが、家族を傷つけられたことにユウトは怒っているのだ。
そんなユウトの足もとでは、パワードスーツを全て引き剥がされたことで鎧下の服だけとなり、砕けた腕を前に投げ出しまるで土下座をしているかのように地面に頭を付けて悶絶している髭面の男がいた。
「あ……ヒッ! や、やめっ……か、勘弁してくれ」
金髪の男はあまりの恐怖に腰が抜け立ち上がることができない。ポーターとはいえダンジョンで魔物を間近で見ていた者がだ。それほど生身の男が素手でパワードスーツを解体していく光景が、金髪の男にとって常識外のことだったのだろう。
「無理だな。別に殺したりしねえよ。そのパワードスーツが本物か確かめるだけだ。大人しくしてればもう片方の腕も無事かもな」
「た、頼むからやめてくれ! まだローンが残ってんだ! パワードスーツを失ったら生活が!」
「またまたぁ、本物なら生身の男の腕力で壊れたりするわけねえだろ? ほら、こんなに脆い。やっぱハリボテじゃねえか」
片腕で這いつくばり逃げようとする金髪の男の鎧を掴んだユウトは、髭面の男にしたように次々とパワードスーツの装甲を引き剥がしていく。
「ああ……俺のパワードスーツが……」
「なんだやっぱこっちもハリボテかよ。なんで俺の義妹たちに絡んだか知らねえが、次にちょっかい出したらお前らの身体が今度はこうなる。理解したか?」
「ひっ! わ、わかった……に、二度と声を掛けたりなんかしない! や、約束する!」
「髭面、いつまで土下座してんだよ。テメエも理解したのか? してねえなら残った足も砕くぞ?」
「わ、悪かった……アンタの妹にはもう……二度と声はかけねえ……約束する。たからもう……勘弁してくれ……ぐぅぅ……痛え」
それまで激痛に悶えていた髭面の男も、ユウトが睨みながら一歩近づくと痛みを堪えながら口を開いた。
そんな髭面と金髪に興味を失くしたユウトは振り返り、ボーっとした表情でことの成り行きを見ていた玲と楓へと心配そうに声を掛ける。
「玲、楓。大丈夫か? どこか痛むところはないか?」
「あ、ああ……問題ない。少し強く掴まれただけだから」
「う、うん大丈夫」
ユウトが声を掛けると2人はハッとなり、頬を赤く染めながら答えた。
これまで学園の男くらいしかまともに接したことがなかった2人にとって、男を助けることはあっても助けられるという経験は初めてのことだった。しかも自分たちがまったく抵抗できなかったパワードスーツを素手で破壊するという圧倒的な力で。
そしてそれは幼い頃から祖母に聞かされていた、昔の男性は女性を守れるほど強かったという話と、こんなことありえないと思いつつも古い少女マンガや小説に出てくる男性の行動と重なった。特に少女漫画が好きだった玲には刺さったようで、ユウトを熱い眼差しで見つめている。
「そっか、なら良かった。ちょっと人が集まってきちゃったし、面倒なことになる前にダンジョンに行こうか」
そんな玲と楓の変化に相変わらず気付かない彼女いない歴20年のユウトは、髭面の男たちの悲鳴を聞きつけたのか多くの人がこちらを見てヒソヒソと話している光景を見てすぐにここから離れることにしたようだ。
そしていつもの軽薄な笑みを浮かべ、2人の手を引きカフェを後にするのだった。
◇
二つ星ランクのパーティ『ウィンクルム』。ラテン語で絆や縁を意味するこのパーティのリーダーである佐竹 由美は、カフェの出口でオープンテラスを仲間とともに
つい先ほど目の前で起こったことが信じられないのだ。
「あ、綾子。あそこにいるポーターは確か先月初めに専属契約を結んでいたパーティを見捨てて逃げてきたって噂の2人よね?」
由美はオープンカフェでバラバラになったパワードスーツをかき集めている金髪の男と、その横で未だに痛みにうめいている髭モジャ男のことをサブリーダーの小野 綾子に確認した。
「ええ、確か関山と小西だったかしら? 噂ではなく本当だったみたいよ? それでどこのパーティからも総スカンされて、最近は新人探索者に声を掛けているって聞いていたけど」
「じゃ、じゃああのパワードスーツは本物よね? 旧式だけど、
「そうなるわね。さっきの子が言っていたハリボテなんかじゃ、二つ星ダンジョンの下層になんて行けるわけ無いし」
「そうなるわねってあり得なくない!? 中身の腕ごと握り潰したうえに、素手で解体したのよ!? 男がよ男が!」
冷静に返す綾子に由美はユウトたちが去っていった方向を指差し、そのクリっとした目が飛び出るんじゃないかってほど見開きながら詰め寄った。後ろにいたほかのパーティメンバーも口々にあり得ないと声を上げているようだ。
二つ星ダンジョンの最下層を探索している自分たちでも、特殊合金でできたあのアームを握りつぶすことなど出来ない。それができるとするなら、三ツ星ダンジョンの攻略者くらいじゃないだろうか? それを魔力のない男ができるはずがないと。
「わかってるわよ。私も一緒に見ていたじゃない。考えられるのは米軍が最近開発したという、新型のマッスルスーツを着ているということくらいなんだけど……白いシャツ1枚だったのよねあの子」
綾子は目の前で起こった信じがたい出来事を冷静に分析した。その結果、米軍が開発した新型のマッスルスーツを着ているのではという結論に達したのだが、シャツ1枚に背嚢を背負っているだけの姿を思い出し首を横に振った。
マッスルスーツとは、特殊な繊維でできた強化服のことだ。この強化服は斬撃や衝撃に高い耐性を持っている。また、繊維の中には人工筋肉が内蔵されており、身体能力を10倍ほどに強化することができる。しかしパワードスーツほどではないが、かなりの厚みがある。とてもではないが、ワイシャツの中に着れるものではない。
「そうよね。どう見てもマッスルスーツを着ているようには見えなかったわ。そもそもあの子、私と同じ茶髪だけど日本人に見えたし。あ、でも少し日本語が変だったかも」
「そういえば確かに少し変だったわね。となると超薄型のマッスルスーツってことになるけど、そんな物をあのアメリカが国外に出すとも思えないし……うーん、サッパリね。気にはなるけど悪い人じゃなさそうだし、どう見ても関山たちが悪いわけだから見なかったことにしましょう」
綾子はお手上げとばかりに両手を上げる。
確かに気にはなるが、兄が妹を守ったという行為だけを見れば悪い人間には見えない。生身の男がパワードスーツを解体したあの怪力は気になるが、わからないことを考えても時間の無駄だと思ったようだ。
「そうね、妹を守ったお兄さんが悪い人間とは思えないわ。でもビックリしたわ、私たちが助けようと席を立ったらいつの間にか関山たちの背後にいたんだもん、あの茶髪のイケメン」
「わたしも全然気が付かなかったわ……ん? ねえ由美、茶髪のイケメンで思い出したんだけど、そういえば太田さんが高尾で茶髪で赤いカラコンをした日本語の上手な外国人とこの間会ったって話をしていなかった?」
「あー賢治がこの間遅刻してきた時に話してたわね。ここに来る途中に日本に憧れて渡航してきた日本人のクォーターと会って、気の良い青年だったから車で目的地まで送ってやったって」
「もしかしてだけど、さっきの子がそうとか?」
「言われてみれば賢治が言っていた特徴そっくりね。イケメンだったし、背も賢治が言っていた通り高かった。目は黒かったけど、外国人にありがちなアニメのキャラに憧れて赤いカラコンをしていただけなのかも。でもそんな偶然てある?」
「うーん、さすがにそれは出来すぎよね。たまたま特徴が似ていただけよね」
「そうだったらそうだったで面白いけどね。今度見かけた時に賢治と会わせれば、あの怪力の謎もわかるかもしれないし」
「確かに面白いわね。一度試してみようかしら……あ、そろそろホテルに戻らないと。太田さんたちも戻っているでしょうし」
「あ、もうこんな時間! 早く戻って明日からの二つ星ダンジョン最終決戦会議をしよう! ボスのホブゴブリンを倒して三つ星探索者になるために!」
「「「「おお〜!!」」」
由美がそう言って腕を頭上に突き上げると、後ろにいた仲間たちも続く。そんなノリの良い仲間たちのいつもの光景を、綾子はクスリと笑いながら見ていた。
太田とユウトとの再会は近い。
しかしそれが最悪の状況での再会となることを、この時の由美と綾子は想像すらしていなかった。
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