第32話 勇者の孫 義妹のピンチに現れる
カフェのオープンテラスでユウトを待っていた楓は、目の前に立っている男たちにうんざりしていた。
「なあお嬢ちゃんたちよう。さっきも言ったが俺たちは一時は二つ星ダンジョンの最下層まで行ったベテランだ。この通りハイグレードなパワードスーツに大楯だって持ってる。いざという時は俺たちが盾になって逃がしてやる。だから黙って俺たちを雇っておけって」
「な、なんならお試しってことで5階層に着くまで無料でもいいぜ? それで判断してくれよ。補助組合には黙っておくしさ、そうすれば請求が行くことないから安心してくれ。な? それならお得だろ?」
20代後半くらいだろうか? 身に付けているパワードスーツもグレードの高い全身鎧タイプの物であるから、確かにベテランなのだろう。しかし楓はこの髭面の男と、その隣にいるいかにも軽そうな金髪の男の目的はわかっていた。まだ魔力の低い自分たちをダンジョンでどうにかしようとするつもりだと。
パワードスーツもグレードの高い物となると相当なパワーがある。戦時中に活躍したパワードスーツは、男でも魔力持ちの女性に唯一対抗できる手段として、その有用性を認められ軍やダンジョン探索に採用されてる。
その開発技術も日進月歩と言っていいほど日々性能が向上しており、この男たちが身につけているパワードスーツも旧式のしかも中古とはいえ二百万円以上する高性能な物だ。
楓も玲も生身の男に力負けするつもりはないが、簡易パワードスーツならともかく高性能なパワードスーツを着た相手に押さえつけられて跳ね除けれる自信はまだない。魔法を使えば勝てるだろうが、ダンジョンで背後から不意をつかれ杖を奪われたらどうしようもない。そもそも探索者補助組合を通さないというのが怪し過ぎだ。
そんな下心がミエミエの男たちに、楓は冷たい視線を向け口を開いた。
「もうポーターはいるので結構です」
ポーターというより世界最強の男だけど。と、楓はもう何度目かわからない断りをいれながら心の中で呟いた。
この男たちはともかく、ポーターが自ら探索者に売り込むのは珍しい事ではない。そもそも探索者1パーティに対しポーターは1人か2人いれば十分だ。上位探索者パーティでもポーターは3人しかいない。それなのに探索者補助組合に登録しているポーターの数はやたらと多い。
これは探索者になるにはある一定の魔力量がないとなれないという敷居があるが、ポーターにはその敷居が無い事が原因である。体力さえあれば誰でもポーターになれるし、探索者ほど死亡率も高く無い。探索者に比べてなので死なないわけでは無いのだが。
それでもポーターをやるのは、二つ星ダンジョンの中層以上に潜る探索者の専属ポーターになれば高収入が約束されるからだ。そしてそのレベルのパーティの専属になれば社会的地位も高くなる。悲惨な戦争以降、軍と探索者が尊敬される社会となっている日本では、たとえ男でも探索者を陰から支えるポーターの地位はそれ相応に高くなる。あくまでもそれなりに実力のある探索者の専属になったらの話だが。
そんなダンジョンで成り上がることを夢見る男たちは多い。しかしそうなると当然需要より供給が多くなり、かなりの数の仕事にあぶれる者が出てくる。
探索者補助組合はあくまでもポーターを補助する組織なので、全てのポーターに仕事を与えてはくれない。ある程度自分で営業をして、探索者から指名を受けるなど実績が必要なのだ。
実績があればポーターを雇おうとしている探索者たちの目に留まりやすい。そうなればお試し期間を経て、専属として雇ってくれる可能性も出てくるというわけだ。なかなかに厳しい世界である。
「ポーターがもういるって言うが、雇い主を放っておいてソイツは何してるんだ? その校章、嬢ちゃんたちは学園の生徒だろ? てことはポーターも同じ学生なんだろ? そんな初心者のポーターと俺たち、どっちが安全かって比べるまでもねえ。そもそも嬢ちゃんたちの仲間はどこにいるんだ? まさか2人だけでダンジョンに入ろうとか思ってねえよな?」
学園に在籍している間にダンジョンに入る際は、校章のバッジを装備の見える場所に付けておかねばならない。そうすることでダンジョン内で他の探索者との揉め事を回避できる。自動車の若葉マークみたいなものだ。
髭面の男は楓がローブの上に付けている校章を見て、学園の生徒だとわかったのだろう。
「オイオイ、まさか本当に2人で潜るつもりか? 毎年何人かいるんだよな。上層だけだからって少人数で入って怪我をして助けられる学園の生徒がさ。俺たちが引率して警戒の仕方とか教えてやるからさ。だから学生のポーターなんか放っておいて俺たちと行こうぜ。今なら無料だぜ無料」
髭面男の質問に答えない楓を見て、金髪の男が嬉しそうに危険を訴えながら誘いの言葉を口にする。ラッキーだとでも思っているのだろう。
「しつこいぞ。さっきから妹が間に合っていると言っているだろう。だいたい二つ星の下層まで行ったと言うのなら、専属の探索者パーティがいるはずだろう。そのパーティを放っておいてなぜ私たちのポーターをやろうとするのだ」
あまりにしつこい2人にとうとう玲が口を開いた。二つ星の下層まで行ったというのなら、専属契約をしているパーティがいるはずだと。
玲の言う通り二つ星ダンジョンの下層まで行けるようになれば稼ぎもそれなりにある。そうなるといつまでも臨時のポーターを雇っている訳にはいかない。専属のポーターを雇うのが普通である。ポーターを固定し力を合わせ連携をしていかないと、二つ星ダンジョンの攻略などできないという考えなのだろう。
「あー、パーティはもう解散してんだ。まあ長年一緒にいると女同士色々と揉め事もあってよ」
「そ、そうそう。俺たちはその煽りを受けてさ。まだこのパワードスーツのローンも残ってるってのによ。参ったぜまったく」
「仲間割れによる解散ね……であればそれほどの装備を持っているんだ、色んなところから声が掛かるはずだ。しかし貴方たちはこうして一つ星ダンジョンの前で学生などに声を掛けている。パワードスーツのローンが残っているにも関わらずだ。ずいぶんと余裕があるじゃないか。まさかとは思うが……半壊したパーティを見捨て、自分たちだけダンジョンから逃げてきたなんてことはないだろうな? だから何も知らない学生に声を掛けているのではないのか?」
楓と違い男たちに下心があることに気付いていない玲は、魔力がないことで魔物に見つかり難い事をいいことに、怪我をしたパーティ仲間を放置して自分たちだけ逃げてきたのではと考えたようだ。
ポーターは魔力がないから戦えない。が、盾で魔物からの攻撃を防ぐことくらいはできる。攻撃が通らないだけで、防ぐことはできるのだ。しかしそれをせずポーターだけで逃げる選択をする者も残念ながらそれなりにいる。
魔物に見つかれば反撃をする探索者が側にいない以上、いずれ防ぎきれなくなって殺されるだろう。それでも息を潜め、安全地帯の階段前広場まで地を這うようにゆっくりと移動していれば見つかる確率は低い。それに賭けてパーティを見捨てて逃げる者がいるのは確かだ。
ポーター側からすれば戦う術がないのだから仕方のない事なのかもしれない。しかしそれはポーター側の都合であり、見捨てられた探索者たちには関係のないことだ。これが臨時雇いのポーターなら仕方ないとも思えるが、専属契約までして高い金を払い雇っているのに、怪我をして動けない仲間を抱えて安全地帯まで運ぶことすらせず逃げるようなポーターなど誰も雇わない。
この男たちはそういった者たちなのだろう。だからどこの探索者パーティからも雇ってもらえず、高価なパワードスーツを持っていても新人に声を掛けているのだろうと玲は考えた。そして苛立っていたこともあり、それを口にしてしまった。
「なんだと嬢ちゃん……優しく話してりゃつけ上がりやがって。言っていいことと悪いことがあるんだぜ?」
「こちとら信用商売なわけよ? なのにパーティを見捨てて逃げた卑怯者呼ばわりされたら黙ってるわけにはいかねえな」
「私に触れるな! !? 痛っ、くっ……なんて力だ」
怒った髭面の男が座っていた玲の肩へパワードスーツのアームを伸ばそうとした。それを玲は手で跳ね除けるが、そのまま手首を掴まれてしまった。
そして髭面の男はニヤリと笑い、玲の手首を掴んでいるアームに力を入れた。パワードスーツの出力でだ。これには身体強化をしている玲でさえ、痛みに顔を歪めることとなった。目立つからとミスリル製の手甲を外していたことが裏目に出たようだ。
玲は身体強化を全力で行い掴まれた手を外そうとするが、男の手を振りほどくことができない。
「ククク、学生なんてこんなもんだ。男だからって舐めんじゃねえぞ? パワードスーツがありゃ嬢ちゃん程度に力負けなんかしねえんだよ。さて、どうやって詫びてもらおうか。ここで服をひん剥いて土下座でもしてもらうのもいいか」
「お姉ちゃんから手を離してください! 離さないなら正当防衛で痛い目にあってもらいますよ!」
「おっと、そうはさせねえ」
「あっ」
隣で痛みを堪えている姉を見て楓はファイアーボールの杖を手に立ち上がったが、金髪の男に杖を持つ手を押さえられ構えることができなくなってしまった。
そんな玲と男たちの光景を、それまで黙ってカフェの店内から見ていたベテランらしき探索者の女性たちが立ち上がった。さすがに見て見ぬ振りはできないのだろう。
しかし彼女たちよりも早く、男たちの腕を背後から掴む者が現れた。
「オイ、クソ野郎ども。俺の可愛い
2人の義兄である工藤 ユウトだ。
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