第31話 勇者の孫 ポーターとなる



 奥多摩一つ星ダンジョンのすぐ横にある、探索者協会奥多摩一つ星ダンジョン支部は5階建ての建物だ。


 ここは1階に受付や魔石の買い取り窓口が並び、2階は会議室と探索者用の更衣室及びシャワールームが設置されている。


 その広い更衣室で他の利用者から隠れるように装備に着替えている少女たちがいた。玲と楓だ。


「こ、これは想像以上に恥ずかしいな」


「私なんてレオタードそのものだよ。しかも食い込みが凄いし」


 玲と楓はユウトに渡された装備を身に着けた2人は、ロッカーの扉に設置されている姿鏡を見ながら頬を赤く染めていた。


 玲の着ているドレスアーマーは胸もとが大きく開いており、膝当てとすね当てを兼務したミスリル製のロングブーツは膝までしか無い。そのため太ももはむき出しとなっている。


 そしてその上部、股間の部分は鳥の羽の形をしたミスリル製のスカートで覆われてこそいるが、その下はセットとなっていた白いショーツタイプのインナーだけだ。しかもハイレグ仕様である。お尻の方もTバックではないがやたらと面積が少ない。


 楓は楓で、水竜の革でできたレオタードタイプの防具も胸もとが大きく開いており、ブーツの膝上からは太ももと食い込みの激しい股間部分が丸見えである。ただ、玲の装備とは違いお尻の部分はそこまで面積が狭くはないし、付属のマントで隠せるだけいくらかマシであろう。水着だと思えば我慢できる範囲だ。


 そんな女性の大事な部分だけ露出が激しい装備を、2人は下着をなんとか工夫しつつ途中で”これ毛が濃い人ははみ出ちゃうよね”などと困った声で話しながら身に付けた。


 2人はかなり薄い体質なので、処理をする必要が無かったのがせめてもの救いだろう。


「鎧が身体に合うように伸長したのには驚いたが……覚悟はしてはいたとはいえ、これを着て戦うのか」


「誰も見てないならいいけど、兄さんは絶対ガン見すると思うんだ」


「それは……するだろうな」


 装備を渡された時にある程度覚悟はしていた。が、いざ身につけてみると想像以上に恥ずかしい。それに普段から自分たちの胸やお尻をチラチラ見ているユウトが見ないわけがないと。2人はそれだけは確信していた。


「でも私たちの装備は修理中だし、ここまで来てダンジョンに入らないって訳にはいかないよね。涼子に負けたくないし」


「そうだな。あの卑劣な女だけには負けたくない。夏休みが終わったあと、魔力測定でアイツの悔しがる顔を見ないと気が収まらない」


 駐車場で涼子に言われたことが2人は悔しかった。他人のダンジョン探索を邪魔しておいて、自分は8階層まで行って勝ち誇っていた涼子に2人は心底ムカついていた。だからここで引き返すなんてできはしない。何が何でも涼子よりも魔力を増やしたい。2人はそう思っていた。


「ハァ……結局これで行くしかないか。ううん、これしかないのはわかってはいたんだよ」


「そうだな。羞恥心が邪魔をしているだけなのは私もよくわかっている」


 確かに露出は多い。しかも胸や太ももや股間の部分ばかり。しかしそれでも急所はしっかりと守られているし、何よりも竜の革とミスリルで出来ている。しかも信じられないほどの特殊効果付きだ。命がかかっている以上、着ないという選択肢はないことを2人もよくわかっていた。


「まあ……兄さんなら見られてもいいかな」


「ん? どうしたんだ? あんなに嫌がっていたじゃないか」


 以前はユウトに胸を見られることを嫌がっていた妹が、今度は見られてもいいと言う。その心境の変化に玲は首を傾げた。


「そりゃあお婆ちゃんの命を救ってくれたし、お母さんの失った足と目を元に戻してくれたんだよ? そのうえお母さんはともかくとして、お婆ちゃんがまた病気にならないようにって若返らせてもくれたし。売れば何百億、何千億もするアイテムをポンって渡して。挙げ句に私たちに稽古もつけてくれたし、こうしてダンジョンにまで同行してくれている。そんな恩人からなら、エッチな視線を向けられるくらいどうってことないかなって」


「改めて並べられると、私たち家族はとんでもない恩がユウトにあるな。まあ私も別にユウトに見られるのなら気にしない。恥ずかしいは恥ずかしいがな。家族に見られてると思えばどうということはない」


「そっか、そうだよね。私たちは家族だしね。正確には叔父になるんだけど、まあ本人が兄がいいって言うんだから私たちもそう思おうよ。うん、そう考えたら全然平気になってきた」


 どうやら2人はユウトを家族と思うことで、エッチな視線を気にしないという結論に達したようだ。だが、家族に見られても平気ということは、つまり恋愛対象外になったということである。兄に下着姿を見られても平気な妹と同じである。


 残念ながらユウトの姉妹丼計画は夢と潰えたようだ。


「フフッ、そうだな。家族に見られるならそこまで恥ずかしくはないさ。さて、ちょっと早いが全身を隠せるローブもあることだし、カフェでユウトを待つとしよう」


「真夏にローブ姿ってこれはこれで目立ちそうだけどね。体温調整機能というのがどれくらいの物なのか試すにはちょうどいいかな」


「そうだな、炎天下の屋外でどれだけ効果があるのかちょっと楽しみではあるな」


 2人はユウトからもらった白いローブを羽織り、機能点検をするぞとばかりに更衣室を出るのだった。



 ◇



「ふぅ、終わった終わった」


 入会の手続きを初めて1時間後。手続きを無事終えたユウトは、補助組合の出口で肩を回していた。


 手続きは40分ほどの講習用の動画を見せられたあと、簡単な説明を受けたあと装備の貸し出しの有無を聞かれて終わりだった。


 最後に組合が行っている有料の実技講習を受けるかどうかも聞かれたが、ユウトは必要無いと言ってそれを断った。講習を受けないと仕事の斡旋は難しくなるとも言われたが、家族が探索者でそのポーターをやると言ったら納得してくれた。そういった組合員もそこそこいるらしい。


 ちなみに説明動画の内容は補助組合の役割や斡旋する仕事の種類。そしてダンジョン内での注意事項や、雇い主となる探索者への対応の仕方などの説明だった。


(しかしポーターの仕事だけじゃなかったのは意外だったな。まさかダンジョン内に休憩所を設けるなんてな。確かにいいアイデアだよな)


 ユウトは探索者補助組合の業務が、探索者へのポーターの斡旋以外にも色々あったことに驚きつつも感心していた。


 探索者補助組合の業務はポーターを探している探索者への紹介以外にも、補助組合が運営管理している各ダンジョン内にある休憩所の管理及び物資の販売。パワードスーツやバックパックの販売及びレンタル業務。企業から依頼を受けた新装備のテストなど多岐に渡っていた。


 組合は探索者から得られるポーターの紹介料、休憩所の利用料、装備を販売した時の利益、企業からの装備品テストの依頼の仲介料などを主な収益として運営されている。


 組合に入会したポーターは、探索者の荷物持ち以外にも休憩所の管理や企業からの装備品のテストなどの仕事を受けることができるわけだ。


(それにしてもポーターは魔物に襲われ難いか……この世界ならではだな。リルじゃあり得ないし)


 動画内で探索者が近くにいない時に魔物と遭遇した際の対処法として、魔物がいなくなるまでその場から動かないというものがありユウトは初め驚いた。すぐ殺されるじゃんと。しかしその後、魔力のない男性は襲われることはないと説明が続いたことで、ユウトはなるほど納得した。


 ダンジョンの魔物は魔力でできている。たとえ魔界にいる本物の魔物と同じ姿をしていたとしても、脳や眼球や耳や鼻が本当にあるわけではない。ではどうやって人間を判別しているのか? それは魔力である。魔物は魔力を感知して人間を襲うのだ。しかも魔力の大きさや数によって襲い掛かってくる魔物の数も増える。


 魔物のこういった特性が発見されたからこそ、探索者はそれまで魔力持ちの人間に持たせていた荷物を男性ポーターを雇い持たせるようになったのである。その結果、魔力を持つ者がパーティから減ったことで襲い掛かってくる魔物の数も減少した。その情報が広まり男性ポーターの需要が一気に増え、探索者補助組合が誕生したというわけだ。


 ただ、魔力が無いからと絶対に魔物に見つからないというわけではない。当然魔物を攻撃すれば反撃を受けるし、攻撃を仕掛けなくても激しく動けばダンジョン内の魔素の揺らぎを感知され見つかる。だから動画では魔物がその場からいなくなるまで一切動くなと言っていたのである。


「まあ俺の場合は関係ないんだけどな」


 魔力のあるユウトは魔物に当然見つかる。まあ、だからなんだということなのだが。ソロでS級ダンジョンを攻略していたユウトにはどうでも良い話ではあった。


 そんな事を呟きつつ、ユウトは楓たちへ連絡をするべくスマホを開いた。するとMyChatに楓からのメッセージが届いており、開いてみると二人は探索者協会近くのオープンカフェにいるとのことだった。そして恥ずかしいから早く迎えに来てとも。


 ユウトは渡した装備を着て恥ずかしがる二人を想像し、顔をニヤけさせながら二人がいるというカフェへと向かうのだった。

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