第30話 勇者の孫 奥多摩ダンジョン街に行く



 東京都の最西部にある奥多摩と呼ばれる地域は、正式には東京都西多摩郡奥多摩町という。この町はその殆どが山に覆われており、その山々を横断するかのように多摩川が流れている。そんな山と川で土地の殆どを占められているこの町だが、ダンジョンが現れる前は人口は4千人程度しかいなかった。


 しかしダンジョンが現れてからは日本陸軍(旧陸上自衛隊)の駐屯地や国の研究機関などが設置され、それに伴い道も広く整備された。そしてダンジョンから魔物が出てくることはないと確認されてからは交通の便が良くなったことや自然に囲まれた環境ということもあり、多くの人が移住し今では人口が5万人ほどにまで増加している。


 中でも奥多摩町に入ってから10キロほど多摩川沿いを西へ進み、御岳と呼ばれる山の麓にある日本で最初に発見された奥多摩一つ星ダンジョン。別名『魔狼ダンジョン』と呼ばれるこのダンジョンの周辺は特に人口が密集している。


 この場所は道は整備されてこそいたが、もともとは数世帯の農家しか無かった。しかしダンジョンが発見されてからは山が削られ駐屯地や研究施設が建ち道路も拡張され、ダンジョンが民間に開放されると探索者協会の建物や病院が周囲の山を削り次々と建っていった。


 さらに探索者たちが協会との確執から企業しそれまで探索者協会が独占していたアイテム売買などの業務を行えるようになると、探索者企業シーカーカンパニーはこの土地に次々と事務所を開設するようになった。


 人が集まればそれを目当てに商売を行おうとする者も当然いる。その結果、今では飲食店・スーパー・旅館やホテルなどがこの山に囲まれたこの狭い平地にひしめき合うように建っている。もともと奥多摩には温泉が湧き出る場所が多いこともあり、まるで人気の温泉街並みに賑やかだ。歩いているのは鎧をまとった人間ばかりだが。


 こういったダンジョンを中心にできた街は、いつしかダンジョン街と呼ばれるようになった。この奥多摩にあるダンジョンの周辺も奥多摩ダンジョン街と呼ばれている。


 そんな奥多摩ダンジョン街の入口には、20歳くらいの茶髪の青年と高校生くらいの女性二人が立っていた。ユウトと玲と楓だ。


 ユウトは日本に送還された時に着替えた白のワイシャツに黒の革ズボンとブーツ姿で、玲と楓はジーンズとショートパンツにTシャツと、ユウトと同じくラフな格好だ。ただユウトは大きな背嚢を背負っており、玲と楓もその手には大型のバッグを持っている。


 ユウトの背嚢も玲たちの持つバッグも中身は空だ。これは空間収納の腕輪と収納の指輪の存在を隠すため、ダミーとして持っているだけのものだからだ。


「おお〜、ネットで見た通り山ん中なのに高い建物がたくさん建ってるな。確か日本は地震が多いんだろ? よく倒れないよな」


 少し離れた場所にある駐車場からダンジョン街にやってきたユウトは、山を削って建てられた旅館やホテルを見上げながら地震が起きたら倒れないのか心配しなようだ。


 そんなユウトに隣りにいた玲がクスリと笑いながら答える。


「ふふっ、地震が多いからこそ、それに対応した耐震性のある建物を建てているんだ」


「なるほど、そりゃそうか。しかしずいぶんと宿泊施設が多くないか? スーパーまであるし。一つ星ダンジョンなんて日本でもルーキー用のダンジョンだろ? そんなに探索者が多いの?」


「確かに初心者用のダンジョンではあるし、利用者も多いが、この奥多摩にある二つ星と三ツ星ダンジョンは山の中で宿泊施設などが建て難いんだ。だからここにまとめて建ているんだ」


 二つ星ダンジョンと三つ星ダンジョンは奥多摩でも山の奥地に存在する。そのためそれらのダンジョンを主戦場としている探索者たちも、この一つ星ダンジョンのある街のホテルなどを利用している。


「へえ、だからこんなに人が多いのか」


 ユウトは街の中を歩いている革鎧や鉄製の鎧姿の女性や、ネットで見たパワードスーツに身を包んだポーターらしき男たちを見ながら納得した。三つのダンジョンを利用している探索者が一箇所に集まるのなら、この宿泊施設の数にも納得だと。


「兄さんもお姉ちゃんも入口で話し込んでないで早く行こうよ。兄さんは探索者補助組合で登録しなきゃいけないんだから、のんびりしてたらダンジョンに入るのが午後になっちゃうよ」


 ユウトが頷いていると楓が急かすように言う。早くダンジョンに入りたいようだ。


 しかしそんな楓に珍しくユウトがジト目を送る。


「誰かさんが収納の指輪で遊んでなければもっと早く出発できたんだけどな」


 今の時刻は午前10時だ。ユウトが6時に楓の家に行き装備を渡し、途中で買い出しをしたとはいえ当初の予定よりかなり遅い。


「あ、あははは。あれもこれもって入れてたらつい……でもこれ本当に凄いよね! お母さんの持っているマジックポーチを触らせてもらったことがあるけど、アレとは比較にならないほど簡単に出し入れできるんだ。それに容量も多くて、今まで荷物になるから最小限の数しか持ってきていなかった着替えや毛布なんかを全部持ってこれたんだよ!」


 ユウトのジト目に楓は乾いた笑いをしてから一転。目を輝かせながら収納の指輪の素晴らしさを語り始めた。


「確かにこの収納の指輪は素晴らしいな。装備も一瞬で仕舞えたしな。だがテントも寝袋も調理器具すら本当にいらないのか? まだまだ収納空間には余裕があるぞ?」


「全部俺が用意してあるから大丈夫だよ。なんたってポーターなんだし」


 テントや寝袋や調理器具はユウトが用意すると言って玲と楓にはいらないと伝えていた。ここに来る途中で大量に買った食材も全てユウトの空間収納の腕輪の中だ。


「ユウトがそう言うのなら信じるが……なんだかまたとんでもない寝袋とか出されそうで怖いな」


「あはは、それは確かにそうかも。きっと貸してもらったローブみたいに体温調整機能が付いてるんだよ」


 怖いと言いながらも口もとに笑みを浮かべている玲。恐らく心の中では次はどんなとんでもない魔道具を出してくれるのかと期待しているのだろう。楓も楽しそうに寝袋の機能を予想している。


「それは夜になってのお楽しみだな。快適な睡眠を約束するよ」


 そんな2人にユウトは自信あり気に答えた。


「ダンジョンの中で快適な睡眠って……まあ兄さんなら本当に実現させそうだよね。楽しみにしているよ」


「夜のことは心配しなくていいから。ただ、その指輪を使っている所を他人に見られないように気を付けてな? 俺も何度も命を狙われたから」


「え!? 命を!? あーでも確かにこんな便利な物の存在を知ったら奪おうと考える人がいるかも」


「ダンジョン内での強盗が無いわけではないからな。まあそのほとんどが外国人だが」


 日本のダンジョンに入ることのできる探索者は、何も日本人だけではない。日本にはダンジョンが多く、また三つ星ダンジョンも日本にしか無いことから同盟国の軍と探索者も日本のダンジョンへ出入りしている。


 軍は日本軍が占有している沖縄のダンジョンに入るからいいが、一般の探索者は好きなダンジョンに入れるようになっている。ただ、探索者なら誰でもというわけではない。政府は各国に対し、日本に入国できる外国人探索者の数の制限をしている。そのためやってくる探索者は各国でも選りすぐりのエリートばかりだ。そう、エリートのはずなのだが、中には他人の物を力ずくで奪おうとする者もいる。そう言った者たちに見つかれば、いらぬ争いを起こすことになりかねない。


「そういうこと。しつこいのに目を付けられたら面倒だしね」


 まあそうなったらなったで殺せばいいだけだけど。と、ユウトは心の中でつぶやいた。


「うん、気を付けるよ兄さん。この収納の指輪の中には、売れば何億にもなりそうなポーションもたくさん入っているし」


「考えないようにしていたのに言うな楓」


 疲れたような声で玲が楓をたしなめる。


 玲と楓の収納の指輪の中には、彼女たちの私物ともしもの時のための水と保存食。そしてユウトが二人のために用意した1等級から5等級までのポーションと3等級と4等級の状態異常回復ポーションに5等級の魔力回復ポーションが入っている。


 魔力回復ポーションだけ5等級なのは、まだ魔力量の少ない彼女たちに4等級以上を渡しても過剰回復となるからだ。


「たかが一つ星ダンジョンだし、俺がいれば万が一もないけど今後のことも考えて早めに渡しておいた方がいいと思ってさ。もし怪我をして俺が側にいない場合は遠慮なく使ってくれ。貴重だからって使わずに命を落とすなんて馬鹿なことはしないでくれよ?」


「わかってるよ兄さん。私も死にたくないし」


「ああ、わかっている。私たちのためにありがとうユウト、感謝している」


 どうやら楓も玲も高価なアイテムだとしても、いざという時に使うことに躊躇ためらいいはないようだ。翠や探索者学園の教師からしっかりと教育をされているのだろう。


「いいっていいって。それじゃあポーター登録をしに探索者補助組合に行こうかな。二人とも案内してよ」


 そう言ってユウトたちは街に入り探索者補助組合のある場所へと向かうのだった。



 ♢



「じゃあ兄さん、私たちは協会で着替えてくるから、終わったらチャットで教えて」


「わかった。ちゃっちゃと登録して連絡するよ」


 入口に探索者補助組合と書かれている鉄筋コンクリート造りの5階建ての建物の前で、小さく手を振って離れていく玲と楓にユウトも手を振り返しながらそう言った。


 彼女たちはダンジョンを挟んで反対側にある、5階建ての探索者協会奥多摩一つ星ダンジョン支部に向かいそこで装備に着替える予定だ。


 ユウトの横には洞窟型のダンジョンの入口があり、入口の上には屋根が取り付けられている。そしてその屋根の下には駅の自動改札のような物がズラリと並んでおり、その横に出入する者たちをチェックするためなのか中年の革鎧を身にまとった女性が二人ほど立っていた。片腕だったり顔に大きな傷があることから、恐らく引退し探索者協会に雇われた元探索者なのだろう。


 ユウトはそるなダンジョンに出入りする探索者や、警備の人たちをチラリと見たあと目の前の探索者補助組合の建物へと入っていくのだった。



「おお、ネットで見た通り綺麗なフロアだな。冒険者ギルドとは全然雰囲気が違う」


 建物に中に入ったユウトは広いフロアとよく磨かれた床に、その奥にずらりと並ぶ窓口。そんな市役所のようなフロアと、そこを行き交う背広姿の男女やパワードスーツを着た男たちの姿を目の当たりにしてリルの冒険者ギルドとの違いに驚いていた。


 窓口にはどこも男性しか座っていない。その後ろで働いている職員も全て男性だ。年代としては20代後半から30代前半と行ったところか。ただ、全員マッチョである。営業に来たらしき企業の女性以外は、このフロアに女性の姿はない。


 恐らく探索者協会と同じく、引退したポーターを組合が雇っているのだろう。


 探索者補助組合は探索者協会とは違い民間の組織だ。


 そもそもポーターという仕事の始まりは、ダンジョンに入れない男性たちが探索者の荷物持ちとして個別に雇わたことから始まった。探索者たちはそれまで戦力となる魔力持ちの女性を荷物持ちにしていたのだが、男性のある特性に注目し多くの探索者が男性をポーターとして雇い始めた。


 しかし個人間の雇用関係であることから、報酬面でのトラブルや虐待などが後を絶たなかった。


 今の日本は男性の社会的地位は低く、女性の地位が高い。特に稼ぎが良く、なおかつ戦争時に活躍が期待されている女性探索者の地位は圧倒的だ。政府も30年前の戦争で民間の探索者が活躍したことから、戦後は有事の際に重要な予備戦力となりえる探索者を増やすためにあらゆる政策を考案し実行した。探索者の社会的地位の向上はもとより、税の優遇措置など様々だ。


 今では子供たちの将来なりたい仕事の上位を探索者と軍が占めている。


 そんな探索者たちと事を構えても勝てるわけがない。ならばポーター同士で一致団結しようと設立されたのが探索者補助組合だ。ポーターをやりたい者はこの組合に入会し、組合が紹介した優良探索者のポーターとしてダンジョンに入る。これにより賃金トラブルは無くなり、ポーターたちは安定した収入を得るだけでなく、共済組合費を払うことでもしもの時の怪我や死亡時の遺族への年金など様々な福利厚生を得ることができるようになった。


 そうして会員数を増やしていった探索者補助組合を国や企業も注目し初め、国からは補助金を得られ各企業からはダンジョンでの野営道具やパワードスーツの売り込みなどが増えていった。今では国もポーターの有用性を認識し、探索者学園に探索補助科を背一致するまでになった。企業からも三ツ星ダンジョンに出入りしているような優秀なポーターに対し、パワードスーツの試作品のテスト依頼が舞い込んで来ている。


 フロアを見渡していたユウトは、窓口の一つに新規登録受付窓口と書かれていたのでそこへと向かった。


 そこには20代半ばほどの男性が座っており、近づいてくるユウトに気付くと笑顔で迎えた。


「すみません、組合に入会したいのですが」


「はい、ようこそ探索者補助組合へ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る