第13話 公爵令嬢は洗濯したい

 体を洗った後、水色のワンピースへ着替える。そして着ていた服を洗いたいのだが、洗い方が分からない。宿屋のおかみさんを何度も起こすのも可哀想だ。

 さてどうしたものか。部屋に戻り、コップに水を注ぎながら考える。


あ、そうだ光の精霊がいるじゃないか。


「光の精霊よ。我の声に応えよ」


右手を握り閉め、周りに手の甲が見えるように、右手を顔の前に振り上げる。

すると契約の印である右手に刻まれた紋が光りだし、光の精霊が姿を現した。


「いや、聞こえているから。呼ばなくても契約してる時点で心の声、全部聞こえてるから。急にカッコつけてどうした?今は大丈夫かもしれんが数年後には思いだして恥ずかしい思いをするの自分だから。気をつけな」


「口調がかわっているのお」


「われの真似をするな。ほんと我に対して尊敬の念が足りないんじゃないか。敬語をつかえ、たわけ」


「第一印象がちょっと残念なイメージがついてしまって、今更難しいですね」


「そんなことを言っていると、洗濯のやり方教えんぞ」


「それは困りますうう。敬語でも謙譲語でもなんでも使うので洗濯のやり方教えてください」


「やれやれ。物事を知らなすぎだな。水の精霊を呼び出して、水の精霊に任せればすぐに綺麗になるぞ」


「いや、水の精霊なんて呼び出せませんし、契約もしてないですし何言ってるんですか。ていうか精霊様も洗濯のやり方知らないですよね。これ」


「ん?そちは水の精霊と話したこともないのかのお?世も末じゃの。人類は精霊と対話する術を忘れてしまったのか」


「貴族の家紋によって得意とする属性が違うのです。自身と相性の良い属性の魔法を学び、そのあと精霊と契約する。精霊と契約できるのはほんの一握りの選ばれた人だけなんですよ」


「御託は良い。水の精霊を呼び出す言葉は分かるか」


「知らないわ。水を得意とする家紋の秘密を知るわけがないわ」


「やれやれ。教えてやるから、復唱しろ。そして水の精霊に洗濯のやり方でも教えてもらえ」


(魂の声を聞け。我の魂に呼応する水の精霊よ。我が呼びかけに応じ、姿を現せ)


脳内に聞こえる声をそのまま声に出す


「魂の声を聞け。我の魂に呼応する水の精霊よ。我が呼びかけに応じ、姿を現せ。Summon」


「最後のはSummon何だ?まったく」


「誰だ。私を呼ぶのは」


コップに入っていた水が光り出した。水が渦を描いて宙に浮かぶ。人と同じくらいの大きさの顔のようなものが浮かび上がるが、途中で水がたりなくなったのか、コップと同じ大きさの精霊となり現れた。


「私を呼んだのは貴様か」


先ほどの威圧的な声ではなく、体の大きさに合った子どものような声だった。


「可愛い」


つい声が、漏れていた。


「可愛いとはなんだ。私が誰だか分かっているのか。私は水の精霊を守り統べる大精霊なんだぞ。敬え。人間」


「お名前はなんていうのかな?」


水の精霊と顔の位置を合わせ、子どもに話しかけるように声をかける。


「馬鹿にしているのか」


「私はフィナリーヌ。今はフィーナと名乗っているわ。あなたのお名前は」


「私はアンディーンだ。水の精霊である。貴様から懐かしい感覚がしたのだが……」


精霊は目を瞑り周りの気配を探る。


「これは、光の精霊のタマじゃないか!」


「タマじゃないわ!いきなり命名するな!」


「すまない。以前はタマと呼ばれていたから、ついうっかり」


「今まで一度も呼ばれたことないわい。いい加減なこと言うでないぞ」


以前にタマと呼ばれていたから、名前を隠したかったのか。納得である。


(呼ばれてないわ)


「それで私を呼び出したのは、何用だ」


「洗濯をしていただきたくて……」


「そんなことで私を呼び出したのか」


水の精霊アンディーンがわなわなと震えている。


「こ、こんなことで、この私の魂が貴様と呼応するわけが……。」


「我もまさか水の精霊を統べる大精霊が出てくると思わなかったぞ。洗濯で呼ばれるとは、なんて愉快だ。はははははは」


「洗濯などせん。帰る」


「えっ!あ!待って!洗濯はしなくていいです。やり方を教えてください」


「ふんっ。では他の水精霊を使わすから、そっちにお願いするんだな」


大精霊アンディーンが水に変化し、その水がコップに戻っていった。

すぐコップの水が浮かび上がり、複数の小さな水玉となって、洗濯物の周りを囲む。

洗濯物が水球ウォーターボールに包まれたあと、ぐるぐると回っている。汚れが水上に浮いていく。渦を描くことで、汚れが浮くとは知らなかった。これなら私も初級魔法の水球ウォーターボールを使って洗濯が出来そうだ。

 汚れがとれると、汚れを含んだ水は窓の外に捨てられ、洗濯物がベッドの上に置かれた。

そう、びちょびちょに濡れた衣服である。


「あ、ちょっ濡れるわあああ」


急いでベッドに置かれた衣服を掴み、乾かすために窓の外に出して、風球ウィンドボールの魔法をあてて、水分を飛ばす。水が滴らない程度に乾いてからハンガーに服をかけ、窓近くにある竿にハンガーをかける。

 精霊であろう複数の小さな水玉はすーっと消えていった。

 シャワーを浴びて、洗濯物も終わったので、ベッドに潜る。隣で笑っている光の精霊の声が心地よい騒音のように聞こえ、すぐに眠りについた。

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