第3話 はじめてのおともだち

 自傷と絶頂回復を繰り返していくうちに俺も三歳になりました。


 このぐらいの年齢になると同い年ぐらいのやつらと外で遊ばないといけなくなるのだが、意識の低い連中とかかわっている余裕がないので一人家にこもって自傷して絶頂しながら回復していたら、ついにキレたママに家から追い出されてしまった。


 どうにも田舎の同調圧力というのか……『子供はこういうもの』という感じで接されると困ってしまう。

 人にはそれぞれ個性というものがある。そりゃあ、多くの三歳児は同い年のお友達と鼻水垂らしながら走り回って、その中でくだらない社会のつまらないヒエラルキーなんかを骨身に染み込ませていくものなのはわかる。

 それが社会を形成する大人になるために必要な儀式であることは充分に察しつつも、俺は社会を形成する大人になる気がないので、そういう通過儀礼は不要だと思うのだが……


 このあたりのことを理詰めで説いてもいいかなと思っていたのだけれど、ママは「家で変なことしてないでお友達と遊んでらっしゃい」とドアを閉め切って中からそう言うので、話し合いにもなりゃしない。子供の個性だぞ。尊重しろ。


 っていうか前回までは家で魔術の練習してたら『この子は天才よ!』とか言って自由にさせてくれてたろうが。これも魔術の練習だぞ。どうして今回は追い出すんだ。


 しょうがないので漏らしてもいいような場所を探しながら(ずいぶん耐えられるようになってはいるが、『淫ヒール』は強い快楽が伴うので油断するとまだ漏らすし、(小)(中)は耐えられても(大)は耐えきれないのでかなり漏らす)、なるべく村のガキどもに見つからないように歩きまわった。


 しかし見つかってしまう。


「おや、ミドくんがいるよ。ごあいさつなさい」


 お隣のママであった。

 確かこのぐらいのころに王都方面から引っ越してきたご夫婦で、なんか俺と同い年の娘さんがいた気もするのだが、人生七回目なのにおどろくほど記憶にねぇんだよな……


 その娘さんはお母さんの脚にしがみつくように隠れてこちらをうかがっており、なかなかごあいさつもしない。

 近所付き合いにごあいさつが必須の界隈なので、ごあいさつをできない者から村八分にされていく。つまりあいつの将来は暗い。かわいそうだがこれも田舎村の掟なのだ。俺にはどうすることもできない……


 だから「僕は怖がられているようですね。あまりお邪魔しても難なのでこれで……」と立ち去ろうとした。

 ところが俺の社交力を最大限まで使った『かかわるな』という意味の言葉は幼女の気を惹いてしまったらしく、大きなピンク色の目をまんまるに開いた幼女が、ちょっとだけ母親の脚の陰から出てきてしまった。


 あの興味ある視線!


 俺はおびえた。興味を持つな。俺にかかわるな。人付き合いが始まっちゃうだろ!

 俺には『外で遊んでみたけれど友達はできなかったのでこれからも家で一人遊びをします』とママに言える状況が必要なのだ。一言も交わさずに立ち去りたい。


 だが俺が一歩離れると相手は半歩こちらに近寄ってくる。困る。幼女に興味を持たれるとか害悪でしかない。俺の魔術探究を邪魔するやつはまとめて消え去ってほしいんだけどな……


 幼児というのは二言三言会話があっただけでもう親に『この子とこの子はお友達ね』みたいに扱われてしまう生き物なのだ。

 そこに『子供が本当は嫌がってるのかもな……』などという配慮はない。下手するとはっきり『俺は嫌ですよ!』と宣言しても『あらあ、恥ずかしがってるのね』なんて解釈されてしまう。

 俺の上の口は正直なのに、イヤよイヤよも好きのうちとか思うのなんなんだマジで。かんべんしてくれ。一回目の人生の時だよ。村の悪ガキにいじめられてただろうがどう見ても。


 二年ぐらいおっぱい吸ってたから忘れてたけど、俺はこういう田舎特有の常識でしか物事を測れない両親のことわりと嫌いだったな……それで早々に独り立ちしたのはあったわ。


 ここは強引に幼女の視線を振り切るべきだ。

 改めて決意した俺は「それでは失礼しますね」とお母さんの方に述べて背を向けた。

 すると服を背後から引っ張られた。

 振り返ればそこには幼女がいた。


 ……速くねぇ?


 さっきまで幼児の足で十歩ぐらいの距離があったぞ。間違ってもこんな距離を一瞬で移動できていいはずがない。


 こいつまさか、無意識に『水を注いだ』のか?


『心の樹』というのは誰の心にも最初からあって、『経験という水』は生活しているだけでもある程度は溜まっていく。

 なので十五歳を待つまでもなく『水を注ぐ』ことはできる。できるのだが、普通の人は十五歳の時に『樹を意識する方法』を教わらないでは『水を注ぐ』感覚がつかめない。


 だがたまに無意識でやれてしまう人がいる。


 いわゆる『天才』『神童』と呼ばれるたぐいのガキどもがそれにあたるのだが、これらはだいたい早熟であり早い段階で能力が頭打ちになる。

 なぜなら『樹』がどの方向にどれぐらい枝葉を伸ばすかは伸ばしてみるまでわからず、予想するには『水を注いでもあんまり伸びないな』などの感覚を慎重にとらえながらやっていくしかない。


 けれどまだ『樹』を意識する方法を教えてもらってもいない幼児にそのような微細な感覚調整はできない。

 結果として普通なら十五年ほど溜めこめる『経験という水』をろくに成長しない枝葉を伸ばすのに使ってしまい、他の人より『適性のあるツリーを伸ばすための水』が十五年ぶん足りない状況になる。


 これが『天才・神童、十五まで』と言われる現象の正体であり、たぶん今、目の前のピンクのガキは三年分の経験を無駄にした。俺を背後から引っ張るためだけにだ!


「も、もったいねぇ……!」


 思わずつぶやいてしまう。

 ピンクは「あの、あの」と何かを言いたそうにしている。


 おたくのお嬢さんが僕の服をつかんでるせいで服が伸びちゃうんですけど、と迷惑そうにお母さんの方を見れば、両拳を握りしめて『がんばれウチの子!』の構えをとっていた。

 殴りかかっても普通にさばかれそうな隙のない構えなので、なんか格闘術系の枝葉でも伸ばしてる人なのかもしれない。

 つまりこちらのメッセージは受け流された。


「あのね、わたしと、あそんで?」


 あー言っちゃった。言っちゃいまいしたねー。これはまずいですよ。まずいですよー。

 僕たちもう『友達』にされちゃいましたねこれは。

 ふざけんな。お前がそうやって安売りした関係性がこの『村』という閉鎖社会においてどれだけ俺の時間を奪うかわかってんのか!?

 くそ、何もわかってなさそうな顔しやがって……! なんだその上目遣いは!? 俺に何を求めてるんだ!? 遊んでほしいんでしたね。そうですね!


 クソがよ! 幼女の相手なんかしてらんねぇよ。俺は魔術が恋人なんだっつーの。魔術から俺を寝取りに来るんじゃねぇ。三歳にして魔性かよ。


 だがここではたと気付いておしっこ漏れそうになった。


 幼児の『遊び』は基本的に肉体労働だ。

 しかもここはクソ田舎。遊ぶ場所は基本的に山であり、内容はおいかけっこやかくれんぼ。

 すなわち━━ケガをしやすい。


 魔術探究は俺の趣味であり、俺が自分を傷つけるぶんにはいいのだが、この趣味に他の人、ましてや幼児を巻き込むのは間違っている。

 趣味とは一人で静かに誰にも邪魔されずやるうちは文句をつけられる筋合いはないのだが(ないはずだが家から放り出されているのはおいておいて)、他人を無理やり巻き込んだ時点で難癖つけられる隙をさらすことになる。


 だが、幼児が遊びの中で自然に負った傷を癒やすとすれば?


 それはあくまでも『親切』であり『友情』の範疇ではないか?


 素晴らしいね友情。俺はにっこり笑って幼女に向かってうなずいた。幼女もぎこちなくではあるが笑顔になった。まさにお互いに得をする関係性がここに結ばれたわけだ。


「山とか走ろう。折れた枝とか小石とかいっぱいあるところ」

「おままごとしたい」


 友情決裂だな!

 もうお前となんか遊んでやらねーよ!


 しかしここでおままごとに付き合えば、もしかすれば次は俺の提案にのってくれるかもしれない。

 なるほどこれが王都で近々流行り始める『先行投資』とかいう概念か。しょうがねぇな、付き合ってやるかおままごと……

 それにおままごとも場合によっては大ケガできるしな。何事も考えようだ。思考を休めずにいればすべての状況に利を見つけることができる。『考えること』はどのような人類でも装備を許されている最後の剣なのだから。


「じゃあ僕が浮気したパパをやるから、君は浮気がわかって僕を刺しに来る奥さん役ね」

「わかんない」


 わからせてやるよ。


 しかしよほど過保護な親御さんなのか、俺たちのおままごとには監視がついてしまい、俺は刺してもらうことができなかった……


 あとこの幼女の名前はマリアというらしい。

 遊び終わったあとに「今日はマリアと遊んでくれてありがとうね」と言われて判明した。


 明日もマリアと遊ぶことになりそうだ。

 明日はもっとケガしそうなロケーションがいいな。 

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