五の巻 五常の侍、魔道におちいりしこと その五

「しかし、なぜ辻斬りは新選組や見廻組を狙うのでしょう」

 夜道を歩きながら、結之介が話した。

 場所はちょうど三条通と千本通の交わる四つ辻で、壬生寺裏のよろず課詰め所から北へ七町(七百メートル)ばかり、北へ行けば二条城の西に出るし、東へ行けば寺や町家が混在し、西は田畑が広がって、いってみれば町と田園の境界のような場所であった。

 今日は、一心、結之介、夜十郎が一組になって、京の巡邏(見回り)をしていた。先日、原田左之助に命じられた仕事を律義に実行に移しているわけであった。それでもう三日目である。

「ただ人を斬りたいだけだったら、百姓や町人を狙ったほうが辻斬りのほうにも危険が少ないでしょうに」

「やはり」と一心は答えた。「幕府に恨みがあるのか、敵対視しているのか」

「尊王攘夷派の浪士ですかね」

「そんなのはなんだっていいじゃないか」夜十郎が吐き捨てるように言った。「悪党は悪党だ。ただ倒せばいい」

「お前は単純でいいな」

「結之介君に言われるとは心外だ」

「前から気になっていたんですが」結之介はふてくされる夜十郎を無視して、「一心さんはなぜ江戸の辻斬りと京の辻斬りが同じ人間の仕業だと推理したんですか」

「推理というか、勘だな。江戸で辻斬りがぱたりとやんだ。病気や怪我でなりをひそめているとも考えられたが、犯行の場所を移した、と俺はみた。どこへ移ったのか。今人を一番斬りやすい場所といえば、京が一番に思いついた。そうして違っていたら違っていた時のことだ、と思いきって京に出てきたわけだが、このまえ襲撃されたとき刃をまじえて、勘が当たっていたとやっと確信できた」

「この辺りに辻斬りが出るというのも、一心君の勘かい」夜十郎はゆさといっしょにいられないので、不満げである。

「いや、これは詠次郎の推測だ」

 ――千本三条あたりに霊気の乱れがある。

 そう言い出したのは陰陽師の詠次郎であった。

 ――辻斬りが、一心さんの言うとおり、魔剣を持って犯行を重ねているとすれば、かならず土地の霊気に乱れがでます。

 という詠次郎の推測をたよりに、いま一心たちはこのあたりを巡邏している。喬吾と詠次郎もどこか近くを歩き回っているはずだ。

 時刻は四つ(午後十時)くらいであろうか。

 もうちょっと西へ行ってみようか、と一心は思った。

 また勘が働いた、という気がしたが、誰かが呼んでいる、という気もする。

 ともかく、と結之介と夜十郎とともに西へと足をむけた。

 結之介の手に持つ提灯の明かりだけがたよりの、まっ暗な道であった。

 右も左も田畑が広がっていて、土と草と肥の匂いが風に混じって流れてきて、鼻をくすぐった。

 南のほうに、雲ににじんだ月明かりのもとに黒々と深閑とうずくまるのは、夷森えびすもりと呼ばれる森であろう。

 引き寄せられるようにここまで足を運んだものの、こうもひとけのない場所で人を待ち伏せするほど辻斬りも暇ではなかろう、と一心が足をとめようとした。

 その瞬間。

 一心のちょっと前を歩いていた結之介の提灯が、ぱたりと地に落ち、たちまち燃えあがった。

 その火明かりに照らされて、覆面をした男が正面に立っている。

 まるで気配も足音すらも感じさせず、辻斬りは接近していた。

 辻斬りの右手の刀がきらりとひらめいた。一心と結之介は後ろに跳んでかわして、かわしつつ得物の棒と二本の十手を構えた。夜十郎がいないのは、いったん姿を消して、狛笛童子に変身してまた現れるつもりだろう。

 燃える提灯の火が、枯れ草に引火して、敵の動きを充分に観察できるほどの明るさが生まれた。

 一心が正面から、結之介が敵の左手にそろりそろりと回っていき、挟み込む態勢になった。

 辻斬りが素早く左へと動いた。

 肩から当たって結之介を畑のなかへとふっとばす。

 体の崩れた辻斬りにむかって踊りかかった一心に、敵は片手殴りに刀を薙いだ。

 一心はすんでのところで身を引いて、あやうく白刃を逃れた。刃風が胸元を通り過ぎ、着物の襟がちょっと裂けたのがわかった。

 さらに一心が後ろにさがって間合いをとるのと入れ違いに、肩をかすめて黄色い霊気の彗星が通り過ぎる。

 またたくまに辻斬りに接近した狛笛童子こと夜十郎が、霊気をまとった木刀を振り下ろす。

 辻斬りは木刀を受け、そのまま刀を振って、狛笛童子をはじきとばす。とばされた狛笛童子は、燃える道端を突っきって畑のなかにころがった。

 ひと息つくこともせず、辻斬りがすっと動いて一心の間合いに入ってくる。とともに八双の構えから袈裟懸けに斬りおろした。一心はその稲妻のような壮絶な一撃を、十手で受けた。十手の鉤が折れたかと思えるほどの衝撃が走って、危うく十手を落としそうになるのを必死にこらえる。即座にもう一本の十手をからめて、敵の動きを封じた。

 押せども引けどもまるで刀を動かせず、辻斬りは、うっとひとつうなった。

 その息づかいに、一心ははっとした。

 ――三浦殿ではないか。

 そんな憶測が頭をかすめた。

 と、その時。

〈助けてくれ〉

 いつか聞いたことのある渋い声が、どこかから聞こえてきた。

 ――誰だ?

〈ワシはこの刀に宿るミタマだ。今、十手を通し、お前の心に直接語りかけている〉

 確かに、辻斬りにはミタマの声は聞こえていないようにみえる。頭巾のなかで歯噛みしつつ、十手の緊縛を解こうと懸命のようだ。

〈ワシの力は、禍々しい呪符によって封じられ、霊力のみを利用されている状態だ〉

 ――それで、俺にどうしろと?

〈呪符をはがし、ワシを開放してくれ〉

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