四の巻 犬も歩けば怪異にあたること その七

 心温まる光景をぶち壊すような、騒々しい一団が提灯ちょうちんをふらふらとさせながらそこにあらわれた。

「なんや、もう終わったんかいな?」「なんで姫さままでおるの」「あの光はどうなってしまったんだい」

 そして、いっとう速く走りよった一心が、結之介の頭にげんこつを一発、ごつりと入れる。

「貴様、こういうときは皆が集まってから行動しろと、常々言っておいたはずだな。喬吾じゃあるまいし、まさか結之介までこんな勝手な真似をするとは、みそこなったぞ」

「あ、いや、一心さん違うんです。俺はただ様子を見るだけのつもりだったんですが、八房が光を破ってしまいまして」

「なんだと、犬のせいにするのか、お前は」

 とまたこぶしを振り上げる一心に、結之介は、

「いやいやいや、待ってください、説明しますから」

 そうして、今さっきまでのあらましを語った。

「はっはっはっ、狛笛童子の助太刀がなければ、さすがの君も苦戦しただろうな」

 いつのまにか姿を消していた狛笛童子が変身をといて、しれっとした顔であらわれて言う。そんな夜十郎をほったらかしに、ゆさが、

「またぞろ札とは……。今度は何が目的だったんでしょう。顧問役、どうぞ」

「ううん、そうですねえ、見たところこの朝東風という犬は、なかなかの霊力を持っていたようです。今はずいぶん使い果たして疲れていますが、じきにもどるでしょう」

「桜の木、地蔵菩薩像、そして今回は犬。手口からみると皆同じ人間の犯行だという気がするが」一心が顎に手をあてて言った。

 答えて無口な詠次郎が滔々と語りはじめた。

「そうですね、今回はおそらくこの辺りの霊気を弱らせるのが目的でしょう。霊脈のようなものが、この地に流れているのを感じます。これを朝東風の霊力で弱らせた。いや、吸い取らせたのでしょう。だとすると、魔獣に変身したのも、うなずけます。変身は異常な霊気の増幅による暴走でしょう」

「なんや、謎の敵さんはいったいなにを企んどるんや」

「いつも敵の後手にまわっている気がしますね」

 と、溜め息をつく結之介の尻を、ゆさがぴしりと叩いて、

「しっかりしやあ。これで終わりとはかぎれせんでね。敵はまだまだなにをやらかすかわかれせんよ」

「うむ、先手を打つには、敵の意図が不明すぎるしな。ともかく、今日は引きあげよう」

「けどダンナ、あのでかい犬はどうする?」

「喬吾、おまえかついで帰れ」

「んなアホな」

「しかたない、戸板にでものせて、俺たちで運ぼう」

 そうしてゆさが、八房によりそう流子に、

「姫様、お疲れかとは存じますが、歩けますでしょうか」

「ええ、もちろん。皆さんには大変お造作をおかけしまして、なんとお礼を言っていいやら。たいした謝礼も差し上げられませんのに」

「いえいえ、まあ先のお約束どおり、報酬の代わりと言ってはなんですが、ご近所のみなさまに、私たちの評判をぜひ広めていただければ」

「おほほ、お安い御用ですわ」

 そこへ、

「お姫さん、お姫さん、いずこにおわします!?」

 阿野家の侍、笹野輝の声がする。

「まったく騒々しいのう。輝よ、ここじゃここじゃ」

 流子の声に気づいたのだろう、輝は藪を突っ切ってあらわれて、

「あ、お姫さん、見つけましたよ、あ、よろず課の皆さんも」

「まったく、来るのが遅いのじゃ、もうみんな帰るところじゃ」

「なんですその言いかたは。私をだまして屋敷を抜け出しておいて」

「うるさいのう、そんなに元気なら、おぬし、朝東風をかかえて帰れ」

「朝東風?え、なんでここに松木さんとこの朝東風が!?」

「ああもういい、帰るぞよ」

 ではでは、とよろず課一同は流子姫とともに帰途についた。

「え、ちょっとまって、私がこんな大きい犬を?え、本当に?ちょっとみなさんっ?」


 晩秋の冷たい朝の空気が、広い座敷にさっと流れた。

 那須仙之丞なす せんのじょう真砂菫丸まさご すみれまるが、上段に座る貴人と見える四十がらみの男に頭をさげた。

 男は、白い直衣のうしを着、気だるそうに脇息に持たれ、檜扇ひおうぎをもてあそびながら、さめた目でふたりをみつめている。

 苦みばしった顔に、細く整えた髭を生やした口に薄く笑みを浮かべて、男は言った。

「またも、例の新選組のやからにしてやられたというわけか」

「は、しかし、当初の目的は達成しておりますので、ご安心を」

「しかし、やっと三カ所。残りの半分のことを考えれば思いやられるな」

「それに関しましても、ご安堵なされたく。すでに十全の用意をしてございますれば」

「うむ」

 うなるようにうなずきつつ、男は庭に目を向けて、まぶしそうに目を細めた。浮島のある大きな池に、空を覆うほど枝の張った松の巨木が影を落としていた。

「なんとしても……、今上(孝明天皇)よりの血の濃い身でありながら、捨て扶持をあたえてこのような僻地に追いやった殿上のやつばらに目にものみせてくれよう」

 この男の名を、

 宇陀宮うだのみや――

 という。

 天皇の子として生を受けながら、妾腹であるという理由で親王宣下もうけられず、いま彼が不平をこぼしたように、嵯峨野の屋敷に住まわされ、ただ暇をもてあますだけの日々を送っている男である。

「必ずや、この計略を果たさねばならんぞ、那須よ」

「御前のご辛苦、かならずや晴らしてご覧にいれまする」

「うむ、はげめ」

 宇陀宮はさっと立ちあがって、足早に部屋を後にした。

 低頭して彼を見送る那須の口の端には、やはり冷酷な笑みが浮かんでいるのであった。




(四の巻終わり)

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