四の巻 犬も歩けば怪異にあたること
四の巻 犬も歩けば怪異にあたること その一
蝙蝠妖怪
新選組本隊で聞いてみようか、それとも口入れ屋(仕事あっせん業)でもあたってみようかと思い惑いながら、詰め所の玄関で草履をつっかけていると、
「どこ行きゃあすの」
「行きゃあすの、言われても」
ベタベタの尾張訛りで後ろから声をかけられて、結之介はふりむいた。
「あんた、仕事もせんと気楽なもんだわね」
「その仕事を探しにいくんだよ」
「
「どうせどこかほっつき歩ているんでしょう」
「
「東寺の縁日。なんでも辻占の書き入れ時らしいよ」
「
「しらん」
「みんな本業よりも副業にうつつをぬかすのもたいがいにせんといかんわ」
「それもこれも、その本業の仕事がからっきしなのがいけないんだろ」
「仕事が来んのは私のせいじゃないがね」
「俺たちのせいでは、もっとないな」
じゃあ行ってきますと、玄関の戸に結之介が手をかけた時であった。
玄関さきの、一間(一メートル八十センチ)ほど向こうの門の扉の外から、人の話し声が聞こえてきた。
「ああ、疲れた。足が棒のようじゃわえ。こんなに遠くまでくるなら駕籠でも頼めばよかったのう」
幼童といっていいくらいの少女の声である。
「そんな無駄なお金はございません。お金がないからここまでくるハメになったんですから。だいいち、私がおとめしたのについてくると言い張ったのは、お
と答えたのは、また歳若い男の声であった。
「それにしてもなんじゃ、ここがそのなんとかいうなんでも屋かえ。ずいぶんひなびた屋敷じゃのう」
「どうも、田舎の庄屋の隠居所といった風情ですね」
「京といっても、ここまでくると、もうずいぶん田舎じゃしのう。家もまばらじゃし、畑の
「いえ、私の調べたところでは、ここは新選組本隊から鼻つまみにされている部署だそうで」
「ええ?そんなのにたのんで大丈夫かえ」
「ただで依頼を請け負ってくれるところを必死に探したんです。そうしたら、ここが見つかったわけで」
「はあ、しかたがないのう。貧乏というのは悲しいものじゃ」
結之介、どうも出るに出られぬあんばいである。
すると、門扉が開けられて、声の主が玄関先まではいってきた。
結之介が、いったん上にあがったとたんに玄関の戸があけられ、もしもし、と男が訪いをいれてくる。
さも今出てきたふうをよそおって、結之介は、
「はい、いらっしゃいませ」
と上がりっぱなに膝をついた。あわててゆさも狭い式台に並んで座る。
「こちらが新選組のよろず課でございますか。私、
そういって、十代後半とみえる男が深々と頭をさげた。中肉中背の体をして、小さめの頭に意思の強そうな太い眉とくっきりとした二重の目をして、乳白色の木綿の着物に薄い灰色の袴をつけて、一見きりっとしているが、よく見れば、着物のあちこちはすりきれてずいぶん痛んでいる。
阿野といえば公家の家柄なので、彼は公家侍(青侍)と言われる者であろう。
「後ろに控えていますのは、阿野の姫で」
「
さきほど門の外でぼやいていた声とはまったくうってかわって、清楚な挙措ですました声音でそう言った娘は、おすべらかしの頭に秀麗な顔をして、桃色の小袖を着て、たしかに公家の姫様ではあるが、どこか地味な印象がある。歳は十三歳といったところだろうか。
姫様はぺこりとお辞儀をして、
「じつは、依頼があってまかりこしました」
「おお、さようですか。ささ、どうぞおあがりください」
さきほどまでのふくれっ面はどこへやら、ゆさは満面の笑みでふたりを招じ入れるのだった。
よろず課詰め所の客間兼居間兼男たちの寝室に通された流子姫様は、せんべいみたいな座布団を気にするでもなく座って、しばらくは物珍しそうに部屋の造作を見まわしたり、庭の風情を眺めていたが、
「まあ、そんなにかしこまらないでください。そんなたいそうな家柄でもありませんし」
「しかし」とかしこまった一心が「わたくし江戸の生まれでございますので、なにぶんお公家様のお家柄には疎くございまして、阿野家と申しますと……?」
「
それで無報酬で仕事を引き受けてくれそうなウチにきたのか、と合点して、ゆさと結之介は顔を見合わせた。
そうしてしばらく世間話などをしてから、
「それで姫様、我が新選組よろず課にいらっしゃられたご用向きは」
とゆさが本題に入った。
「実はある者の、跡をつけて行き先をさぐっていただきたいのです」
「ある者?お家のどなたかでございますか?」
「犬です」
「犬?」
よろず課の三人は思わず声をあわせて問い返すのであった。
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