三の巻 怨讐は海を渡りてきたること その十二

 よろず課の一同は、揚々と引きあげていく。依頼を解決した解放感がその歩きからあふれ出、その喜びがひとつひとつの笑顔からはじけでるようだ。

 ただひとり、ゆさだけはぐったりと一心に背負われているが。

 その家路を歩む六人の背中を見送りながら、目つきの鋭い美少年がつぶやいた。

「よもや、私の飛倉とびくらがああもあっさりと倒されてしまうとは。申し訳しだいもございません、仙之丞せんのじょう様」

「気に病むことはない、菫丸すみれまる。この地の霊力は充分衰弱させることができた。目的は達したのだ」

 仙之丞と呼ばれた男は、白い着流しに白い羽織を着て、帯が黒くなければ、まるで葬式に出るようないでたちで、キザに懐手をしながら、柔和に微笑んで言った。

 過日、桔梗屋を心胆の底まで震恐せしめた、那須なすと呼ばれていたあの男である。

「さはありましょうが」

「私もあの者達の力量を見誤っていた。まさかあそこまでの霊力を持っていたとは意外であった」

 そうして那須仙之丞は、切れ長の目を細め、去り行く者たちの背を射るように視線をおくった。触れたものを斬り裂くような冷酷な視線であった。

「あのゆさと言う小娘。何か気にさわるのだ。何か……」

「仙之丞様ほどのかたが、気になさるほどの娘でしょうか」

「看過するわけにもいかぬ、秘した力を持っている。それを暴くために一案をねるか、それとも様子をみるか」

「始末してしまえば早いのではありませんか」

「ふふふ、それも一案よな」

 そうして那須は踵をかえして歩き出す。その口の端に浮かべた笑みは、胸を突くほど美しく、それでいて寒気をもよおすほどの不気味さをにじませていた。


 詰め所へと帰ったよろず課一同は、気をとりもどしたゆさの提案で、打ち上げ宴会とあいなった。

 酒の飲める者は酒で、飲めない者は甘酒で。スルメと沢庵と(吝嗇ケチなゆさが大奮発して買ってきた)団子を肴に、八畳の部屋に五人・・が車座になって、このときとばかりに憂さ晴らしに盛り上がっている。

 が……、

「私が、新選組に……」

 いつのまにか入隊させられたあげく例の、局中法度にそむけば切腹、を盾にして脱退不可能な状態に追い込まれ、おのれの人生を呪うこと泥沼にはまり込んだカエルのごとく、部屋の隅で加茂詠次郎のみは膝をかかえて陰気に落ち込んでいる。

〈詠……さん、どうか……ないで、これ……して、……さい〉

 とほうもない小さな声で、詠次郎の握りしめる檜扇ひおうぎに宿るウタミタマが慰めている。

 そして、

〈みな……、……ない……ですが、何卒、よろしく……す〉

 皆に向かって、律義に挨拶しているようだ。

 のを、周囲の者達は眉間にシワを寄せて、耳を大きくして聞いている。

「誰か、なに言うとるか聞きとれたか」

「いえ、女性の声だとしか」

「ミタマというのは、持ち主に似るものなのかの」

「詠次郎さんと夜十郎君のはそっくりだがね」

「俺のと喬吾さんのは、正反対の性格に思えますね」

「いや、うちのサクミちゃん、なかなかの性格やで、あれで」

「う、ひっく、僕とハヤテは似てなんかないぞ、ひっく」

 夜十郎は甘酒で、もはや出来上がっている。

「そのミタマだが、ゆさ」と一心が真剣な面持ちで、「今のままでは、辻斬り男との戦いでもおくれをとるのは目にみえている。どうにか、私の武器にもミタマを宿せぬものだろうか」

「あはは、今日みたいにバケモン相手に手も足もでえへんかったら、もう俺にもでかい顔できへんくなるもんな、ダンナ」

「なんだと喬吾、貴様ていど、ミタマがなくともひねり潰せるぞ」

「俺の霊力の弾に勝てるわけあれへんやろ」

〈私は手助けしませんよ、あなたひとりの力で、いちど一心さんと勝負なさい〉

「んなせっしょうな、サクミちゃん!?」

「話がそれた。で、どうかな、ゆさ」

「う~ん、そうですねえ、ミタマと人の縁というのは男女の関係のようなもので、赤い糸でつながっているようなものなんです。ですから、探しだして強引にくっつけようとしてみたところで、縁がなければどうにもならないんですよ」

「そうか。つい、気ばかりあせってしまってな」

「ではありましょうが、ご縁があるのを辛抱強くお待ちください」

「そういえば」と結之介が話しに入って、「ゆさちゃんの弓に宿っているのはミタマとはちょっと違うって話だったけど、あれ、なんなの?」

「私のは、アマテラスさまです」

「え!?」と一同、落ち込んでいた詠次郎までさすがに驚いた。

「正しくは、アマテラスさまの、神気のかけらを宿しています。伊勢神宮で、特別に神気を分けてもらったものです」

 いささか胸をはってゆさは言うのであった。

「ゆさちゃんのご実家は、そんな立派な神社なの?」

 結之介は目をまるくしている。

「そうでもないけど、ま、今回だけ特別に、ね」

 やがて、そんなけっこう重要な話もおぼろげになってしまうほど、宴会は盛り上がり、みなが今日一日のつかれをもよおしてきて、お開きとなった。

「じゃあ、今日からは私と夜十郎君が同じ部屋で、男たちはここと隣の部屋で寝ることでいいわね」

「え、ゆさちゃんと僕がいっしょでいいの?」

「なに言っとるの、女どうしなんだで、一緒の部屋でいいでしょお」

「いや、ゆさ、やめといたほうがよいだろう」

「夜十郎君の本性に気づいていないのは、ゆさちゃんくらいでしょうね」

「しかも、あいつ甘酒で酔っとるしな、なにされるかわかれへんで」

「う、私は家に帰りたい……」

 そうして、夜もふけていき、真夜中をまわって、丑三つ刻。

 壬生の家々を震撼させるほどの叫び声が、深い眠りに落ちていた男たちを叩き起こした。

「どうした!?」

「なんや、なんや!?」

 男たちが女たちの寝室に駆けつけると、障子がけたたましく引き開けられ、腰にしがみつく夜十郎を引きずるようにゆさがはいずり出てきた。

「や、やめて、夜十郎君!」

「な、なぜだ、ゆさちゃん、僕の気持ちを受け入れてくれたんじゃないのか!?」

「おみゃあさんの気持ちって、なに言っとりゃあすのっ?」

「僕の気持ちに気づいていたから、いっしょに寝てくれると言ってくれたんだろうっ?」

「いや、あたしはただ、部屋がないからひとつの部屋で寝よう言っただけだがねっ」

 男たちは、夜十郎をゆさからひきはがしにかかった。

「もう、いわんこっちゃない」酒くさい息をした夜十郎の下からゆさをひっぱりだした結之介があきれて言った。

「ひ、ひどい、僕はてっきり……」

 うなだれる夜十郎は、やがてふらりと立ちあがると結之介のそばへ寄って、

「君には負けないからな」

 強い調子で耳打ちするのだった。

 なぜライバル認定されているのか理解できずに、ぼかんとする結之介をしりめに夜十郎、

「うおおーッ!」

 雨戸をひっぱずし、木刀片手に庭に飛びおりて、雑念をふりはらうように素振りをはじめた。

「ありゃ、ヘタな男よりよっぽどあぶないやっちゃで」

 皆の口からいっせいにため息がもれるのであった。




(三の巻終わり)

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