三の巻 怨讐は海を渡りてきたること その十一

 狛笛童子こと水島夜十郎の体全体がほのかな霊気の光につつまれた。そして片手にさげた木刀が、黄色く発光する。

 狛笛童子の細くしなやかな体が跳ねた。ロケットのように一気に五、六間(十メートルちょっと)飛びあがり、標的に到達した瞬間木刀を振るい、蝙蝠の左の翼を斬った。そして、再生する間をあたえず木刀を振りまくり、翼の表面積をだんだん小さく減らしていった。レーザーの剣が空気を切り裂くような音が周囲を駆けるたびに、蝙蝠の霊気がぱっぱっと虚空へ散っていく。

 それでも蝙蝠は飛んでいる。霊気で形成された化け物であるいじょう、翼はたんなる飾り物でしかないのかもしれない。

 または……。

 ひとしきり翼を斬って落下していく狛笛童子に、蝙蝠が翼を振った。振った翼から小さな刃のような羽根が無数に発射され、狛笛童子だけではない、その周辺に乱射された。

 蝙蝠から羽根が飛んでくるのも妙な話だが、そんなことを詮索している暇はない。

 降下中の狛笛童子は木刀を左右に振り回して羽根をはじき落とす。落としきれなかった残りは、結之介は棒を回転させて防御したが、いくつかは一心の腕をかすめたり、ゆさや詠次郎の足元につきささった。

「くう、これではゆさちゃんを守れぬ」着地した狛笛童子が歯噛みした。

「皆さん、大丈夫ですか!?」

 と結之介がふりむくと、一心の腕から血が流れだし、浅葱の羽織を赤く染めていた。

「一心さんっ」

「いや、大丈夫、かすり傷だ」

「僕の神速の剣をもってしても、次に撃たれたらふせぎきれないぞ」

 そうして狛笛童子が心配いる間にも、蝙蝠の体は再生していく。

 一方、ゆさが弓を構え、なにか祝詞のりとのようなものをあげはじめた。その祝詞とともに弓が桃色の光を放ち始る。

「天地四方を宇といわく。往古未来を宙といわく。宇宙を見、万物流転を知る。我、ウツミの名をもってかしこみてもうす。百鬼を討つ力を彼の者にさずけたまえ」

 そして、祝詞が終わるとともに、光は矢へと移動した。

「狛笛童子、受けて!」

 言ってゆさは矢を放った。

 桃色の霊光をまとった矢の彗星が狛笛童子の体をつらぬいた。彼女の体が、桃色の霊気に包まれる。

「うおおっ、なんだ、力がみなぎってくる!」

 狛笛童子が叫んだ。

「いける、こいつはいけるぞ!」

 ふたたび空へと彼女は跳んだ。

 だけではない。

 まるでそここに見えない足場があるかのごとく、空中でジャンプを繰り返し、右に左にと縦横無尽に跳ね、跳ねながら蝙蝠の体を斬り裂いていく。彼女のパートナーであるミタマの名の通り、疾風はやてのような動きと剣技であった。

 大空のカンバスに抽象絵画のような桃色の線が描かれるたびに、蝙蝠は体が寸断されていき、その体積をまたたくまに減らしていく。

「おお、このまま倒せてしまうんとちがうかっ?」

「いえ」と喬吾の楽観をたしなめるようにゆさが、「あれでも、蝙蝠を足止めする程度の効果しかないわ」

 そうしてゆさは詠次郎を見た。

 詠次郎は、印を結びながら、呪文の詠唱を続けている。

「玄武の甲羅、朱雀の翼、青龍の爪、白虎の牙を持って、魑魅魍魎ちみもうりょうを封じたまえ、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

 唱え終わると同時に、詠次郎は蝙蝠直下の地面へと呪符を投げつけた。呪符は、まるでメンコのような硬さと圧力で、小気味よい音を鳴らし地面を打ち、そこを中心に円のなかに五芒星の描かれた光の魔法陣が出現した。

 それとみて、狛笛童子がさっと跳びはなれ、そのままどこかへ姿を消してしまう。

 五芒星からまっすぐに天へと光が発せられ、伸びた光の柱が蝙蝠を包む。

 耳をつんざくような叫声をあげつつ、蝙蝠が光の柱のつけねへと吸い込まれていく。

 そして光が目もくらまんばかりにはじけ、はじけるとともに、蝙蝠の体は札のなかへと消えていった。

 ふう、と吐息をついて、詠次郎がその札を拾いあげる。

 そこへ、姿を消していた(変身を解いた)夜十郎がどこからともなく姿をみせ、

「やあ、残念だな、もののけ退治は終わってしまったのかい」

 そんなことを言いながら、一心を手当てしているゆさに近づいていく。

「まったく、とことん白々しいねえちゃんやな」

「まあ、本人が意地でも正体を隠しておきたいようですから、そっとしておきましょう」

 喬吾と結之介があきれながら話す。

「そやかて、隠す意味あるんかいな」

「隠すのが格好いいとでも思っているんでしょうね」

「ははは、そんなとこやろな」

 とそこへ、詠次郎が、

「おや、みなさん、彼らがあいさつにきたようですよ」

 よろず課の一同が辺りを見回すと、周囲には、十二単をまとった女性たちや、直衣、狩衣を着た男たちが二十人ばかり、ほほ笑みながらこちらを見たり、扇を振ってさよならを言っているようだ。

 まるで、恐怖を感じない、幽霊とは思えない彼らのすがすがしい雰囲気に、今を生きる者達も引き込まれるように笑みをこぼすのだった。

 平安貴族たちは、その体の色彩がだんだんと失われていき、景色に溶け込むようにその姿を消していく。

 そうして、よろず課一同は去りゆく彼らに手を振り返す。

 ただひとり、一心の傷に手ぬぐいを巻きながら白目をむいてかたまっているゆさ以外は……。


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