第11話 魔法修行②~杖にする木を選ぼう~
ジルファ先生はその大きな杖を振るう。とても重そうだが、彼はそれをいとも容易く扱っていた。
「私たち、教会に属する魔法使いは、このサイズの杖を持つことが義務化されています。しかしそれは仕事上、1度に大きな魔力を扱うからです。ですので貴女たちには、これほど大きな杖は必要ありません。精々……手から肘程度の大きさでいいかと」
そう言ってジルファ先生は、前習えのような体勢を取る。両手を使って大体の長さを教えてくれているようだ。それを見るに、まあ30センチから40センチといったところだろう。
ここ、長さの単位とかないのだろうか。いや、あったとして、言われても分からなそうだけど。
「はいはい! 杖って、どうやって作るんですか?」
そこで実幸が両手を上げ、ぴょんぴょん跳ねながら質問をする。いちいち動作がオーバーだが、見慣れた。ジルファ先生は見慣れていないから、あからさまにドン引きしたような表情を浮かべていたが、1度咳払いをした。そして、良い質問ですね、と朗らかに笑う。
「まず、自分で木を選びます。魂がそれに見合ったものを選ぶとはよく言ったものですが……あながち間違いではないかと。そして自分が『これだ』と直感的に思った木の、その幹を拝借し、自分で扱いやすい形に削っていきます」
「漫画でよくある展開だな……」
完全に実幸に向けて話している内容を、1人で咀嚼する。よく見る展開だ。少年漫画とかで。
実幸は、ほへぇ、と呟くだけで、あまり俺以上にピンと来ていない様子だった。それを彼も感じたのだろう。
「まあ、選んでみればきっと分かるでしょう」
それでは、木を選びに行きましょうか。と、気を取り直すように言った。
そして向かったのは、中庭の端っこ。様々な種類の木が立ち並んでいるところだった。ここは設計上、太陽が出ている時間は常に光が当たるのですよ、とジルファ先生が教えてくれた。
風に吹かれ、葉々が心地良い音と共に揺れている。自然と深呼吸をしたくなるような……そんな爽やかさを感じさせる空間だった。
ジルファ先生は、すっかり実幸の方に付いている。俺がどの木を選ぶのか。それは彼には全く興味のないことらしい。だから俺も、好きに選ばさせてもらうことにした。
ゆっくり巡っていくと、本当に色々な種類の木があることが分かる。……元々いた俺たちの世界でも、俺は木に詳しかったわけではない。だがそんな俺でも、ここらにある木は珍しいものだと分かった。
枝が生きているようにうねうねと動いている木。色とりどりの実が出来ている木。淡く微かに発光している木──とにかく色々あった。もちろん、普通に何の変哲もない木もある(が、目に見えないだけで、もしかしたら普通ではないのかもしれない)。
だがそのどれを見ても、あまりピンとはこなかった。ジルファ先生の言葉を借りるなら、「魂が見合うと感じた」ものがない。……魔法適性が微小なことが、関係しているのだろうか。もしそうだとしたら、また一層落ち込んでしまうかも……。
「──……」
実幸が杖とする木を選んだのだろう。少し遠くから、実幸のはしゃぐ声が聞こえる。そして、その生きた証を拝借していく音も。……いや、それより……。
俺は、とある木の前に座り込んだ。何故だろう。この木から、目が逸らせない。それほど俺は、この木に心惹かれていた。
とても小さな木だ。それこそ、50センチあるかないか、くらいの低木。弱々しく見えるが、その実、とても強い根を張ってここに立っているのが……分かる。
感じるんだ。そのエネルギーを。
……。
「夢~、どうしたの?」
声を掛けられ、俺はハッとした。どれだけ見ていたんだろう。それは分からない。ただ振り返った時、実幸はその体に見合わないほどの大木の幹を抱えていた。それを切り落とすなんて、相当な時間が掛かる。……だから、だいぶ長い時間、ボーッと見つめてしまっていたのだろう。
それを少し気恥ずかしく感じつつも、俺は実幸の問いかけに答えるため、口を開く。
「あ、ああ……この木、いいなと思って」
「これが……? その木は、ヴルーゲンですよ」
そう言うジルファ先生は、それで本当にいいのか? とでも言わんばかりだ。いや、ヴルーゲンですよ、と言われても。
「ゔるー、げん? ……どんな木なんですか?」
実幸、ナイス質問。
「100年の間に1日しか成木しない、それ以外は枯れたような様相をしている……そんな木です。こうして成木している間はとても立派に、美しく見えますが、枯れている間はとても脆く、弱い。……100年に1日成木するからと言って、その1日の間に人間に実りをもたらす……ということもない、少し珍しいだけの、ただの木です」
ジルファ先生は、そんな風に説明してくれる。100年に1日しか成木しない……か。
今日がその、100年の内の1日らしい。
「素敵な木じゃないですか。それの何がいけないんですか?」
「……杖にしづらいんじゃないか?」
実幸の問いかけに、俺は思ったことを述べた。
「100年に1日しか成木しない。つまり明日には枯れるんだ。でも杖は、いつまでも使い続けるもの……これを杖にしたところで、明日には使い物にならなくなるかもしれない」
そうだろ? という意味を込めて、ジルファ先生を見上げる。彼は少しばかり驚いたように俺を見つめていたが、俺の視線を受け、慌てて頷いた。
「……ええ、その通りです。この木を杖にした前例はありません。加えて言えば、この木はとても小さい。……失敗はほとんど出来ません」
「……」
失敗は出来ない。しなかったとしても、明日には使い物にならなくなるかもしれない。……そんな、二重構えのリスクを負ってまで……。
「──大丈夫っ!!」
俯いた俺に、強い声が、聞こえた。
顔を上げる。光が差している。その先には、一切の曇りもなく笑っている、実幸がいる。
「夢なら大丈夫だよ! 私と違って器用だし……ちょっと失敗しても、ちょっとくらいなら大丈夫だろうし! それに前例がないっていうのも、夢がその木を使う1人目になれるかもってことでしょ? とっても素敵だと思うっ。……どうなるか分からない。でも、やってみないことには分からないんだから、やってみようよ!!」
ね? と、実幸が俺に言う。俺はしばらくその表情を見つめて……思わず、ふ、と、笑った。
「……そーだな」
不思議なんだ。お前にそう言われると、不安が全て吹き飛ぶし、根拠なんて全くなくても、出来るような気がしてしまう。
「ジルファ先生」
俺は立ち上がり、胸に手を当て、告げる。
「俺、このヴルーゲンで、やってみたいです」
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