第8話 幼馴染ってきっとそういうもの

「夢ーーーーっ、お腹減ったーーーーっ、なんか作ってーーーーっ!!!!」

「お前はそういうやつだよ」


 実幸が突然、厨房に乗り出してくる。まあ、うっかり口を滑らせてしまったところだったから、ありがたいけど。

 後ろでは、また実幸の見張りであろう騎士がぐったりしている。お疲れ様です。


「今は無理」

「なんで」

「食事で忙しい」

「えー。じゃあそれちょうだい」

「いいけど。はい、口開けて」

「あー」


 大きく開かれた口に、料理をぶち込む(※優しく入れた)。実幸は何度か咀嚼をし……。


「……んーっ、美味しい!! これ何~?」

「アレラっていうらしい」

「へ~!!」


 会話をする俺たちの背後で、感じる視線。振り返るとそこには、相変わらず満面の笑みのライ。そして、苦笑するエルマさん。


「……アンタたちやっぱり、恋人だろう」

「「違います」」


 息ピッタリの否定。何年やってきたと思っている。


 本当に恋人ではないのだ。俺と実幸は、ただの幼馴染。まあそれにしても距離は近いと思う。自覚はあるが、幼馴染なんてこんなもんだろ。

 というか、俺はこいつのことをワガママ娘くらいにしか思ってないし、こいつもこいつで俺のこと、口うるさいオカンくらいにしか思ってないだろ。オカンじゃないが。


 幸せそうにアレラを頬張る実幸を、少しだけ憎たらしく思いながらも、俺は見つめ続ける。というかそれは俺のメシ。


「……はーっ。本当に、……私、幸せです!!」


 見事、アレラを完食した実幸は、手を合わせつつそう言った。そしてその言葉に、その場の空気が若干凍る。

 そしてそれを目ざとく悟った実幸。不思議そうに首を傾げた。


「……? どうしたんですか……?」

「……実幸、零してる」

「え? ……わーーーーっ!? ごめんなさいーーーーっ!!」


 机の上に落ちていた料理の食べかすについて指摘すると、実幸は半涙目になって大声で謝る。……いちいちオーバーリアクションなんだよな……。お陰で耳が痛い……。


 そんなことを思いつつ、俺はさり気なく辺りに視線を巡らす。そしてエルマさんと目が合うと、こっそり口の前で人差し指を立てた。





 実幸がここにいる人を、優しい人だと思っているなら、それはそれでいいんだ。

 あいつは優しいから。そんなあいつの周りは、優しいもので溢れていればいいと思う。俺はその世界を、守るだけだ。


 だから……というわけではないが……うん……。


「だからね~? ここに来ちゃ駄目って、なんかやんわりと言われてる気がするんだよね~、何でだと思う?」

「さぁ……」

「あっ、あと、夢の話出すと、なーんかはぐらかされる気がするんだよね!!」


 城の中を歩く俺たち。響き渡る実幸の声。すれ違う騎士たちに睨まれる俺。こういう状況でも、まあ、仕方ないっちゃ仕方ないのだ。実幸が俺と歩きたがっているのだ。うん、俺は悪くない。

 だから、実幸に常に付いている騎士も、どうか俺のことを睨まないでほしい。文句があるなら実幸に言ってくれ。


「ちょっと夢、聞いてるの!?」

「聞いてる聞いてる。退屈だって話だろ」

「そう!!!!」


 実幸の話も半分に、俺はまた自分の思考に入る。こんな長い話、ずっと真面目に聞いてたら頭が痛くなるからだ。この十数年で学習している。


 こうして実幸と歩いていると、進路を全く妨害されないから楽だ。実幸がいる手前、俺に目立った手出しは出来ないから。まあ睨まれるくらいならノーダメージ。我慢できる。

 これからも中を探索したい時は、実幸を引き連れて歩こうか……いや、でもそうなると、もし1人になった時の皺寄せが怖いな……今まで通りでいいか。


「よく分かんない本しかないし、フォンさんと一緒じゃないと部屋の外にすら出れないし……私、何かやらかすとでも思われてるのかなぁ?」

「えっ、お前、自分がやらかしたことないとでも思ってんのか……?」

「何、その、『お前正気か』みたいな顔!!」


 そりゃ、多少はなんかしちゃうこともあるけど……人間だもん、多少はね、と、実幸は言っている。多少じゃないから俺やたまに周りが苦労しているということ、分かってないのだろうか。分かってないんだろうな……。


 あ、ちなみに「フォンさん」というのは、例の実幸の護衛兼、見張り騎士である。いつもお疲れ様です。


「……でもそれは、お前が期待されてるってことだろ?」

「……え?」

「俺たちはこの世界について、ほとんど何も知らない。でも俺たちは、この国を救うことを期待されてる。……お前はすごい魔法使いらしいんだから、きちんと勉強して、使いこなせるようになれよ。勇者さんなんだろ?」

「……」


 実幸はその大きな瞳をぱちくりさせながら、俺のことを見つめている。そんなに見つめられると、居心地が悪い。


「……うんっ!!」


 と思っていると、実幸が満面の笑みを浮かべて頷く。そして、その体全部を使って、ガッツポーズをする。


「私、この国のこと、放っておけないもん!! 頑張って、魔法? を使えるようになるよ!!」

「……うん、その調子だ」

「勉強はちょっと、ニガテだけど……うっ、頑張るっ……」

「ちょっと? だいぶだろ、中学の頃から2桁行けばいい方だったくせに……」

「も、もうっ!! それは……そうだけど……!! 夢嫌いっ!!」

「……ははっ」


 俺は思わず笑う。満面の笑みを、浮かべる。すると実幸も、頬を膨らませていたのが一転、笑い始めて。


「良かった、夢、笑ってくれた」

「……は?」

「あ、いつもの仏頂面に……ううん、ここに来てから夢、ずっと気を張ってるみたいだったから。……夢の笑顔が見れて、私、安心」


 えへ、と実幸は、どこか照れたように笑う。俺はそんな彼女の表情を、驚きつつも見つめていた。


 ……確かに、意図的に笑うことはあっても……こうして心の底から笑うことは、なかったな。……気づかなかった。


 そして、「心配掛けたくない」なんてスカしながら……結局、掛けてるじゃねぇか。


 少し反省しつつ、俺は微笑む。


「……そう言うお前は、いつも笑ってるな」

「うんっ!! 笑ってると、きっと幸せも来るからね!!」

「ジェームズ=ランゲ説か……」

「? 何それ」

「お前に説明しても分からないだろ」

「え~っ!! ……って思うけど、たぶんそうだから、聞かない……」

「はは」


 ちなみにジェームズ=ランゲ説はあれだ。「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」っていう、有名なあれな。


 話している内に、実幸の部屋の前に辿り着く。……ここに着くまでに、だいぶ歩いたぞ……階段も何段踏んだか分からないし、何階分上がったのかすら分からない。流石に、疲れた。

 実幸も疲れていたみたいだが、その横顔は元気そうだった。……ここから、俺のいる下まで……そんな労力掛けて来てくれたんだな。


 ……それにしても、実幸の部屋……俺に与えられた部屋とは、まるで違うな……まず扉の時点から察せられる。傷1つない扉、ドアノブは清潔で光っている。しっかりとした二重鍵。……扉でこれなら、中もすごいのだろう。覗く気はないが。


「夢、泊ってく?」

「俺とお前に万が一は絶対ないと断言できるが、それはそうとして絵面がマズいから遠慮しとく」

「だよね」


 想定内だったのだろう。実幸は特に気にすることなく笑うと、じゃあ、またね!! と俺に告げる。しっかり護衛騎士にも、ありがとうございました~、とお礼も言って。良かった。そこはしっかりしてて。


 実幸が扉を閉めるのを見て、俺は踵を返す。……さて、ここから下に戻る……道のりは長いし、またしょうもないいじめに付き合わされるだろうけど……まあ、行かないことには帰れないからな。


 そう思って歩き出し……俺は、あることに気が付く。

 何故か、実幸の護衛騎士が、付いて来てる。


「……あの?」

「……」


 無視かよ。


「……あくまでこれは独り言だが」


 何なんだ、と思っていると、護衛騎士がふと呟いた。

 なるほど、俺に向けての言葉だと。


「……あの方は、貴様のことについてよく語られている。私には貴様の何がいいのかさっぱりだが……貴様の人の良さも、よく分かった」

「……」

「話は変わるが、あの方は、よく勉学を投げ出す。これから魔物と対峙することもあるだろうに、このままではマズい、と思っていたところだったんだ。……そこを貴様が先程、口添えをしてくれた。きっと貴様の言葉なら、あの方も少しは変わってくださるだろう」


 果たしてそんな単純に行くだろうか……。


「私からの情けだ。1度くらいは、貴様を揶揄する同僚たちから庇ってやろう」

「……そりゃどうも」


 俺は思わず笑いながら、礼を言う。そうだ、忘れていた。


 ……実幸は、頼んでもないのに、周りに対して俺のイメージアップを計るのだ。

 まあ、無意識なんだろうけど。

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