ポーン教団編 第三十二話 祝杯と記憶
目が覚める。
体に力が入らないしあまり思考が回らない。
ここは宿の匂いがする……宿か。
そういや、誘拐されたんだっけ。ん、あれは夢か?今こうして宿にいて目を覚ましてるわけだけど。
「やっと目覚めたー!よかった……」
「やっと?どれくらい?」
「コウシが寝てから三日目かな?」
「三日?まじ?なんでそんな……」
「誘拐されたこと覚えてない?まさか、あの魔法陣で記憶ごと……」
「あの魔法陣?誘拐は事実なのか。なんとなく覚えてるけど、夢か判別できてなかった」
「そっか、そっか。体はどう?」
「んー、ちょっと動かしづらい?力が入んない感じするかな」
「出かけれそう?ご飯食べるだけなんだけど」
「まぁそれぐらいなら」
「よし、じゃあいこっか」
どこに?って聞く前に扉を出てしまった。そんなに急いでるのか。楽しみだったのか?
アイラも戸惑っている。
「ミシア……急ぎすぎ。ゆっくりでいいから、ね?コウシ……」
「お、おう」
こんな歳の離れた他人に心配されるのは変な感じがする。
特に準備することがないせいですぐに出れるようになった。
「アイラ、行くぞ」
「うん」
宿を急いで出るとミシアの姿がみえる。
「お待たせ。これからどこに行くん?」
「そっか、知らないんだもんね。じゃあ秘密で!」
秘密。うざいなぁ。
ミシアの先導について行くと、酒場の前で止まった。
「ここだよ!」
一瞬振り向いたかと思えばすぐに扉をむき、開ける。酒場で食事をすることの何が楽しみなのだろうか。
中には時間帯のせいかそこまで客はいないがここにいなそうな意外な人物が座っていた。
「おや、コウシにミシア、それとアイラちゃん。ようやく目が覚めたのかい。意外と長かったようだね」
「う、うす」
なんの集まりだ?
「すいませーん、遅れちゃって!あ、クラークさんも大丈夫なんですね!」
「あぁ、すまないな」
「いえいえーお互い大変でしたから」
「そうだな。今はそう言うのも全部含めての祝勝会と行こうじゃないか」
「祝勝会?あの、何があったんすか?」
「そうか、君も知らないのか」
も?
「じゃあ教えてから乾杯と行こうか」
ことの発端と真実を全て教えてもらった。
特別な力を持つアイラを保持した教会。アイラが逃げ出したことにより、過激化。追われているアイラを保護したミシアと教団長ラオとの衝突。ラオの敗北とラオの逃走、アイラの奪取。ラオの回復と副教団長べレロによる反撃にて俺の誘拐。
そして、最終決戦、助けを求めたミシアと応えたミトラ、クラークによる襲撃と俺の回収。
それの祝勝会というわけだ。
よく勝ったな。あのべレロという男は相当強かった。
「それじゃ、音頭は主役のコウシにしてもらおうか、な」
「うっし!じゃ、乾杯」
机の上いっぱいに見たことない肉料理がたくさん並んでいてアイラ以外の前には酒が一本づつ瓶で用意されている。
ミトラは予想に反して瓶をすでに二本飲み干しており、顔を真っ赤にしている。
「おい、クラーク!もうメモするな!!うざい!」
しかもベロベロに酔うタイプかい。意外すぎる。
「あの、本当にいつまでメモしてるんですか?」
「あぁ、私は常にこうしなければならないのだ。そういうものだと思っていてくれ」
「飲めって!!おい。ほら。飲ましてやるから口開けろ。」
「うぐっ。ごくっ、ごくっ。何をするんだ」
「何って飲み会なんだからさー。飲まねぇ奴がいたら飲ませるしかないわけ。わかるよな?」
「はぁ。君のそういうところが嫌いなんだ」
「なんか……すごいね……」
「だな。帰りてぇ」
「思っても言わないの。そういえばクラークさんは何をメモしてるんですか?」
「君たちには言ってもいいか。実は私のスキル不可侵への収監は一回使うごとにランダムに一日の記憶が失われるんだ」
「え……何回打ったんですか?」
「二百ほど」
「ランダムってことはどの日の記憶が消えたかわからないんですよね。どうするんですか」
「そのためのメモだ。些細なことまでメモしないといつか全ての歯車が崩れる日がある」
「じゃあ使わない方がいいんじゃないですか」
「私はこれしかスキルが使えないのだ。それに運動も得意ではない」
「それは……」
この国で最強の男も色々と制約があるんだな。
「あ、そうだ。もう言っちゃうか。ミトラさん、逢魔緋色って知ってますか?」
「ふむ……続きを」
これは知ってるってことでいいんだよな。
「スキルを覚える時に本から浮かび上がる文字が読めたんです。そこには緋色の名前があって、スキルを管理するミトラさんと繋がりがあるのかなぁって」
「なんて書いてあったんだ?」
「ま、普通のスキルには特に大したことは書いてなかったすよ。神のご加護があらんことを、的な?」
「特別なスキルには?」
「ミトラさんから渡された解読できない九つのスキルには、全てに『神になれ』的なことが書いてありました。完全に俺に向けてです。俺が知ってるのはここまでなのであなたが知ってる緋色の情報を教えてください」
「なるほど……。そうだな。わかった。緋色とは私の仲間だった。気恥ずかしいから出会いや馴れ初めは言わないが……そうだなぁ、彼の能力について話そうか」
意思疎通できてんなら翻訳系なのか?それとも別に方法があるのか。
「彼は異世界人だった」
知っている。
「彼によると異世界に来る際、自分の考えたスキルをもらえるらしい。そこで彼が選んだスキルは『転写』」
「転写……じゃあ、どうやって意思疎通を……?」
何か方法があるのならこんなスキル取らなかった。
「まぁ待て、彼のスキルは彼の記憶にあるものを適した制約や条件を課すことでこの世に顕現させることができる、という能力だった。彼はそのスキルで様々なものを自分に付与し、最強の冒険者だった。言葉を話せるのも詳しくは知らないが『転写』の応用らしい」
なるほど……『翻訳』の上位互換ってことか。
「最強の冒険者には様々な依頼が舞い込む。その依頼の最中で死にかけていた私を助けて拾ってくれた。その依頼の最中に……私は呪いをかけられて不老の体になってしまったわけだが、依頼が終わり、街に戻ると彼は不老の私に『これから限界がなくなったあなたにはなるべく苦しいことや悩み事がないように生きてほしい。俺が死んだ後でもな。無限に生きるのは生きるだけで辛いと思うから。だから、俺の全てのスキルを本にするからあなたはこれから冒険者にそのスキルを付与してお金をもらってくれ。できるよな』と、言い放った」
金稼ぎか。
「私は戸惑ったが、実際やってみればできてしまった。緋色と私の金を使って図書館を建立した。緋色はそれからの数年間、死ぬまでずっとスキルの本の作成に勤しんだ。彼は途中で死んだしまったから現存できていないスキルもあるらしいが……と、まぁこんな感じでどうだろうか。昔の話だからな。少し脱線してしまったな」
「緋色はもう死んでんだな。あって話したかったが……」
「数十年前にな」
「で、神になれとかそういうのなんか言ってた?」
「うーん、いや、いってないな」
「なんで断言できる」
「その、私は緋色の言葉は全てわすれられなくてな」
「そっか。じゃあ信じる。この話は他に言っちゃダメな?」
「あぁもちろん」
「食った食った。私はそんなにゆっくりしてられない。仕事が溜まっているんでな。ここでお暇とする。君たちはまだ飲んでいてもいいが」
そういってクラークはスタスタとカウンターの奥の部屋に行ってしまった。酒の瓶二本を持って。
「んー、どうする?」
「俺はしたい話もできたし聞きたい話も聞けたから俺はもう満足かな。腹もいっぱいだしもう酒は飲みたくない。ミトラはまだなんかあるか?」
「特に思いつかないな。解散にするか」
「あぁ。今日はありがとな」
そういってミトラを残し、酒場を出る。
「これからどうする?」
「特に用事はないけど街歩く?」
「そうだな」
宿のある方向は別の方を向き、歩き出す。外はもう暗く、人通りは少ない。
あっちの世界でもこの雰囲気とか夜風とかが好きだった。
そんな感傷に浸っているとアイラが俺とミシアの手を持って間に立つ。
「なんか楽しいね!」
教会が焼けたから足枷がなくなったのだろうか。出会ってから最高の笑顔をしている。俺とは別の理由でもこの時間を楽しんでくれてるのは嬉しい。
ミシアもそんなアイラの様子を見て楽しそうにしている。
そうして俺たちは熱が冷めないまま長く短い夜を宿の一室で過ごした。
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