第100話

 「……ではな」

 

 元より用事があって訪れた訳ではないし、バルドゥルも火精霊もまあ元気ではあるようだ。なら吾輩は別の場所を見回りに行くとしようではないか。

 

 「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 だが、すぐにバルドゥルから引き留められる。

 

 「何か用でもあったのか?」

 「ああ、さっき言った待っている人ってのに関係するんだけどな……」

 

 はて? 何の話だ、急にこやつは。

 

 「待っている人……だと?」

 「いやさっき言っただろう! 本当に俺の話を聞いていないんだな、こいつは」

 

 何を怒っているのだバルドゥルは。吾輩ははっきりとそう言ったであろうに。

 

 「はあ……、まあ、その待っている人がもうじきここへ来るんだ。その人ってのが、前に温泉で話した森族の学者なんだよ」

 

 仕切り直してバルドゥルが説明する。何やらこの我慢してやる感のある態度は気に食わんが……まあ大目に見てやろうではないか。吾輩は寛大なタヌキであるからな。

 

 「森族……森族……であるか。……ふむ」

 「なんだ、前に頼んでおいただろう? 力を……いや、知恵を貸してくれって」

 

 森族といえばつい先ほど初めて見たばかりであるが……。まあさすがに関係などないか。この町では珍しい存在であるとはいっても、ここを出れば世界には人間はどの種族もそれなりにいるようであるし。

 世間というのはそれ程狭いものではない。うむ、吾輩らしい含蓄のある言葉であるな。

 

 「なんでもない。まあ良いだろう……茶と菓子はあるのか?」

 「お、おう、助かる! 待ってろ、今とっておきのを出してやる」

 

 慌てて動き出すバルドゥルについて、吾輩も鍛冶屋へと入っていく。まあ何やら難しい話になりそうであれば、またぞろ地精霊を呼んで聞けば説明もしてもらえるであろうしな。

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