第91話

 町を出てすぐの場所にあった泉からさほども離れていないそこは、小屋が建ち、囲いに覆われていた。

 アイラを通して許可を出したから吾輩としては文句もないが、こうして我が物顔で囲い込むのは実に人間らしい。とはいいつつも、事実として掃除など維持管理をされた温泉を享受している吾輩が何かを偉そうにいうのもそれはそれで筋違いではあるが。

 

 「ああ、いらっしゃいタヌキ君」

 「ふむ、ご苦労様、だ」

 

 小屋は入った場所が小さな部屋になっており、管理人が常駐するそこからさらに二つの別の部屋へと繋がっている。そのそれぞれの部屋から温泉側へと出るわけであるが、温泉もまた真っ二つにするように囲いで区切ってあって、オスメス別れて入るようになっている。

 

 この町に来てからは、以前に住んでいた町で夜に見かけたような揉め事は少ないように思うが、それでもここには定期的に武者たちが様子見に訪れるようだ。

 新しいものということで問題が起こらないか警戒しているのか、あるいは視察と称して湯につかるのが目当てであるのかは知らんが……。

 

 「ふぅぅ、良きものだ」

 

 湯につかって目を細める。今は人間どももいないようで吾輩だけで満喫している。

 人間どもと一緒に入るのも悪くはないが、不躾に撫でてくる者が多いと落ち着かんのだ。悪意がない手つきであれば、振り払うのも狭量であるから、上位存在たる吾輩がそのような振る舞いをする訳にもいかんからな。ましてここはくつろぎの場であって暴れる場所ではない。

 

 それはそうと、いつの間にかここの管理人として居ついた人間は良い仕事をしている。元々風精霊の手腕によって心地いい風が吹いていたここは、最初の囲いではそれを妨げていて興ざめしたものだったが、あやつが細かく手を加えてからはそういうこともなくなった。

 バルドゥルに何やら言い含められていたらしく、吾輩に対しても分を弁えた殊勝な態度であるしな。

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