第20話

 『これはタヌキ様!』

 

 ちょうど吾輩が干しイチジクを全て飲み込んだタイミングで声が掛けられる。

 

 「む……そなたは……」

 

 二対四枚の羽を背中に生やした、吾輩の顔よりも小さな人間。姿でいえば、いわゆる天使という存在が近いだろうが、緑色の短い髪とつり目気味な活発そうな顔が与える印象は……。

 

 『あ、僕は風精霊です。この間は自己紹介もできずに済みませんでした!』

 

 そう! 小さな体躯も含めて精霊や妖精といった風情であるな。しかし長野には変わった存在が闊歩しているものだ。かつての住処には人間と動物のほかには妖怪くらいしか見かけなかったものだが。

 ぱたぱたと羽ばたいて空中に浮いたまま、風精霊は器用に頭を下げているが、吾輩が黙っているのが不安になったのか、少しだけ頭を上げてちらちらと様子をうかがってくる。

 

 「何も悪くは思っておらぬから頭を上げてくれ」

 

 そういうと風精霊は素直に頭を上げて、胸に手を当てて息を吐いている。どうやらそれほどに吾輩を畏れていたようだ。

 我ながら二転三転する態度だとは思うが……、やはりあまりに畏まられる方がやりづらいか……?

 

 おお、そうだ。それよりも、あの時はわす……知らなかったとはいえ、すげなくしてしまったことを謝罪しておかねば。

 

 「それはそうと、吾輩の方こそあの時は済まなかった。吾輩は確かにミティア様に属する神獣としてこの地に来たのだ」

 『あ、やっぱりそうなのですね! しかしあなた様ほどの方が僕なんかに謝る必要ないですっ!』

 「……む、しかしだな」

 『僕ら精霊は世界に薄く満ちるミティア様の魔力が、偶然濃くなったところに生じるモノに過ぎません。神の御方々はもちろん、直接お仕えになっている神獣様とは格が違いますから!』

 

 吾輩としては、同じく最高神ミティア様にお仕えする家来仲間くらいの感覚でいたのだが……、…………、………………まあ良いか、甘いものを食べたせいか眠たくなってきたことであるし、本人の好きにさせておこう。

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