第25話 消耗と回復
この試合、間違いなく直史が経験してきた中で、もっとも辛い試合である。
甲子園なども絶対に負けたくないという気持ちはあったが、それとはまた違った方向に圧倒的なプレッシャーがある。
何よりもまず、この試合は直史が経験した中で、最も相手の打線が強力であるということ。
それもただ強力であるというだけではなく、直史を良く知っている選手が多い、ということが辛い。
逆に相手のことを、直史もよく知ってはいる。
しかし知ってはいても、安易に打ち取ることは出来ない。
6イニングで81球という球数は、直史にしては多い。
ただ球数以上に、精神も肉体も消耗する。
本当に、DH制にしておいて良かったと思う。
ただバッターボックスに立つだけでも、充分に疲労してしまう。それがこの試合である。
ベンチに座って、少しでも回復に努める。
ラムネを砕いて飲み込み、ブドウ糖を脳に補給するのだ。
この七回の表、Aチームの攻撃は、五番の小此木から始まる。
そして孝司、鬼塚にとつながる打線の特徴は、粘り強いバッターが多いということだ。
あちらはまたもスーパーエースクラスの阿部が、小川に交代して出てくる。
もう完全にいじめのような継投であるが、まだ本多と武史が残っているのだ。
もっともリリーフをする武史は、それなりに一発病の病に取り付かれている。
延長に入ったら、どうすると言うのか。
試合の趣旨からすれば、直史が続投するのは決まっている。
ただ120球以上も投げて、ヘロヘロになっている直史を打って、それで勝ったと誇るのは、あまりにもアレである。
「回復の時間を作れよ」
前のバッターの孝司にそう言って、鬼塚はベンチ前でストレッチを行う。
なんだかんだ言いながら、どちらもまだ無失点で、さほどのランナーも出ていない。
少しは時間を経過させてでも、観客から文句は出ないであろう。
注目されているのは、直史と強力打線の対決が主なもの。
そしてボールがドームの天井に当たったりと、変な意味での見所はそれなりにあるのだ。
小此木は昔から、直史の大ファンであった。
それが同期のドラフトでレックスに入り、こんな偶然があるのかと思ったものだ。
そしてこの試合も、いわば直史のために、Aチームに入っている。
小此木の現在の打力からすれば、Bチームのバッター交代で、直史と対戦する機会もあったのかもしれないのに。
そのバックを守ることが出来る人間すら、選ばれたものである。
外野にはメジャーリーガーが二人もいて、あちこちにベストナインやゴールデングラブを獲得した選手がいる。
最後のピッチングを見守るのに、セカンドというのはうってつけのポジションではないだろうか。
おそらく悟もそうなのだろう、と小此木は思っていたりしている。
もっとも悟は、どうせ同じチームに緒方もいるのだから、もしもあちらの代打が切れたら、チーム交代して一打席ぐらい打ってもいいのでは、という誘惑に駆られている。
とりあえず今は、一点を取りたい。
一点あれば大丈夫。
レックス時代にも散々に歌われた、直史のピッチングを象徴する歌詞だ。
まったくもって、1-0で勝負を決めた回数が、歴代で一番多いのではなかろうか。
そんなことも思ったりするが、実のところは二点や三点は、味方も取ってくれることが多い。
ただMLBでターナーが怪我をしたシーズンなどは、それなりに多かったのか。
実はそのシーズンは、途中でクローザーとして移籍したため、1-0の試合は二度しかなかったりする。
実は直史は、その数少ない敗北した試合においても、1-0で負けたということはないのだ。
高校一年の夏は2-1であるし、秋は交代した後の敗北。
春は3-0で負けているし、その後は無敗。
大学時代も負け星がついた試合はなく、プロ入り後も大介に打たれて負けた試合は3-2という数字であった。
つまり直史は、1-0で勝ったことはあるが、1-0で負けたことはない。
これだけ防御率が低いのに、逆にこれは不思議なものである。
(一点取れれば!)
そう思って食らいついた小此木であるが、結局この打席もショートゴロに終わった。
あんなに深く守ってたのに、余裕で一塁送球が間に合うあたり、大介のダッシュ力と肩もチートである。
孝司としてはこの試合、一応樋口にトラブルがあった時のための、控えのキャッチャーのつもりでいる。
だからこそまず怪我をしないであろう、DHに入っているのだ。
本当ならピッチャーの蓮池よりは、ファーストを守った方が良かったであろう。
だがいざとなった時に、キャッチャーを務める者が、いなくなっては困る。
本当にいなくなったら、Bチームの控えキャッチャーをこっちに回してもらうのだろうが。
そんなわけで孝司は、バッティングでどうにか貢献したい。
現在はライガースで正捕手をしているが、キャッチャーというのは潰しが利かないポジションだ。
いざとなればブルペンキャッチャーなどという選択もあることはあるが、まだ現役でしがみついていたい。
プロ野球の引退年齢の平均は、どうにか超えることが出来た。
だが正捕手であるというのは、どのチームであっても、それなりの年俸が出るポジションなのである。
既にある程度は、若手とスタメンを分け合うこともある。
だがまだまだ譲る気のない孝司としては、ここでバッティングでもアピールしていきたいのであった。
赤鬼と青鬼。
シニア時代、孝司と哲平はそう呼ばれていた。
赤尾と青木なので、まさに異名としても呼びやすいものであったろう。
二人は同じ高校に進学し、そして五度甲子園に出場し、三度の優勝と一度の準優勝を経験している。
そして高卒でプロ入り後、順調に一軍のスタメンも経験したが、球界を代表する選手とまでは言われることはなかった。
だがそれでもプロの年俸だけで、一生を食っていけるだけ稼げそうなので、充分に成功者と言っていいだろう。
打診は受けたのは二人ともである。
直史も大介も、出来るだけ身内と呼べる関係者で、この壮大な草野球を成立させたかったのだ。
そして孝司は承諾し、哲平は辞退した。
これは哲平の方が、状況が厳しかったからであり、他意はない。
しかしテレビでその姿を見ていると、懐かしい感覚を思い出す。
中学時代、いや、小学生の頃か。
いずれはあそこに行くのだと思って、甲子園の試合を見ていた。
今、哲平の心には、それと似たような感情が浮かんでいる。
甲子園という大コンテンツに似たような、巨大な魅力がその舞台にはあった。
(あんな選手が出るなんて、あと半世紀はないよな……)
むしろ今のルールでやる限り、二度と出ないような気もするが。
自分のキャリアを捨ててでも、あそこに行くべきであったのだろうか。
このオフで万全に鍛えてキャンプに臨まなければ、下からの突き上げに負けるかもしれない。
ただそんな自分の、自分のためだけではないエゴを捨ててでも、あの舞台に立つべきではなかったか。
(ようつべにでもこの件、流したら受けるかな)
だがプロ野球選手は、現役帰還は選手として評価されなければ、他のところで人気を取ったとしても、本末転倒であろう。
戦友であった孝司のことを、うらやましいとは思う。
だがそれは、今さら後悔などしてはいけないことなのだ。
ファールで粘ったが最終的には外野フライで打ち取られた孝司。
そしてツーアウトから、バッターボックスに入るのは鬼塚である。
(俺がやるしかないよな)
ベンチの直史は、明らかに消耗していた。
大介を打ち取るのに、それだけの集中力が必要だったのだろう。
実は頭脳派である鬼塚は、野球がどれだけ頭脳を使うスポーツか、正しく認識している。
高校時代、セイバーから短期間では教えを受けて、それから秦野なども戦術的なことを教育した。
そして理解すればするほど、直史のやっていることがどれだけ人間離れしているか、理解していっているのだ。
ピッチャーも高校時代まで、投げていた鬼塚だから分かる。
人間にはあんなコントロールは出来ない。
単純に技術的な問題ではなく、メンタルの問題として。
それを実際にやっている者を見ているから、その偉大さがよく分かるのだ。
ジンもそうであったが樋口も、よくこんなことが可能だな、と同じ人外集団なのではないかとも思う。
ただ計画を立てるのと、その計画を全くブレなく達成するのでは、やはり後者の方が圧倒的に凄い。
そしてそんな直史であっても、この打線を相手にしては、消耗していくのは確かなのだ。
次のBチームは、先頭がブリアンから始まる。
そしてターナーで、西郷は三打席目は代わるはずだが、果たして誰が出てくるのか。
(血縁だし、大山かな?)
直史たちと同年の、桜島の主砲。
あの年のドラフトは、とにかく大介が全球団一位となる可能性まであったが、その外れ一位として東北に入った。
同じパ・リーグであったので、鬼塚もかなり接触があった。
現在でも東北で、四番を打っている強打者だ。正直なところ鬼塚と比べると、バッターとしてはかなりの差がある。
鬼塚は自分の長所を、正しく認識している。
それは走攻守がバランスよく揃ったところ、などではない。
確かに盗塁も含めて走塁の判断はいいし、バッティングも時折上位を打つし、守備力も外野ならどこでも守れなくはない。
ただそれ以上に自分の長所だと、胸を張って言えるところ。
それは泥臭いまでの、諦めの悪さだ。
プロ入りしてすぐ即戦力、などとなるとは思っていなかった。
むしろ鬼塚は成績も良かったので、高校で野球を辞めてもよかったのだ。
大学ではまさか、鬼塚のようなところを受け入れてくれるところなど、あるはずがなかったので。
それでもプロに指名されて、己なりの野球をやっていくことが許された。
ただ我武者羅にやるのではなく、正しく決められたトレーニングを、しっかりと行っていく。
タバコも酒も、シーズン中は絶対にやらず、オフにもしっかりと自主トレを行う。
そういった姿を見ていた女性スタッフが、嫁さんになってくれたりもした。
鬼塚はその外面に合わず、とてもストイックな選手であるのだ。
(つまり、ここでの俺の役割は)
直史が回復するまで、粘るということである。
もしもホームランが打てるなら、それは狙っていくべきであろうが。
狙って本当にホームランを打つなど、ほとんどの選手には無理だ。
ただ鬼塚は、全打席ホームラン狙いの大介や、打つべきときに打つ織田を知っている。
そういう特別な選手とは、自分は違うのだ。
献身。
それが鬼塚の、今の役割である。
鬼塚の現在の能力として、確かに他の選手と比べても、明らかに優秀な点。
それは出塁率とOPSである。
打率は三割には届かず、首位打者など遠い夢。
また長打にしても、年に10本もホームランを打てば、かなり上々の出来である。
しかし追い詰められてから、ファールなどでカットをして、どうにかフォアボールなどで出塁する。
その能力が高いために、OPSも良化しているのだ。
どんな場面でも、基本的には泥臭く粘り強い。
そんな自分を、鬼塚は気に入っている。
(阿部のやつも、容赦ねえな)
1イニングごとの交代で、先発ピッチャーが全力で投げてくる。
普段はペース配分を考えている先発ピッチャーが、本気で1イニングを抑えにくるのだ。
もちろんスロースターターは、逆にそういった場面には不適切だろう。
武史などは序盤、それなりにヒットを打たれる。
阿部も本来は先発で、七回ぐらいまでは普通に投げるタイプなのだが、それでもここでは全力で投げてくる。
鬼塚としては必死である。
雑草魂ここにあり。
鬼塚はそんなことを言うこともあるが、他の選手に言わせれば、鬼塚は雑草ではなく野草である。
しぶとく、その場所に命を咲かせる。
花壇や農地の、他の植物の邪魔などはしないのだ。
まさに一人で、その場で生きている。
本人の認識はともかく、周囲の評価はそのあたりだ。
ツーストライクまで追い込んだが、そこからがしぶとい。
最終的にはフルカウントとなり、さらに粘っていく。
15球目にして、ようやくサードへのファールフライで決着。
しかし間違いなく、自分の長所を活かした鬼塚であった。
ベンチ裏のダグアウトで、武史はその様子を見ていた。
相変わらずだなあ、と思う武史であるが、鬼塚は本当にしぶとい。
それはこの試合のこの打席だけのことではなく、野球に関する全てのことと言っていいだろう。
初めてあったあの日、ツインズにフルボッコにされて、自分なら野球部からは逃げ出している。
だがそこから粘ったのが、今の鬼塚につながっている。
今年は33歳のシーズンであるが、一軍で10年以上もほぼスタメンという選手が、果たしてどれだけいることか。
身体能力頼みの選手であれば、このあたりの年齢で、引退が見えてくる。
だがあの戦友は、まだまだ現役で働けることを、己自身のプレイで証明している。
上位打線ではそこまで警戒するわけではないが、下位打線にいるとものすごく厄介な選手。
鬼塚はそうやって、相手にもプレッシャーを与えるのだ。
「俺もやるか~」
武史はじゃんけんで負けた結果、九回のピッチャーを担当している。
スロースターターとして有名なので、五回あたりからブルペンには入っている。
もしも、この試合が九回までに終わらなければ。
おそらく単なる引き分けなら、直史も大介も継続するだろう。
その時、Bチームは誰が投げるのか。
まだ数人ピッチャーは残っているが、自分が投げた方がいいのではないか、というぐらいの自負は武史にはある。
上杉が再登板、というのも草野球なのだからあってもいい。
ただ一度マウンドを降りてから、また肩を作るのは、上杉にとっても酷であろう。
エース級の次には、クローザーが並んでいる。
その中でも毒島には、先に投げてもらっているが。
自分に任されたのは、たったの1イニング。
それでもAチームに入っていれば、直史の予備となるしかなかった。
ブルペンで武史のボールを受けるのは、そろそろ引退も考えている武田。
バッティングの方は問題はないのだが、キャッチャーとしては膝や腰など、あちこちの限界が近い。
DHで打順に居座るなら、外国人選手の方がいいだろう、というのが他からの評価である。
武田と同じ年代、黄金世代と言われたメンバーも、ずいぶんと引退した者が多くなってきた。
その中でいまだ、MLBで一線クラスの織田や本多などは、さらに飛びぬけているのであろう。MLBには行かなかったが、西郷も突出した存在だ。
思えば上には上杉が、下には直史と大介がいたのに、それでも突出した世代であったのだろう。
あの時代の数年間は、上杉から始まって間違いなく、選手のレベルが上がっていた。
実際に海外と比べれると、初めてのU-18ワールドカップ優勝を果たしたのが、自分たちの世代プラス、一つ下の三人である。
その三人はまさに、この試合においても主力となっている。
とてつもない密度の時代であったのだ、と今ならば分かる。
そして中心となっていたのは、上杉と大介。
自分からは入り込もうとしなかったものの、入ってしまえば一気に全てを塗り替えたのが直史。
一番あとからやってきたのに、去るのは一番早い。
しかしたった七年間の実働で、200勝を達成というのはなんなのか。
明らかに常識の言葉の意味が、直史は違うのだ。
もっともそれは、上杉と大介にも言える。
控えのキャッチャーであるとはいえ、単なる観客ではなく、舞台に立つ一人となった。
福沢が三打席目で代打を出されるのだから、そこで自分はキャッチャーとして入るのだろう。
ただそうすると、もう少しランナーが出るか、延長に入ってくれないと、自分の出番が回ってこない。
(マスクをかぶったとしても、こいつと組むわけになるのか)
武史とはリーグも違ったため、組むことなどほとんどなかった。
そもそも武田は、キャッチャーとしては超一流の域にまでは達せなかった。
それでも今年35歳のシーズンで、一軍キャンプに合流予定なぐらいは、この世界にしがみついている。
ペースを上げていく武史に、そのストレートをキャッチする。
既に球速は、軽く170km/hに到達していた。
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