シンのギター4


「コハル、声をかけてみたら違うのやろうけど声をかける気にならへんかったわ」


「そうやな。朝一やしな。ただの冷やかしに思ったのかもしれんな」


「朝一や言うてももうお昼やけどな」笑


「そうやな」


「コハル。クレープ食べようや」


「そうやな。何にしような」


「俺イチゴのホイップクリームにするわ」


「じゃあ私も同じのにするわ」


「うん。おそろやな」


「うん」


「すみません。八番を二つください」


「はい、ありがとうございます。千二百円になります」


「はいどうぞ」


「ちょうどいただきます。ありがとうございます。少々お待ちくださいね」


「コハル、この店員さんみたいにすっと話せる雰囲気をまとう事が出来たら

マーティンの売り上げも上がるんやなかろうか」


「そうかもしれんね」


「お待たせしました」


「ありがとう」


近くのベンチに二人で座り食べ始めた。


「シン、おいしいなぁ」


「そうやなぁ。久しぶりやな、こんなん食べたの。うまい」


「うん。シンこれ」


「うん、どないした。あっ!」


「んんんーっ」


「コハルさんちょっと恥ずかしいかもしれんで」


「んんんーっ」


「わかったわかったよ。その唇についたクリームを俺に取れと言っているわけやな」


「うんうんうん」


「しかも口で取れって言ってるわけやな」


「うんうんうん」


「ちょっと待て。人通りが減ってからな」


「ンンンンーッ」


「はい。ペロリンコ」


チュッ。


「シンありがと。すごく愛情感じましたよ」


「そらよかったです」笑


「子供が一緒に居ったら出来へんな」笑


おいしいクレープを二人で堪能した後また次の目的のお店に向かって歩き始めた。


「次はこっちやでシン」


「うん。小野楽器やな」


「うん。ここは新品も中古も置いてるから触らせてもらえると思う」


「うん、しかしお店との相性なんか、人との相性なんかよくわからんことで俺は動いてるんやろか」


「まあそうやで。私らも相性が良かったからくっついたんやし、そもそも私がシンの事が気になったからやんか」


「そうやな。俺はナイスバディでもないのにな」笑


「そんなこと無いで。シンは服を着たらわからんけど結構筋肉質やからな」


「そうなんかな」


「最近は引き戸の枠に棒を取付けて懸垂してるやん。だから胸が大きくなってきてるで」


「そうか。わかるか」


「だっていつもシンの胸で眠ってるねんから」


「うひょぅ。ドキッとするわ」


「華奢やったシンがたくましくなるのは私はうれしいねんで」


「そうか。そない言ってくれたらやりがいあるわ。ありがとう」


「うん。さあ着きましたよ」


「ちょっと薄暗い感じやけどエレベーターで3階やな。狭いエレベーターやな」


「そうやな。チューしよかと思ったら監視カメラで映ってるわ。やめとこ」


「チーン。着いた」


「シンなんやチーンって?」


「エレベーターって目的の階についたらチーンって言うやろ。これは言わへんかったわ」


「そうなんや。色々あるな」


エレベーターのドアが開いた。


「そうやな。おおっ。ギターだらけや。こんなちょっと雑然とした感じは好きやな」


「そうやな。落ち着くな」


「うん。さあ見て行こう」


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「うわっ。ああ、びっくりした」


「すみません。大丈夫ですか」


「はい。大丈夫です。マーチンとテイラーのミニギターをみにきたーんです」


「シン、やめて!」


「ああっ。お客さんすごいっすね。そんな高度なダジャレ初めて聞きましたよ。すごいです」


「ありがとうございます。笑  コハル。褒めてくれたぞ!」


「シン、わたしゃどない言うてええのかわからんわ」


「いやいや。すごいですよ。仕込んでたんですか?」


「いや。今思いついたんです」


「素晴らしいです。感動しました」笑


「ありがとうございます。さあ帰ろうか」


「えっ!」「えっ!」


「ああ、冗談です。しかもコハルもびっくりしてるし」笑


「本当にびっくりしましたよ」笑


「ごめんなさい。ちょっと調子に乗りました。僕、体が小さいので自分の体の大きさにあったアンド音の良いギターを探していまして」


「ああなるほど」


「彼女のギターは大きすぎるし二十年くらい前に買ったギターは音が響かないんです」


「そうですか。では先ほどマーティンとテイラーとおっしゃいましたのでお持ちしましょう。こちらでお待ちください」


「はい、ちなみにこれ触ってもいいんですか?」


「どうぞ。触ってみてください」


「ありがとうございます」


「シン、期待できそうやな」


「そうやな。対応はいいな。でもこのギターはなんや重りが入ってるみたいで重たいわ」


「ああ、エレアコっていう奴やな。ライブとかでアンプにつないだら大きな音で演奏できるねん」


「そうなんや。俺には必要ないな」


「シン、いつかはやで」


「そんなん考えられへん」


店員さんがギターを探して持ってきた。そしてチューニングを始めた。


「できました。まずこちらからどうぞ。これはテイラーのGSminiというギターです」


「はいありがとうございます」


GコードC、Emなんかを織り交ぜてじゃかじゃか引いたりアルペジオで弾いてみたりした。


「コハル。音の広がりが全然違うなぁ。すごいなぁ」


「ほんまやな。ミニギターとは言え本格の音がするな。それにむちゃくちゃ小さいわけでは無い」


「お客様こちらがリトルマーティンと呼ばれるものです。どうぞ」


「これはまた小さいな。ヤマハのJR2くらいの大きさやな」


またまた弾いてみた。


「これもいい音がするな。でも低音の響きがちょっと弱い気がする」


「シン、その通りやで。小さなギターはどうしても低音が弱くなるんや」


「そうなんや」


「私の友人はこれで路上ライブしていますよ」


「そうなんですか」


「これは持ち運びに便利で気楽に取り回しできるのと音がいいと言ってました」


「そうなんですね」


「路上ライブかぁ。長い事してないなぁ」


「お姉さんの方がお詳しい感じですか」


「うちの嫁さんやねんけどギタリストですねん」


「そうなんですか。こんなおきれいなギタリストの方を見たのは初めてですよ」


「まぁ。そんなこと言われたら恥ずかしいですよ」


コハルはまんざらでもない顔になっていた。


「奥様もちょっとお弾きになって見られてはいかがですか」


「いや、今日は旦那に付き添ってきただけですので」


「そうですか。聴きたかったなあ」


「コハル何か弾いてみたら」


「シンがそない言うなら弾いちゃおうか」ちゃんちゃらんちゃんちゃらーん、ちゃららららーん。キュッ。チャラララーン。キュッ。


コハルはもう一つの土曜日を弾いた。


「おーう。素晴らしいです。私も多少弾きますけど全然違います。感動しました。ありがとうございます」


店員さんがみんなで拍手してくれた。


「なんかこの後って俺弾きにくいなぁ」笑


「そうやろ。だから付き添いで来たって言ったのに、弾いてみたらなんていうから」


「ほんまやな。まあでもいいギターってのはよくわかったわ。浜省って知ってますか?」


「知ってますよもちろん」


「浜省をやりたいと思っているのでやはり低音大事ですよね」


「そうですね。マーティンよりも響きますからね」


「もしカードで払えるのなら買いますけど」


「もちろん大丈夫ですよ」


「コハルどう思う?」


「うん。いいと思う。ちなみにお幾らなんですか?」


「はい。定価で十七万円ほどするギターですがこれは中古なんです。

それに多少ぶつけた傷もありますので七万七千円のお値段となります」


「そうですか。ちなみにマーティンのほうは?」


「マーティンは六万円ですね」


「それなりのお値段はするのですね」


「そうですね」


「シン。じゃあテイラーで行くか!」


「そうやな。コハルが弾いたおかげで俺もコハルが奏でるような音を出したいって思ったからな。

ほんでこんな本格のギターは生まれて初めてやからうれしいねん。頑張れそうな気がする」


「ありがとうございます。ではこれでよろしいですか?」


「はい。お願いします」


「すみません。これってよく見ると弦に錆が出ていますよね。交換してもらえるんですか」


「ああ。もちろんです。すみません。交換させていただきますので」


「よかった。ではお願いします」


「コハル良く気が付いたな」


「そらそうやで。音も変わるし見たときにすぐにわかったし」


「そうなんや。すごいなプロは」


「シン残念ながら今はプロではないのよ」


「いやいや。一度はギター一本でご飯食べてたんやからプロやで」


「いや、一本では食べてへんで。実家に居るんやから」


「そういう事なんか? 引退届か何か出したんか?」


「そんなんないけど」


「じゃあいいやん。コハルは俺の先生やからすごいねんからな」


「うん。シンありがとう。いつか一緒にステージに立ちたいね」


「それは気が進まんけどもしうまくなれたら一緒に立つものええかもな」


「うん。シンならできると思うよ」


「まあがんばってみるわ」


店員さんが弦の張替えを始めた。


「コハルあとな、弦の高さって自分で調整するらしいやん」


「私は知り合いの人に頼んだけどな」


「このギターに合うサドルっておいてますか?」


「ありますけど、ご自分で削り出しますか? 結構大変ですよ」


「大丈夫やと思います。挑戦してみますよ」


「そうですか。ではこれで行けますので」


「はい」


「ではお会計いたします。これとこれと足して消費税を足して合計七万七千七百七十七円です。おおっ!オールセブンや。これは珍しい。

もしかしてご主人値段見て仕込みましたか?」


「そんな器用なことはできません。足し算苦手ですさかいに。しかしすごいな。何かしらいいご縁やったんやろうね」


「そうですね。こんな事多分初めてですよ」


「じゃあカードでお願いします」


「はい。こちらに暗証番号をお願いします」


「はい」ピッピッピッピッ。


「はい、お支払い完了しました。ありがとうございます。こちらは純正のソフトケースが付いておりますので持ってきますね」


「はい。お願いします」


「お待たせしました」


店員さんがケースにギターを収めた。


「背負って行かれますかそれとも手でお持ちになりますか?」


「背負っていきます」


「はい、ではどうぞ」


「ありがとうございます。じゃあコハル行こか」


「うん。ありがとうございました」


「ありがとうございます」


店員さんがエレベーターの前で最敬礼をしてくれた。





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