第8話 正しい歯磨き粉の位置は……どこだろう
「うわぁ。引っ越した当時みたいだわぁ」
大平有希は、俺の性癖グッズを探しながら掃除をしていたみたいだが、残念。昨今の男はスマホで全部済ますのが主流。ベッドの下にAVだの、国語辞典のカバーにエロ本だのという平成の名残みたいな行為はしないのさ。今時のエロは全て電子機器。ありがとうスマホ。この世に生まれてきてくれて。スマホは性癖の神だ。
「ふふん。どうです? 私のメイド力は?」
こちらの弱みを握るのを諦めて、掃除特化に切り替えた大平有希は大きな胸を張り、自慢気に聞いてくる。
「普通に凄いわ。ほんと、すごい」
「そうでしょ、そうでしょ」
高い鼻を更に高くして、嬉しそうに言ってのける。普段、生徒会長として背筋を伸ばして凛としている印象が強いため、案外こういう少女らしい一面もあるんだなと感心してしまう。
「さて、次は──」
ぎゅるるる。
俺の腹の虫が8畳の部屋に響き渡った。掃除をして綺麗になった部屋なので、こちらの腹の虫がアリーナ並みにクリアに聞こえてしまう。
その音を聞き逃さなかったミニスカメイドは、クスリと小さく笑ってみせた。
「お腹空きました?」
「だな」
別に俺は腹の虫が鳴った程度で恥じらいを覚えるように育てられていないため、平常心のままスマホの画面に目をやる。
12:37と表示された時刻は、彼女が来てから1時間が経過したことを教えてくれる。
というか、あの汚部屋を1時間で掃除できるなんて、この人のメイド力えげつないな。
「んじゃまぁ、コンビニ飯でも買って来っかなぁ」
うーんと伸びをしながらベッドから立ち上がる。お昼ご飯に丁度良い時間帯である。
「ダメです」
俺の提案を速攻で却下するメイド様はため息を吐いて呆れた物言いで申してくる。
「せっかくメイドがいるのにコンビニ飯だなんて、あなたは何を考えているのですか?」
「コンビニ最高じゃない? 種類は豊富。調理はレンチン。簡単便利色褪せない」
「仰る通り、コンビニのご飯は日に日にクオリティを上げているのは確かです。私もお世話になる時がございますので大きく否定はしません」
ですが、とインテリ風な物言いで論破する雰囲気を醸し出して来る。
「やはり、栄養バランスや食品コストを考えた場合、コンビニ飯が最高とは言い切れません。それよりも」
言いながら右足を軸にフローリングの滑りを利用して綺麗な回れ右を披露するとスカートが、ひらりと靡く。その際にお約束のパンチラが見えた。
自分がパンチラしているのに気が付いている様子はなく、上半身だけ振り返って、ドヤ顔で言い放ってくる。
「メイドの手料理を振る舞ってあげましょう」
「おおー」
つい拍手をしてしまった。
メイドの手料理。女子の手料理を食べれる日が来るなんて思いもしなかった。
姉も妹もいない男兄弟の弟の俺は、女の手料理といえば母親の料理しか食べたことがない。
もちろん、母親のから揚げは大好物だし、なんの文句もないのだが、やっぱり同世代の女の子の料理というのは堪能したい。
それも美少女。
妖精みたいな女の子。
しかもメイド。
これ以上ない属性の持ち主の手料理とあれば、舌も喉も腹も、まだどんな料理かすらわからないのと関わらず、喜びを感じている。
彼女は少しだけ鼻息荒く、気合を入れてリビングを出ていく。
出て行くと言っても、扉を開けた先がキッチンとなっている。リビングとキッチンの間にある小さな隙間。そこに1人暮らし用の小さな冷蔵庫がある。彼女がしゃがみ込み、冷蔵庫のドアを開けた。
「……」
ドアを開けて少し固まる彼女へ、冷蔵庫の開けっぱなしは電気代の無駄だぞ、なんて声をかけようとした時だ。
「なんですか!? この冷蔵庫!」
「コンパクトで可愛いだろ? 今流行りのオシャレ系冷蔵庫」
「わぁ。色も豊富で可愛いー♡ 他にどんな色があるんですかぁ?」
バンッ! と勢い良く閉まるドア。
「じゃないですよ!」
意外とノリツッコミとかするんだな。
「中身の話です! なんで食材がなにもないんですか!? てか!」
こちらに会話のターンを回さないように、マシンガンのように勢いよく放つ言葉と共に、大平有希は手に持っているチューブ状の何かを俺に見してくる。
「なんで冷蔵庫に歯磨き粉!?」
「え? 歯磨き粉のベスポジって冷蔵庫じゃないの?」
「歯磨き粉のベスポジは洗面台です! てか、夏は良いですけど冬は寒いでしょ」
「俺さ、夏でも熱い豚汁好きだし、冬でも冷たいざるそばが好きなんだよね」
唐突な食の話題にも関わらず彼女は、「あ、それ、わかります」と肯定的な返しをしてくれた。
「夏だからぬるい豚汁よりも、グツグツに煮込んだ豚汁が良いですし、冬でもキンキンに冷えた麺つゆで食べるざるそばって美味しいですよね」
「なんだ。大平も同じじゃん。だったら冬に冷えた歯磨き粉使ってみ。俺、知覚過敏だけど結構ハマるぞ」
「ええー。やってみようかな……」
言いながら大平有希は歯磨き粉を冷蔵庫に戻した。
「じゃないんですって! もぅ」
「何を、ぷりぷりしているんだよ」
なぜか怒っている彼女へ問うと、彼女は立ち上がり俺を睨みつけてくる。
「普段何を食べているんですか?」
「俺の今のおかんはコンビニさ」
答えると、額に手を当てて大きくため息を吐いた。彼女の吐いた息が俺の手の甲にまでやってきて少しくすぐったかった。それくらい大きなため息だった。
「汚い部屋といい、自炊しないといい……。1人暮らしをなめているのですか?」
「なめちゃいないけどな。男の1人暮らしなんて大体こんなもんだと思うぞ? 知らんけど」
「わかりました」
今の会話で何がわかったのかわからないが、それを聞ける雰囲気ではない。
「冷蔵庫の残りの食材で適当に作ってあげようと思いましたが、考えが変わりました。守神くん。あなたに自炊の良さを教えてあげます。付いてきてください」
颯爽と玄関に向かう彼女の背中に問いかける。
「どこへ?」
「買い出しです」
「俺も?」
「あなたの食べたいものを聞きたいので来てください。もちろん、あなたに拒否権はありませんのであしからず」
セリフだけ聞けば傲慢なメイド様だが、要は俺の好きなもの作ってくれるってことだもんな。若干ツンデレなメイドなのかな?
「そりゃ良いけど」
「良いけど。なんです?」
「その格好で行くのか?」
指を差してミニスカメイドの格好をしてやる。
「そりゃ似合ってるし俺は別に良いんだけど。仮にも生徒会長なんだし、あんまり目立つ格好はやめた方が良いんじゃない? ほら、例外を除いてウチの学校はバイト禁止だし。バレるかもよ」
「くっ……」
唇を噛んで悔しそうにしている。この人、本当にメイド服が好きなんだな。
「着替えてきます。少々お待ちください」
彼女は背中から悔しさのオーラを放ちながら、俺の部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます