第79話中原巴の修行1

 私は立花銀雪が宿泊しているホテルに向かった。

 駅前のホテルなのだが、特別良いホテルのようで一泊で10万以上する部屋もあるとネットに書いてあった。



「あら何の用? アタシこのあと飲むつもりだったんだけど……稽古でも付けて欲しいの?」 


「その通りです稽古を付けてください」



 ラフな私服姿で私を出迎えた立花は、酒と香水が混じった匂いがした。



「まぁコータローには、パーティーメンバーを与えてあげようと思っていたから丁度いいわ。じゃぁ早速ダンジョンに行きましょうか?」



 酒が入っているとは言え相手は、第一線で活躍する探索者だ問題はないだろうと判断して彼女の後ろを付いて行く……


 夏とは言え吹き抜ける夜風は、昼間に比べれば幾分か涼しい。

 立花銀雪かのじょが止まっているホテルから、駅前にある広場を通り抜け、移動しているためか吹き抜ける生暖かい夜風でも気持ちよく感じる。



「ねぇそう言えばなんで強くなりたいの?」


「元々は薙刀が好きだったからです。今は……彼に命を助けれて彼の側に居たいから……そんな理由じゃ駄目ですか?」


「ダメって事はないけど、コータローほど強い意思は感じないかな……コータローの妹さんは奇病を患っているの……『魔力結晶化による魔力欠乏症 M D M C 』を発症していてステージ4……離れた部位への転移が確認されていて、ステージ5になれば魔石が体表あるいは臓器を覆う事になってしまうの……若年性のガンをイメージして貰えれば分かりやすいかしら……」


「『魔力結晶化による魔力欠乏症 M D M C 』って指定難病ですよね……」


「そうそう。アタシも伝手を頼って調べてるところだけど、完治の報告があるのは上級以上の回復薬ポーションを飲ませたときだけ……腕のいいドクター達が治療法や延命法を模索してるけど何時までもつやら……」


回復薬ポーションは、最下級、下級、中級、上級、最上級、特級と格があって最下級が切り傷を一瞬で治す程度から段々と強化されていく……最初は数万の最下級でも特級まで届けば時価になる……あの子が欲しいのは状態異常回復薬キュアポーションだから数千万~一億ぐらいなんだけどね……」


 あっけらかんと説明する。


「だったら……」



 私の言葉を遮ったのは、先ほどまでのどこかのほほんとした雰囲気とはかけ離れた。凍て付くような冷たい雰囲気だった。

 彼女は淡々と告げる。



「貸してあげればいいって?」



 そうだ。

 その通りだ。

 あなたほどの探索者なら、何本か持っていても不思議ではない。

 市場価格ではなく、探索者の買戻し金額で売ってあげてから金を取り立てればいいのに……私は思考を巡らせ言葉を離せずにいる。



「……」


「バカを言わないでよ。アタシだって数千万は大金よ……コータローにだっておいそれとは貸せないよ。まぁ貸すって冗談で行った事はあるけど断られたよ。どうしても必要になったら貸してくださいって言われ。アタシにはムダなプライドに見えるけど……そっちの方が強くなれそうで、むしろいいとは思ってる」



 この戦闘狂バトルジャンキーの視界には、興味のある人間しか映っていないのだ。

 興味のある対象を通してしか世界が見えていないんだ。

 だから“可哀想”とか“哀れみ”の感情を一切、コータローの妹に向ける事なくただ。

 コータローが頑張る為の“モチベーション”としか見えていないのだ。

 私は、立花銀雪カノジョの本質を知って震える。

 まさにエゴの塊のようなパーソナリティーだ。



「……」


「そう言う激情と言うか身を焦がすような野望があれば問題ないけど、惚れた晴れたでは少し弱いかな……まぁでもトモエちゃんは見込みがあるし、……最近読んだマンガにこんなセリフがあったんだ……

『Aコース……ありとあらゆる苦痛を全身で体験する悪魔も泣き叫ぶようなハードトレーニングでしかも効果と命を保障できない。

Bコース……寝て起きたら最強になってるさてどっちのコースがいいかな?』ってさぁどっちがいい?」



 そう言った立花銀雪の口元は三日月のように吊り上がっていた。


聞いていた通り彼女の中の判断基準は、好敵手足りえるかどうかでしかないんだ。そして今彼女は、私を好敵手足りえる存在として認め、育ち刈り取る未来を想像し悦に浸っているのだ。


 私は生唾をゴクリと嚥下すると、汗の垂れるのも気にせず震える声で答えた。



「Aでお願いいたします。楽をして辿り着いた境地に何の意味があるでしょう?」


「いいねセンスが私とそっくりだ。大丈夫女の子を指導する時は回復薬ポーションは惜しげもなく使うと決めている。トモエちゃんはコータローみたいな逆境を乗り越えた経験が少ないからかなりきつめで行くよ……」



 こうして私はダンジョン潜るのでした。



「トモエ、動かないでね……動くと頬かおっぱいが切れるわよ?」



 ――――とあまりにも一方的な宣言をすると、師匠が真っ向に振り下ろした白刃が眼前……約20㎝を通過する。



「――――くっ!」



 と言う本能的な恐怖に思わず目を閉じる。

 だが……



「コラ! 目を閉じない。技術はあるのは聞いてるしそれを試すのは、夕飯を食べたって言うからまた後日に回してるのに……目を閉じちゃったら先に進めないじゃない……」


「いいですか? 反射的に目をつぶる行動は瞬目反射と呼ばれており、目や耳で物事を確認してから約0.01秒で実行され、瞬目反射は脳が認識する前に反応して行動するので意識的ではなく、無意識に目を閉じる行動を行い目を防御する反応なんです!! 制御出来る訳がありません!」



 ――――と昔薙刀の先生に行った事と同じことを説明する。

 

 こういう戦闘狂タイプは、“論理的な体系立てて説明する”と言う事が出来ず、“非効率的な根性論を言い出す”ハズだ……



「言い訳はいいの! できるまでやる! 恐怖を乗り越え飼いならすその先にしか希望と言う可能性はないのよ? コータローは恐怖心回路が壊れてるから最初から真剣で切り合ったけど……途中から遠慮しなくなってたわよ……」



 ホラ、思った通り……

 確かにそれは、頭のネジが一本足りないタイプだ。道徳や感情でやってはいけない事を理解しておらず、周囲がどう感じ、どう考え、どういう罰などのマイナスがあるからやらない――――と言う考え方をする平和な時代では異常者とよばれる人種だ。

 無論、そのネジ一本、壊れたブレーキを持ったもの達は立場や時代が違えば英雄や歴史上の人物と称されるものたちだ。

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