第20話 朝食

 屋敷に戻って食堂。 


「朝食はこれだけかい?」


 テーブルに並べられた朝食を見て、エリクが純粋な疑問を投げかける。


「はい。食べすぎると眠くなりますし、胃腸に負担がかかって疲れるため、このくらいがちょうど良いと考えます」


トースト一枚に、スクランブルエッグ、トマトサラダ、野菜たっぷりのコンソメスープ。

ヒストリカの言う通り、控えめなラインナップの朝食だった。


「エリク様が起きる前に朝食を頂いたのですが、明らかに量が多すぎでした。なので私の提案で、量を調節していただいた次第です」

「なるほど」


 納得したようにエリクは頷いた。


 それから食前の祈りを捧げて、エリクは朝食を食べ始める。


「美味しい……」


 トーストを一口齧って、エリクは頬を綻ばせた。

 薄く塗ったバターにはちみつをかけたトーストは、糖分が不足している朝一番の身体にじんわり染み渡った。


「良かったです。頭脳労働に必要な栄養……糖分を多めにしております」

「確かに、仕事中は甘いものが欲しくなるからね」


 次にスープをひと啜り。


「うん、このスープも美味しい。なんだか、優しい味がする」

「……良かったです」


 どこか安堵するように、ヒストリカは息をついた。

 その所作から何かを察したエリクが尋ねる。


「もしかして、これは君が作ったのか?」

「はい。エリク様が起きるまで特にする事も無かったので、久しぶりに料理をしてみました。と言ってもスープなので、料理といえるほど大層なものではありませんが」


 そう言った後、ヒストリカは解説を口にする。


「エリク様は野菜があまり得意ではないとお聞きしたので、スープにすることにしました。キャベツや白菜、にんじんなどの野菜を中心に、身体に良くて胃に優しいものを具材として選んでおります」

「なんともありがたい心遣いだ……」

「本当は生のまま食べるのが一番なんですけどね。加熱してしまうと、摂取できる栄養が少なくなってしまうので」

「うっ……」


 エリクは明らかに嫌そうな顔をした。

 悪戯がばれた子供みたいに目を逸らして言う。


「ぜ、善処するよ……」


 話題から逃げるように、 エリクはスクランブルエッグにフォークを伸ばした。


 それからあっという間に、エリクは朝食を平らげる。


「ぱっと見た感じ量が少なく思えたけど、このくらいがちょうどいいな」


 空になったお皿たちを前にエリクが言う。


「今までの朝食が重たすぎたんですよ。その日一日を元気に過ごすための朝食なのに、その朝食で胃腸を酷使して疲れていては本末転倒です」

「確かに。それもあって、朝食を抜きがちになったのはあるからね……」


 何か思い出したのか、エリクは胸焼けしたように顔を顰めた。


 裕福な貴族の間では、とにかく毎食ひたすら量を食うことが善とされる慣習がある。

 酷い時には限界まで食べた後に嘔吐して再び食べる、なんて事をしている者もいるらしい。


 貴族にとって、食事の量というのは富の象徴であった。

 しかし身体にとっては、過剰な食事は毒になりかねない。


 その人に合った適切な量で、バランスの良い食事を摂る事が重要だ。

 

「いやでもまさか、料理も出来たんだね」


 感心したようにエリクが言う。


「料理自体は貴族学校の授業で習いました。何かの役に立てたらとレシピも頭の中に入れていたので、その通りにしているだけです。変なアレンジや我流に走らなければ、そう失敗することはないですから」

「なるほどね。いやーでも、本当に美味しかった。凄いよ、ヒストリカは」


 率直な感想をエリクが言うと、ヒストリカは目をぱちくりして固まった。


「どうしたの?」 

「いえ……料理を褒められたことは初めてで……」


 どこか居心地悪そうに、ヒストリカは視線を迷子にした。

 

「親御さんは褒めてくれなかったのか?」

「両親は……そもそも私の料理なんて、興味ないですし」


 エリクが投げかけた純粋な疑問に対し、温度の低い声でヒストリカは答えた。


「両親に振る舞っても、そんな暇があるなら勉強しろと怒られるのが予想出来たので、しなかったです。家でも何度か作った事がありましたが、自分で食べていました」

「……そっか」


 実の親に対しどこかよそよそしく、乾いた気配を感じ取ったエリクは、小さく呟く。


「色々、あったんだね」

「あった、のでしょうか」


 相変わらず、なんの感情も浮かんでないような表情で考えてから、ヒストリカは言う。


「そうかも、しれません」

「そっか。まあ、気持ちは、わかるよ」


 エリクの返答に対し、喉まで出かけていた言葉をヒストリカは飲み込んだ。

 どういう意味ですか、と聞くにはもう少し、エリクと関係を深める必要がありそうだった。

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