第66話 敵の可能性?
フランシス家にある客室の前で、リオンとフェンの二人は立っていた。それはまるで、扉の守護者である。
リオンはノア・フランシスの師匠であり、常にノアのサポートに徹している。ノアが苦手とする謀略や策略、頭脳を担当しているのは言うまでもない。
その冷徹さから『鬼のリオン』と呼ばれているが、そのことを本人は不満に思っている。
一方で、ヴィンセント・レ・キルシュタイルの従者であるフェンは、忠誠のみが取り柄である。
頭脳や武術において、ヴィンセントの足元にも及ばない。
されど、常に冷静な性格で、熱くなりやすいヴィンセントを抑える役割があった。
どちらも冷静で、物静かなタイプである。
ノアとヴィンセントは、奇しくも似た者同士の従者を連れていた。
*
客室内。
そこにはアーサー、ヴィンセント、俺が居た。
ヴィンセントがやや嬉しそうに口を開く。
「ノアの師匠は、余のフェンとよく似ておるな」
「そうですかね。あっ、物静かそうなのは似てますね」
「であろう? だが、ノアの師匠の方が頭脳面は優れていそうだ」
なんであれ、リオン先生を褒めてもらえるのは嬉しい。
「さて、肝心の本題へ入ろうではないか」
「……密偵の話ですか」
「そうだ。余がノアを調べるために送った密偵だ。返してはもらえぬか」
俺はキアラが捕まえた密偵から、帝国という名を聞き出していた。
だから、誰か来るのではないかという予測はしていた。でも、まさか殿下が来るとは……。
それに普通の人ならば、勝手に密偵を送られて周りを探られていたのに、返せだと? と怒ってもおかしくはない。
だが、コイツを相手に感情的になってはならない。
何か本能が、そう訴えていた。
もし俺がここで怒れば、『貴公の怒りは最もだ。では、どうだ。謝罪といってなんだが……』と言ってこちらが断れないような好条件を並べてくる狙いだろうか。
「俺を調べようとした狙いを聞いても?」
「単純明快。【十二の魔法使い】のリーダー、オリヴィアを匿っていると思ったからだ」
会話のレベルが高い、と思って口を閉じていたアーサーだが、表情までは隠すことができなかった。
アーサー、顔に『やべっ……! バレてる……!』って出てるよ。
俺も探り合いみたいな会話、すげえ苦手なんだよなぁ……。リオン先生に代わって貰えば良かったかも。
でも、フランシス家次期当主が次期皇帝の相手をしないのも失礼に当たるな。
「オリヴィアは優秀な元聖女だ。しかも、魔法教会に反旗を翻した数少ない聖女でもある。特に、オリヴィアが持つ聖遺物【
「つまり、オリヴィアの持つ聖遺物が狙いってことですか?」
「そうだ」
俺とアーサーは思わず目を合わせた。
「あー……」
俺が歯切れ悪く、口を開く。
「分かっている。オリヴィアが生きていることは隠したいのだろう? 聖遺物の力はそれだけ強力だ。その価値も帝国の国庫二つ分と言えよう」
「いや、そうじゃないんですけど……」
オリヴィアは生きている。でも、問題はそこじゃない。
「その~……【
「は」
間の抜けた声が客室に響いた。
その数秒後、徐々にヴィンセントの頬が上擦っていく。
「ククっ……ハハハ! 折ったか! 折ったと申すか!」
「は、はい……こう、筋肉でポキッと」
棒を折るみたいに、ジェスチャーで教える。
そうして俺はゆっくりと視線を逸らす。
「筋肉で聖遺物を壊すなど、初めて聞いたぞ」
それしかあの場で、オリヴィアを救い出す手段が見つからなかった。
だから壊しただけだ。
俺悪くないもん。悪いとしたら、折れた槍の方だ。
ヴィンセントは口元を隠して悩む素振りを見せ、頷いた。
「そういうことであったか。魔法教会が、オリヴィアが生きていることをなぜ許したのか、理由が分かったぞ」
アーサーがそこで、首をかしげる。
「え、オリヴィアって生きてたら魔法教会に消されていたのか?」
「当然だ。聖遺物を持っていて、誰かに捕らえられたのであれば死に物狂いで奪い返しに来るだろう。だが、壊れたとはいえ聖遺物が魔法教会へ帰ってきた。聖遺物のない元聖女を、リスクを犯してまで消す必要がなかっただけのことだ」
「…………よく分かんないけど、分かった!」
快闊なアーサーに、ヴィンセントは機嫌を良くしたようだった。
「余は貴公も気に入りそうだ、アーサー」
「そうか? 友達になるか?」
「余と友達とな! そんな豪胆な奴はこれまで居なかったぞ! ハハハ!」
やはり、主人公とライバルは関係性を深めるのが早そうだ。
殿下という立場で人を疑わずにはいられないヴィンセントが、元よりすぐに人を信じるアーサーへ好意を抱くのは当然のことか。
「あの、密偵は普通に返すんで、そっちはそれで良いですか」
「貸しにはせぬぞ」
「俺から条件を出すのも嫌なだけです。別に攻撃された訳でもないですしね。丁重に扱っていたので、不満もないでしょう?」
「ほう……」
俺を値踏みするような視線が向けられる。
「それでよいなら構わぬ。では、今日はここで失礼しよう。楽しかったぞ、ノア、アーサー。
そうして、ヴィンセントを見送り、一息つくことができた。
アーサーが笑顔で俺の顔を見た。
「良い奴そうだったな!」
「……そうだね」
本当に良い奴であるかどうかは、まだ分からない。悪人ではないけど。
「でも、本当にノアは良かったのか? 密偵をタダで返すなんて」
そこに関しては、リオン先生からのアドバイスがなければ、どうなっていたか。
「リオン先生にね、密偵はタダで返すべきって言われたんだ」
「え? なんでだよ」
「ここでヴィンセントと何か条件を取り交わせば、間違いなく貴族の中で噂が流れる。『フランシス家は帝国のヴィンセント・レ・キルシュタイルから直々に何かを貰った』ってさ。そうなると、よからぬ噂が流れ始めてフランシス家は孤立するかもしれない」
もし取引してしまったら、『密偵を返すために交換した』と広めることもできない。可能でもそれを信じてもらえないかもしれないし、口外したらヴィンセントへ不義理になる。
帝国とこの王国の関係は悪くないとしても、あまり表立って関係性を広めるのは得策ではない。
「ヴィンセント・レ・キルシュタイルね……」
アーサーは気付かなかったかもしれない。
だが、俺やリオン先生は気付いていた。
もしも、もしもフランシス家が孤立したら……ヴィンセントがまた何かしてくるだろう、と。
これは人を傷つけたり、精神的な攻撃ではない。
ヴィンセントは、フランシス家を攻撃しようとしてきた。
狙いはなんであれ、ヴィンセントは敵の可能性がある。
だとしたら、かなり嫌な敵だ、と思う。
頭をかなり使った……元気がでない……。
「筋トレしよ」
そう言って、俺はそそくさと歩き出した。
*
帰りの馬車で、ヴィンセントは先ほどの出会いを思い返して微笑んでいた。
「殿下、随分と機嫌が良いようですね。成果が得られたのですか?」
「いいや、全くだ。とんだ無駄骨だった」
そういう割には楽しそう、とフェンが思う。
「ノアの配下たちはかなり優秀なようだ。特にノアの師匠、リオンと言ったか? 奴は猛獣だな。ノアはよくあのような者の手綱を握れているものだ」
「感心されている場合ですか」
「分かっている。次の手は打ってあるさ」
ヴィンセントは、より一層ノアが欲しくなっていた。
ヴィンセントの眼が輝く。
「今日のことで、分かったことがたくさんあるからな」
【万物眼+】……それは【鑑定】が上限突破し、ヴィンセントに与えられた特殊なスキルであった。
その眼はすべてを見透かし、鑑定とはまた違った能力がある。
さらに相手の心の状態を見ることまで可能であり、敵意があれば一瞬で見抜くことができた。
千年に一度の大賢者や現魔王といった特殊な者のみが持つことができる眼。
それはこの世界における、最強のスキルの一つである。
そして、ノアもその力を得られる可能性があった。
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