第64話 第二の王なりうる存在


 帝国、キルシュタイル帝国。

 その帝国はかつて、膨大な土地に強大な軍隊を持ち、世界最強とも呼ばれた帝国であった。


 しかし、それも過去の話である。

 

 魔法教会や第七聖女たちが現れ、魔王や勇者といった存在が産まれてくるごとに世界の勢力図は変化していった。


 今ではノアたちが住む王国よりもかなり弱い国となってしまった。

 だからといって、必ずしも優秀な人材がいないという訳ではない。


 王国以上の力を持つノア・フランシスや【十二の魔法使い】、第三十三代魔王スオのようにイレギュラーは生まれ落ちる。


 帝都にある一室で、細身の男が報告する。

 

「殿下、王国に送った密偵からの連絡が途絶えました」

「そうか」


 淡々とした様子で、殿下と呼ばれる人物は目を伏せた。


「僭越ながら、ノア・フランシスが【十二の魔法使い】のリーダー、オリヴィアの消息に関わっているものと思われます」

「であろうな。オリヴィアが急に消えたとは考えにくい」


 その男は口元を隠し、悩む素振りを見せた。

  

「フェン、王国はノア・フランシスに何をした?」

「魔族撃退による功績で、爵位が上がった……程度でしょうか」

「…………思ったよりも功績が少ないな」


 その男が何を考えているのか、それを配下たちは想像することもできない。

 

「変とは思わぬか?」

「そう申しますと……?」

「フランシス家は魔族との戦闘で、第三十三代魔王スオを撃退した。しかし、その死体はおろか魔力残滓すら残らなかったという。次に王国で起こった剣術大会での謎の爆発事故、証拠の隠滅にはフランシス家と魔法教会が関わっているそうではないか」


 フェンはよく分からない、といった面持ちをする。。


「自然に考えれば、魔法教会がオリヴィアを消したと思いますが……?」

「それはできないのだ。魔法教会は表立ってオリヴィアを消せぬ。聖遺物は人を選ぶ。オリヴィアは聖遺物に選ばれている。それを消そうとすれば、信仰する聖遺物への叛意となるであろう」


 オリヴィアは魔法教会が手を出せない存在であった。だからその男にとって【十二の魔法使い】は居て欲しい組織だった。

 この世界において、パワーバランスは平等ではない。


 魔法教会が組織であることを、その男は警戒していた。

 剣聖、アル・アタッシュフェルトや第七聖女たち、聖遺物の存在……どれだけ強大かを推し量るには十分すぎる材料であった。


 しかし、全くの無警戒の存在が現れ、オリヴィアを倒してしまった。


「ではまさか……! い、いえ、殿下。それはありえません。まだノア・フランシスは十六そこらの子どもでございます。あのオリヴィアを倒せるとは到底……」

「余も十六だぞ?」

「殿下は特別です」

「では、ノア・フランシスも特別であろうな」

 

 ノア・フランシスがオリヴィアを倒した。

 そして、その身を保護している。


「フェン、こう考えてみよ。ノア・フランシスは元魔王スオを仲間に加え、さらに【十二の魔法使い】すべてを部下にした」

「な────ッ!?」


 そのようなことが信じられるのだろうか、いくらなんでも突拍子もなさすぎると疑う言葉であった。


「ハハハハハ! もし余の言っている通りであれば、ノアとは相当に面白い男であろう?」

「し、信じられませんが……」


 自信満々に、食い気味にその男は笑う。


「余の言ったことが外れたことがあったか?」

「いえ、ありません」


 その男の中で、密偵が消えたことで疑惑は確信へと変わっていた。


 密偵に送ったのは帝国の中でも精鋭である。それがいとも簡単に捉えられるなど、【十二の魔法使い】並みの実力者がいなければ不可能なこと。


「フェン! ノアへ会いに行かぬか!?」

「今からですか!?」

「奴は世界のパワーバランスを壊しかねぬ力を持っておる! ぜひ、余の配下になってもらいたい!」


 歴史上世界最強と呼ばれた国、そこに生まれ落ちたノア・フランシスに並ぶイレギュラー。


「余はキルシュタイル帝国の、世界最強と呼ばれた力を取り戻す。この崩れかけた国を……立て直すのだ!」

 

 その者の名は、ヴィンセント・レ・キルシュタイル。

 皇帝を親に持ち、嫡子に当たるが……現在、帝国は最弱に近く、その地位は世界ではとても弱い状態にあった。


 ヴィンセントが皇帝になったところで、世界は彼を見ることはない。そうならないために、ヴィンセントは力を付けた。

 

「それに、送った密偵を助けねばならぬだろう?」


 たった一兵のために、なぜ王が動くのかと疑問が湧くだろう。しかし、ヴィンセントにとって一兵であろうとも命の重さは変わらない。


「余が命令して送った密偵だ。余が助ける。何か間違っているか?」


 そのように考えるヴィンセントを愚か者、と嘲笑う者がいるかもしれない。

 だが、それが彼に忠誠を誓うきっかけとなり、王を王たらしめん理由であった。


「いいえ、我々は殿下のそのような所も尊敬しております。ぜひお供を」


 フェンは微笑み、心から尊敬の念を抱く。


「では行こう! ノア・フランシスへ会いに!」


 ノアはこうして、初めて本物の王になるかもしれない人物と出会うことになる。

 そして、そこで人を率いる意味を知ることとなる。

 

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