第63話 尾行されている


 フランシス家の屋敷内で、昼食を取っていたアーサーの発言に皆が驚いた。


「ノア坊ちゃまが、セシル様をデートに誘ったのですか!?」

「あの筋肉しか考えていないノア坊ちゃまが……」

「ジムデートか、羨ましいなぁ」


 各々、ノアに対して思ったことを口にしていく。

 その中でも、妹であるキアラは面白くない様子で食事をしていた。


「またセシル姉様は私に黙ってお兄様とデートしてる!」

  

 前回、ノアとセシルは二人っきりのデートをした。

 しかし、それはアーサーの乱入によって途中で切り上げてきていた。


「あむあむ、デートってなんだ?」


 アーサーはデートを知らない。

 その問いかけを、膝の上に乗っていたシュコーが答える。


「恋人同士が遊ぶこと」

「ふーん、恋人ってなんだ?」

「アーサー、本当に人間界で育った? 実は魔界じゃない?」

「失礼だぞ! 俺はな、ちゃんと人間界で産まれて……」

「アホが喋ってる」


 二人のやりとりを他所に、キアラは悩む素振りを見せていた。

 

「姉様とお兄様がどんな感じでデートしているのか、凄く気になる……」


 普段は見れないであろう緊張している姿や、恥ずかしがっている姿が見れるかもしれない。

 

「お兄様の……照れ姿……」


 それはノア・フランシスの見たことのない一面である。

 家族であっても、いや、家族だからこそ見れない素顔。それをキアラは見たがっていた。


「シュコー、暇な【十二の魔法使い】を集めて」

「ん? なぜ?」

「あなた達に、任務を与えるから」


 *

 

「お待ちしておりました。フランシス様」


 王都にある高級レストランに入り、俺とセシルは席に座る。

 最初の頃はだいぶ緊張していたが、最近だとセシルのことは女性というよりもパートナーとして見ていることが増えた。


 そのため、緊張することはあまりない。


 セシルはそのことにやや不満を覚えているようだが、いつまでも色仕掛けでたじろぐ俺じゃない。


「ノアもこのようなお店を知っていたのですね」

「まぁ、ちょっとね」


 実はセバスに調べてもらように頼んでいたことは黙っておこう。

 

「筋肉以外に興味があるとは思ってもいませんでした」

「あれ、今失礼なこと言われてる?」

「ふふっ……冗談です」


 セシルは会話の主導権を握るのが上手だ。

 お陰で、どちらがエスコートしているんだか時折分からなくなる。


「でも、私がいじけるとこうしてノアに優しくしてもらえるのなら、落ち込んだ甲斐があったというものですね」

「婚約者として当然だよ」


 そういうと、セシルがやや驚いた面持ちでこちらを見た。


「ノアはてっきり、私と距離を置きたいものだとばかり思っておりました」

「ある程度、覚悟を決めただけだよ。今でも少し迷ってるけど」


 本当に俺がセシルと婚約したままで良いのか。

 強くなっても、キアラたちを守ることができるのか。


 現魔王が、どのくらい強いのか。


 不安要素しかないこの世界で、俺が間違いを選ばないとも言い切れない。


「ノアは私に、失望しないのですか?」

「失望なんかしないよ。逆に俺が失望される方が怖いかな」


 いつ、ゲームのように嫌われるかも分からないしな。

 破滅しないように努力はした。でも俺は、人の心を読める訳でも、操れる訳でもない。


 ただの人間だ。


「失望したくらいで、私が傍を離れるとお思いですか?」

「え? あ……え?」


 俺はセシルの言葉に喉を詰まらせ、数秒の沈黙が続いた。

 そこへウェイターが料理を運んで来る。


「こちら、帝国領土内にて育った芳醇なぶどうを使った……」


 その時の俺は、料理の説明が全く頭に入ってこなかった。

 セシルの奴……今、遠回しに俺のことを好きって言ったのか?


 いやいや、そんなはずがない。俺たちは親の都合で婚約したに過ぎないはずだ。


 セシルだって最初は反対していた。

 単純にこれは……『友達として』に違いない。


 そう、きっとそうだ。うんうん。


 自分を納得させて顔をあげると、セシルが「ふふ……」と妖艶に笑う。


 あーっ! ほんとこいつ! 俺を弄って遊んでいたんだな!?


 ぐぬぬ……またセシルに弄ばれた。


「ノア、料理が冷めてしまいます。食べましょう」


 深いため息をついて、並べられた料理に手を付ける。

 はぁ……俺はいつになったら、セシルに勝てるようになるのだか。


 *


 先ほど料理を運んできたウェイター、実は【十二の魔法使い】の一人、アルバスが変装した姿であった。


「バレるのではないか、とヒヤヒヤした。マイクを置いて来たぞ」


 彼らはこれでも、元国家戦力並みの暗殺集団である。

 ノアの気配察知でバレるのではないか、と思っていたが、敵意がなかったことやセシルの言葉でノアが取り乱していたので気付かなかったのである。


「お兄様が……服を着て食事している……!」

「見るとこそこ?」


 隣にいたシュコーが半眼になる。

 シュコーは既に、セシル、キアラ、フレイシアの女性組陣営に所属していた。


 アルバスが指を指す。

 

「おい、どうやら席を立つようだぞ」

 

 逃がすまい、とアルバスとキアラは追いかけようとする。

 しかし、それをシュコーが制止させた。

 

「……待って」

「どうしたの?」


 双眸を鋭くし、ノア達が出て行くまで待つ。

 

 そして、その後ろを誰かが歩いて行った。


「私たち以外にも、尾行がいた」

「もしかして……! 私たちみたいにお兄様の恥ずかしい姿を見ようと……!?」


 シュコーとアルバスが眉を顰めて、キアラを見た。


「え、あ……違う?」

「「流石に違うと思う」」


 キアラは悩む。

 このまま尾行を放っておいても良いのだろうか、と。

 

「どうするの、キアラ。私たちはキアラの命令に従う」

「だが、ノアなら放っておいても良いと思うぞ」

 

 放っておいても、ノアなら無事だろう。


「でも……」


 キアラは知っている。

 セシルは、本当にノアのことが好きなのだ。


 ここ最近はずっと連戦続き、魔族との戦いや【十二の魔法使い】たちのせいであまり時間を取れていない。


 キアラは思う。

 せっかくのデート。次、いつ二人がデートできるかなんて分からない。


 お兄様なら、尾行を簡単にやっつけてしまうはず。


 でも、でも……二人の時間を邪魔する者は許さない。


「アルバス、シュコー、あの変な尾行を取っ捕まえて、どこから来たのか吐かせよう!」


 *


 セシルと路上を歩いていると、俺の背後に二組の尾行がいることに気付いた。


 尾行されているな。まさか、アーサーのように俺の筋肉のファンか!?


 ……今、脳内にいるリオン先生に『ノア様、流石にそれは違うと思います』って言われたな。

 

 しかし、思い当たる節がないな。


 【十二の魔法使い】は全滅させたし、教会からの刺客とも思いにくい。リオン先生が解決してくれた問題だ。


 であれば……王国側の人間?

 

 もう一方は知ってる気配だ。キアラ……かな? なんか、妹にデートを見られるのって凄く嫌だな。

 

「ノア、どうしましたか?」

「ん? いや、なんでもないよ」

 

 ……なんか、今後ろで戦闘が始まったような気がしたんだけど。

 戦力差的にシュコーやアルバスもいるみたいだし、心配はないな。

 

「嘘はよくありませんよ? だって、ノアはなんだか楽しそうですし」

「そうかな。いや、そうかもしれない」


 キアラに守ってもらう日が来るなんてね。

 

 たぶん、セシルとのデートを楽しめって意味なんだろうな。


「セシルには教えないよ。さっき俺をからかった仕返しだな」

「むっ……じゃあ、教えてもらうまで傍を離れませんからね」

「ひぇあっ!?」


 セシルは俺の腕を掴み、「次はどこへ連れてってくれるのですか? ノア」と笑った。

 

 

  

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