第41話 虚刀術
俺とスオが降り立った地は、王都からかなり離れた森林の場所であった。
「……? 一軒家があるだけか」
「奴は剣聖をやめたのち、人里から離れた生活を送っておるようだな。こんな森の奥で暮らしているとは……」
スタスタと歩いて、俺は一軒屋にノックをする。
「すみませーん」
スオがその後ろで「なっ!」と驚いた。
焦ったように俺へ言う。
「何をしておるのだ……! 我がいるのだぞ!」
「でもスオ、もう悪いことしないでしょ」
「ふん、我は元魔王であるぞ。そんなこと、どう保証するのだ」
「俺は信じてるよ」
真っ直ぐとその言葉を言うと、スオが頬を赤くする。
「ま、全くお前という奴は……悪い気はせんが」
もちろん、俺は本心から言っている。
スオが暴れるようであれば、俺たち筋肉集団総出で潰しにかかる。
スオのことは好きだから、できればそうなって欲しくない。
家の中から返事がせず、もう一度戸を叩く。
あれ、『気配察知』だと、中に人がいるのに。
「あのー、すみませ────」
バンッ! と扉が開く。
「あっ……」
「あら?」
出てきた人は胸の大きい女性であった。衣服が乱れ、起きたてのようでズボラな姿だ。
ふと、じゃがいも聖女が脳裏に過る。それで一瞬だけ固まってしまった。
「まぁ! 可愛い子~!」
「むぐっ!」
女性が俺の腕を引っ張って抱きしめる。
柔らか……ってこんな場面をセシルに見られたら、また睨まれる……!
なんとか引きはがそうとするも、続々と室内から女性が出てくる。
「まぁ~! 可愛らしい子どもじゃない!」
「すっごい筋肉……! ねぇ、触っても良い?」
「いや、あの……!」
なんでこんなド田舎の小屋にいっぱい女性がいるんだ!?
女性に囲まれ、俺はスオに助けを求める。
「た、助けてス────!」
バタンッ!
言い切る前に扉が閉められる。
「ノ、ノアが女の魔窟に吸い込まれていきおった……! ノアがいとも簡単に……に、人間の女とは恐ろしいな……!」
女性に囲まれ、人から見ればおっぱいランドともいえるかもしれないが、唐突に俺は首根っこを掴まれた。
小屋の扉が吹き飛び、ひょいっと放り出される。
「おめえら、俺の楽園に男なんざ連れ込んでんじゃねえ」
聞き慣れない男の声。女性たちが「えぇ~、ケチ~」や「たまには初々しいのも良いじゃない?」と言った声が重なる。
「俺が嫌なんだよ。男は……弟子共で十分だ」
男は外套を身に纏い、平均よりも長めの刀を腰に据えている。
リオン先生よりも少し身長が大きく、声も低い。
チャラけた顔つきをした男であった。
リオン先生の師匠っていうから、もっと年老いてるかと思ったら、そうでもないんだな……。
「あぁん? 人間が……なんで元魔王と共にいる」
スオが僅かに怯えた様子を見せながら、虚勢を張る。
「ひ、久しぶりだな……ウィズ」
「スオ……俺の剣に斬られにきたか!」
ウィズが笑みを浮かべると、シィィィン……と刀を抜く。
「小僧、お前は何者だ」
「ノアって言います、リオン先生の弟子です」
「ほぉ……リオンの弟子か。定期的に送られてくる手紙にあったのはお前だな」
「虚刀術を教えて欲しくてきました」
虚刀術、その言葉を聞いてウィズが睨んで来る。
雰囲気が変わった。
「聞いてないのか。俺はこれまで、リオン、カイン……他にも様々な奴らを育ててきた。虚刀術を学びたいと言ったやつらもいた。でも、皆はそれを諦めオリジナルの剣術を作ってきた」
確か、リオン先生は影魔法流剣術だ。
カバルディとの戦闘で使っていた。
オリジナルの剣術……俺も開発はしているものの、完成度としてはリオン先生に遠く及ばない。
観察眼とコピーで、剣術を真似るくらいが精いっぱいだ。
「俺が剣聖となった理由は、単純明快。虚刀術の使い手であったからだ。そして、それを扱える者は誰もいなかった」
唯一無二。
スオと同じ、特別な存在だ。
ウィズに心酔しているようで、剣を抜いた姿に女性たちが惚けた顔をする。
「邪魔だぞ、小僧。スオを斬る」
「我は今弱体化してるのだ! 今度こそ斬られたら非常にまずい……!」
スオが俺の背後に隠れる。
アハハ……ガチビビりしてる……。
突然、俺の目前に影が現れた。
「どけ」
『空間魔法』×『刀術』。
一撃斬術。
金属音がぶつかる。
相殺して、なお余裕があるのか。この人は……。
ウィズが笑う。
「お前も刀術使いか!」
スオがダラダラと汗を流しながら、小さくなっていく。
「わ、我は隠れておるぞ……!」
「うん、隠れてて」
姿を九官鳥に戻し、離れて行く。
ここまで案内してもらえれば十分だ。
スオはもう大事な仲間だと思っている。やらせる訳にはいかない。
「俺の楽園に足を踏み入れ、あまつさえ俺の刀を受け止めた。面白れぇ」
「リオン先生が言ってた最悪な人ってのは、女狂いって意味だったんですね」
「何が悪い。英雄色を好むって言うだろう!」
英雄……そう自分で言うだけの自信。この人の闘気から感じる強さは、生半可なものではない。
そのうえで隠している虚刀術……。
そのスキル、いや剣術、ぜひ────ぜひ貰いたい。
「何を笑っている……! リオンの弟子!」
「あなたこそ、笑っているじゃありませんか……!」
身体強化……解除。
この人の強さを、学ばせてもらおう。
スキル、『観察眼』全開……。
*
その光景を見ていたスオが、あわあわと口を動かした。
「なんなのだ、あ奴らは……! なぜ殺し合いをして笑っている……!」
ウィズの刀が、ノアの頬を掠めた。
鮮血な切り傷が見える。
「な……! まさかノアの奴、身体強化を解除しておるのか……!? 何を考えておる!」
ふと、スオは思い出す。
……前に、ノアの訓練の話を聞いた。
ノアは、成長したい時は必ず痛みを伴うようにしていた。
身体強化を使っていてはダメージを負うことはない。
生身であっても、その筋肉で致命傷になることはないだろう。だが……刀が当たれば痛いし、ダメージは受ける。
「戦いを楽しんで笑っているのではない……ノアは、成長が楽しくて笑っているのか……!」
新しいことを学べるから楽しい。
その事実を、スオは理解してしまう。
「なんという……なんという奴だ……ノアよ」
スオはウィズと一度拳を交えたことがある。
お互いに敗北はしなかったものの、ウィズは強敵と呼ぶには相応しい。
剣戟が激しく打ち合う。
本気の殺し合いでこそ……刀は成長する。
それを見ていたのは、スオだけではない。
ウィズと共に過ごした女性たちも見ていた。
「あの子、相当強いわね~……可愛くて強いなんて、凄い子」
女性たちから蛇の目で見られていることに、ノアは気づかなかった。
*
ウィズとノアが鍔迫り合いになる。
「リオンの手紙から相当な気狂いだとは思っていたが、ここまでとはな」
「いきなり斬りかかってくるウィズさんも、相当だと思いますよ」
「子どもでも容赦しねえってだけさ」
ウィズが刀の持ち手を変え、ノアの手首を掴む。
「────ッ!!」
膝蹴りが飛んで来る。それをノアが掌で防いだ。
パンッ!!
(随分とアクロバティックな動きをするんだな……剣術ってよりも、武術って動きだ)
ウィズの連撃は止まらない。
膝蹴りから、回し蹴りへと続ける。
それを防ぐとノアがザザザ……と距離を取った。
ウィズの刺突が目前に迫る。
距離を取るため、ノアがスキルを使う。
「『瞬────」
「それは見切っているぞ、小僧」
「なっ!」
カチャ……とウィズの刀から音がする。
(この人……! 刀の柄の端っこギリギリを持ってる! 極限までリーチを伸ばしてるのか! これじゃ回避が間に合わない!)
直撃は免れないにも関わらず、ノアは(凄い……!)と興奮する。勝つためならば、手段を択ばないような動きに感銘を受けていた。
流石はリオンの師匠であると……。
ノアが下から大きく振りかぶる。
刀が弾き合う。
「分かっているな、小僧」
「ええ、もちろん」
『剣が弾き合えば、一歩踏み込め』
ノアはリオンから、リオンはウィズから教わったことであった。
刀が衝突し、二人は距離を取った。
楽しい……その感情が二人を支配する。
それは筋肉を育成するのとはまた別の感情であった。
「俺はもう弟子を取ってねえ……数年ぶりだ。この喜びは」
「じゃあ、見せてもらえますか。『虚刀術』」
「嫌だね。女なら構わねえが、男に見せるつもりはねえ!」
「なら……見せてもらいます」
ノアが踏み込む。
お互いの攻撃が激しさを増し、木々が薙ぎ倒されて行く。
二人が通った道は地平へと変わる。
「強いな、小僧!」
キィィン……ッ! と刀が弾き合う。
その瞬間を、ウィズは見逃さない。
「そらっ!」
ウィズの強烈な蹴りがノアの腹部を貫く。
大きく吹き飛ばされ、木々を薙ぎ倒す。ノアはザザザ……ッと手を地面に突き刺し、勢いを殺す。
ノアが顔をあげるも、視界の先にウィズはない。
「いない……?」
「『虚刀術』────」
「上か!」
重苦しい空気が森林を包む。
ウィズの刀に込められた魔力で、空が歪む。
「……【虚楽堕】」
ノアはずっと、試されているのだと感じていた。戦いに殺気はなく、まるで動きの確認をされているようであったからだった。
だが、その認識は間違っていた。ウィズは初めから、ノアを叩き潰す気であった。
リオンの弟子、つまりは自分の弟子でもあるとウィズは考えていた。
風が吹く。
ウィズが空を蹴り、突進してくる。
ノアが迎撃として炎の魔法を放った。
「そんな小さい炎じゃ、効かねえぞ!」
生身で受けながらも、ウィズはダメージを負わない。
落下の勢いを利用し、一点集中した魔力の斬撃が、ノアに直撃する。
閃光が走る。
バァァァンッ!
衝撃音が響き、ノアのいた場所に大きな穴が出来上がっていた。
スオが叫んだ。
「ノ、ノア……! やはり相手がウィズでは……!」
その威力はスオ本人も知っている。魔族特有の超回復をもってしても、腕を持っていかれたことがあったからであった。
「お前の見たがっていた『虚刀術』だ。刀の大きさを魔力で自在に操り、威力を倍増させる。そうしてその刀が触れた一定の場所を吹き飛ばし、無へと返す……お前が今落ちている大穴も、この刀で出来た物だ」
大穴に向かって、ウィズは教える。
誰も取得することができなかった技。繊細すぎる刀術の技巧と、精密な魔力操作があって成立する剣術であった。
例えスキルで『虚刀術』を持っていたしても、扱うことはほぼ不可能。
だからみな、口を揃えて言う。
『あれは、お師匠様にのみ許された剣術だ────』と。
「おーい、小僧。諦めはついたか~? 負けたって認めろ」
だが、ノアは最初から勝敗などどうでも良かった。
『虚刀術』が見られた。
剣術においての、最高峰と呼べる代物だ。
それを目の前で魅せられて、興奮しない人間はいない。
カツン……
金属音のような足音が大穴から響く。
「ッ!! この独特な足音……‼︎」
ウィズが思う。
(嫌な記憶が蘇る……俺が若い頃に戦った……スオの足音だ)
「まかさ、小僧……てめえ……!」
ウィズの背筋が凍る。
「スオと同じ……! 『虚空魔法』か! すげえな!」
さらにカツン、カツンと足音が続く。
這い上がってくる。登って来る。
その者の名を、ノア・フランシスと言う。
「ウィズさんにも強い魔力耐性があるみたいなので、『虚空魔法』を使っても問題ないでしょ?」
「ハッ! まるで魔王だな……」
(この小僧……マジでつええぞ……リオン、お前、化け物育てたんじゃねえのか)
ノアが腕をあげる。
そうして指を鳴らした。
パチンッ。
「『虚空魔法』……」
「さっそくかよ!」
ウィズの足元から無数の枝が伸びる。
それらは灰色で、すべて『虚空魔法』によって作られた物であった。
それを見ていたスオが驚いた。
「我より魔力操作が精密ではないか……! いつの間に……!」
ウィズが攻撃を回避する。
ウィズがさらに思考を重ねた。
(クソッ数が多すぎる! どうなってんだコイツ……! 剣士じゃねえのかよ! 魔法の方が強いんじゃねえのか!?)
警戒するべきなのは魔法である。
そうウィズが確信する。
接近戦であれば、自分が最も有利であると。
(斬ったら殺しちまうかもしれねえ……至近距離でぶん殴って、気絶させる!)
ウィズは肢体に力を加えていく。極限まで膨れ上がった筋肉は、千切れそうな音を響かせた。
ノアが視線を鋭くする。
そうして服を脱いだ。
「はぁ!? いきなり服脱いでどうした!?」
「お気になさらず、どうぞ」
面白れぇ……! とウィズが地面を蹴った。
その場から姿が消える。
現れた場所は、ノアの真後ろであった。
「取ったぜ……! 終わりだな!」
だが、ノアだけが正確にウィズの動きを把握していた。
『観察眼』×『気配察知』
────
ウィズが拳を振り下ろす。
パァァァンッ!!
その拳は間違いなく、ノアへ直撃した。
「へ?」
ノアが拳を受け止め、ウィズの手を掴む。
「
その光景を見ていたスオが「ひっ!」と小さな叫び声をあげた。
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