第65話 追い剥ぎ

 訓練場の見物席は既に多くの冒険者で埋まっていた。


 「お前達、模擬戦の経験は?」


 「首から上と魔法攻撃が禁止なんだろう。心配しなくても殺しはしないよ」


 〈かー、勝つ気でいやがるぜ〉

 〈それよりマジックポーチを出せよ〉

 〈解体場に何を預けているのか知らないが、それも有り難く貰ってやるよ〉


 「お前達も全財産を賭けたのなら、此処に全て出せ!」


 「あーギルマス、後で剥ぎ取るから良いよ。早く始めの合図をお願い」


 「ん・・・お前達はこの小娘が一番手か?」


 「ギルマス間違えちゃいけねえ、草原の牙のお相手はアキュラ一人だぜ」

 「そうそう、俺達は雇われ護衛なんでね」

 「護衛より強い雇い主って、俺達は必要無いんだけどねぇ」


 「ひょっとして解体場の獲物はお前が討伐したのか」


 こくこく頷くと、苦笑いのギルマス。


 「八人も相手出来るのか」


 〈おい、一対八の勝負だとよ〉

 〈あーっ、俺は大穴を狙って新入りに賭けたんだぜー〉

 〈ご愁傷様、お前の賭け金は俺が有り難く飲ませて貰うよ〉

 〈残念だが、其奴の賭け金は銅貨一枚だ。酔っ払う程は飲めねえぞ〉

 〈でもなぁ、あの獲物を見たら大穴を狙いたくなるだろう〉

 〈然し、あれをどうやって討伐したんだろうな?〉

 〈あーん、何を言ってるんだ〉

 〈お前は見てないのかよ、二体とも無傷だぞ〉

 〈へっ・・・〉


 一番手が木剣の素振りをしているが、ニヤニヤ笑っていて気持ちが悪い。

 訓練用の木刀を取り出して構えると、仲間達が俺の木刀を見て笑っている。


 《皆何もしちゃー駄目だよ。大人しくしていてね》


 《つまんないの》

 《判った》

 《ほーい》


 〈始め!〉ギルマスの声が掛かると見物席から野次と罵声に声援がごっちゃになって聞こえて来る。

 悠然と歩いて来る一番手が、無造作に木剣を横殴りに叩き付けてくる。

 俺は長さ1.5メートルの木刀で下から掬い上げ、横殴りの一撃を撥ね上げる。

 撥ね上げられた木剣を持つ腕が上がったところを、一気に踏み込み胸を蹴り飛ばす。

 1/2龍人族の血が成せる技・・・力業の蹴りだ、胸が陥没したのか血の泡を吹いている。


 《怪我を治しちゃ駄目なの》


 《駄目!!! お願いだから出て来ないでね》


 見物席が静まりかえり、一瞬の間を置いて歓声が沸き起こる。


 〈やったー、大穴確実だぁ~〉

 〈ウッソー、草原の牙ってあんなに弱いのかよー〉

 〈未だまだ一人目だぞ、後七人も残っているんだ〉


 おお、奴等のニヤニヤ笑いが消えたね。

 ボス格らしい狼人族の男が、次の奴を指名している。

 筋骨隆々、頭髪が少し残念なおっさんがハルバートに見立てた物を振り回して位置につく。


 ギルマスの合図と共に、踏み込みながら打ち下ろしてくるのだが遅い。

 〈始め!〉の合図と共に踏み込んだ俺の方が早いので、革鎧の腹を狙って突きを入れる。

 〈グェッ〉って、蛙を踏み潰したような声を発してくの字になり崩れ落ちた。


 今度の歓声は凄かったね。


 〈うおーぉぉぉ、本物だぁ〉

 〈大穴、いただきぃぃぃ〉

 〈ボケッ、何晒していやがる!〉

 〈負けたら承知しねえぞ!〉

 〈がきんちょに負けたら王都冒険者の恥だぞー〉


 三人目が蹴り出されて、狼男から激励と言う名のビンタを貰って俺の前に立つ。

 理不尽に殴られた怒りに顔が真っ赤になっているが、怒る相手はお前のボスだぞ。

 まっ、頭に血が上った奴は扱いやすいのでちょっと揶揄ってみる。


 「あーあっ、俺に負けたら今夜は焼きを入れられて晩ご飯抜きだよなぁ~♪」


 〈煩せぇっ、犯すぞ! ギルマス、さっさと合図しろ!〉


 犯すだぁ~、この屑が!


 〈始め!〉の合図と共に、俺の踏み込みを警戒して一歩下がった。

 それを見てニヤリと笑ってやると、馬鹿にされたと思って掛け声と共に長剣を模した木剣を、上段から振り下ろしてくる。


 ばーか、肩に力が入りすぎて動きが遅いよ。

 振り下ろされた剣先を軽く横に弾くと、力の入った身体が横に流れる。

 素速く木剣を水平に構え、尻を目掛けてフルスイング!

 〈バッシーン〉っていい音がして、仰け反ってそのまま腰から崩れ落ちた。

 多分骨盤を骨折していると思う、俺を犯す楽しみは永遠に消えたね。


 「ギルマス、弱すぎるよ。偉そうにしている狼男とやりたいな。お前達も、弱い奴ばかり出さないで本気を出せよ」


 揶揄われて五人の顔が怒りに震えるので、もうちょい揶揄ってみるかな。


 「恐いのならママを呼んで来な 家の子をを虐めるなって叱って貰えるよ」


 狼男が一歩踏み出したが、隣の男が止めて代わりに前に出た。

 冷静沈着なのかニヒルを気取っているのか、怒りに震える様子も無い。

 こう言うタイプは恐いのよねー、真面目にやりますか。


 「ボスより強いのかな。後学の為にランクを聞かせてよ」


 「ゴールドだよ嬢ちゃん。龍人族の様だし腕は立つ様だが未だ甘いな」


 「そう、んじゃ一手ご指南願おうかな。痛くしないでね♪」


 ギルマスの合図と共に木剣を水平に構え、ジリジリと間合いを詰めてくる。 剣先が触れ合う寸前まで正眼の構えで微動だにせず待つ、剣先が触れた瞬間木剣が弾かれ袈裟斬りに振り下ろしてくる。


 〈エッ〉

 〈危ない!〉


 左肩に落ちてくる木剣を左の手の甲で横に弾くと〈バキッ〉と折れてしまった。

 ビックリして動きの止まった男の腹に前蹴りを一発、白目を剥いて座り込んだ。

 シールドを纏った身体だから、木剣を殴っても痛くないんだよん♪


 「いやー、中々の腕だねぇ~。ボスは強そうだから、もう少し弱い人をお願いね」


 「此処まで虚仮にされるとは思わなかったよ。草原の牙の面子を潰してくれた礼をしなきゃな」


 「えー、未だ子分は三人も残っているのにぃ~。気が早いんじゃ無いの、そんなに早くっちゃ女の子にもてないよ」


 「ギルマス合図をたのまぁ~」


 俺の言葉を無視して、ギルマスに合図を要求する。

 短槍に見立てた棒の先を下げジリッっと間合いを詰めてくる。

 なら俺も下段の構えでお出迎えだが、相手の棒の先より少し上に位置取る。

 先端が重なり僅かに間合いが詰まったときに、棒が跳ね上がり俺の剣先を弾きに来た。


 引っ掛かった、剣先を僅か横にずらし通過する棒の先を横に弾く。

 がら空きになった腹に向かって踏み込みながら突きを入れ、後方に吹き飛ばす。

 長剣を模した木刀だが、直刀なので短槍並みの使い勝手だね。


 〈ウォー、ゴールドランクを二人ともやっちまったぜ〉

 〈くっそう、何で負けるんだよ!〉

 〈草原の牙に賭けたんだぞ!〉

 〈おらっ、未だ三人残っているだろうが。逃げるなよ!〉

 〈いいぜ嬢ちゃん。オークキングを持ち込んだ、お前に賭けて大正解だぜ〉

 〈まさかねぇー、大穴も良いところだぜ〉

 〈あー負けた負けた。草原の牙も大した事ねえなぁ〉


 「ギルマス、次の奴を頼むよー」


 残り三人がギルマスに何かを告げているが、逃がさねえからな。


 「アキュラだったな、詫びを入れたいと言っているが」


 「構わないけど身ぐるみ剥ぐ約束だからね」


 俺の言葉を聞いた一人が背を向け、出口に向かって走り出した。

 甘いね、足下に結界の輪っかを作り足を引っかけて転倒させ、起き上がろうとしたところを後ろから股間に蹴りを一発入れる。

 その隙に見物席に逃げ込もうとした男が、罵声と共に訓練場に蹴り落とされている。

 残りの一人はそれを見て見物席に逃げるのを諦めてふて腐れている。


 ランカン達を呼び寄せ、無傷の二人から全てを剥ぎ取らせ二人三脚の様に足を縛らせる。


 「おいおい、身ぐるみ剥いだら用済みだろう。縛られる謂れは無いぞ」

 「ギルマス、負けたから全て差し出したんだ。離してくれよ」


 ギルマスが口を開く前にこっそりと一枚のカードを見せる。

 思慮深い表情の狐と背後に交差する剣に周囲を炎の輪が包む王家の紋章で、王国査察官と同じ物だとレムリバード宰相が言ったやつ。


 「それは・・・本物か」


 「訳あってレムリバード宰相から預かっているんだ。此奴等八人を鑑定すると、盗賊,奴隷狩り,殺人とか色々胸くその悪い事が判るんだ。それとマジックポーチを持っている奴が多すぎないか、この身形でマジックポーチを五人が持っているなんて異常だよ」


 「お前、その為に全財産を賭けさせたのか」


 ニヤリと笑うと呆れていたが、全員を拘束する事に同意してくれた。

 警備兵を呼んで来るようにボルヘンに頼む。

 渋るボルヘンには、警備兵詰め所で王国の身分証を見せたら大丈夫だと言って送り出す。

 あんたの持っている身分証は、レムリバード宰相直属官吏の物なのを忘れたのかと言ったら、不承不承出掛けて行った。


 ランカン達には、男達から全てを剥ぎ取るお仕事をお願いする。

 勝負は終わったが見物の冒険者達は、草原の牙の連中が丸裸にされるのを笑いながら見ている。

 それぞれの上着に取り上げた全財産を包み、パンツ一枚の男を警備兵が来るまで待たせ、その間に重傷者には怪我の回復ポーションを飲ませておく。


 ポーションを飲ませるとみるみる怪我が治っていくのを見て、ギルマスが何かに気付いた様だが何も言わない。

 そうそう、余計な事は言わない方が身のためだよ。


 ・・・・・・


 ボルヘンが連れてきた警備隊の者に俺の持つ身分証を示し、事情を話して牢に放り込んでおくように頼む。

 ボルヘンは草原の牙八人を連行する警備隊の者から、会釈を受けて照れている。


 食堂でエールを飲み直しながら、ボルヘンに結果を尋ねる。


 「どう、身分証は立派に通用しただろう」


 「おう、警備隊の連中があんなに礼儀正しいとは知らなかったぜ。馬車で行ったからそれなりの対応だったが、身分証を見せたら態度が変わったね」


 「だから言ったでしょう、宰相閣下直属のお役人様の身分証だから大丈夫だって」


 其れを聞いた残りの5人が、それぞれの身分証を取り出して繁々と見ている。


 「此れがねぇ」

 「王城への出入りの時の門番は、丁寧な態度だったな」

 「うむ、初っぱなのアキュラと宰相様の遣り取りを見ていたから、丁寧だとは思っていたけどなぁ」

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