第59話 待ち伏せ

 エルドアも学習したのか三度目の治療を受けた後鼻を押さえて睨んでくる。

 甘いね、アイスランスならぬアイスニードルが目に突き立ち悲鳴を上げる。

 次ぎに頭を抱えて蹲ると、尻を目掛けて強めの雷撃が落ちる。

 一つ一つは小さな魔法攻撃だが、精霊達が本気になれば一瞬で死ぬ事を知っているので、だんだん強くなる攻撃に堪えきれず音を上げた。


 聖衣の尻が破れてしまったが、着替えもさせず迎えの馬車に押し込む。

 魔法部隊の九人を王城に預け、そのまま転移魔法陣に向かう。

 各国の王都間を結ぶ転移魔法陣の在る砦は、多数の兵により厳重な警戒態勢がとられていてネイセン伯爵様が迎えてくれる。


 「伯爵様・・・その格好は?」


 貴族とは思えない、大店の主の様な身形である。


 「向こうの転移魔法陣を占拠した後の、指揮を執る事になってしまったよ。教団関係者と交渉する必要が有れば、私が担当する事になってね」


 「それは大変ですねー」


 棒読みになってしまったが、伯爵様が笑っている。


 「死にたくないので、お手柔らかに頼むよ」


 アリューシュ神教国への転移は、エルドア大教主とお付きの二人に俺と連絡係の男の五人が第一陣。

 無事転移魔法陣の砦を占拠したら、連絡係の男が帰り59名の猛者と伯爵様が後続として乗り込んで来る手筈だ。


 “しろがね”と攻撃を受け持つ風水火土に雷氷の精霊達に遣るべき事を伝えて転移魔法陣の中に進む。


 一瞬の揺らぎの後、エメンタイル王国魔法陣の壁に描かれた王家の紋章が、アリューシュ神教国の教皇猊下が被る帽子をかたどった紋章に代わった。

 女神様のお姿でも描けよと思うが、誰も会った事がないのだろう。

 教会に有る女神像を彫った奴は想像力が豊かに違いない。

 想像力と言うより妄想力かな、やってる事が少し抜けているから理知的な顔は止めた方が良いのに。


 警備の兵に迎えられて出口に向かうが、その前に“しろがね”から連絡が来た。


 《アキュラ、出入り口は全て塞いだよ。直ぐに此処の人達もバリアで包んでおくからね♪》


 楽しんでいる様で何より。


 《あーん、私の遣る事がないよー》

 《つまんないの》


 《後で頑張って貰うから待っててね》


 《はーい》

 《判ったよー》


 転移魔法陣の操作係を脅し、連絡係の男を送り返す。

 暫くすると第一陣として伯爵様以下七名の姿が現れ、その後は順次八名ずつ転移してくる。

 彼等に見える様に全ての精霊が姿を現しているが、驚きこそすれ声を上げる事もなく坦々と配置につく。


 伯爵様には三日待って変化がなければ、取り決め通り俺を待たずに帰る事を確認して出発だ。


 エルドア大教主とお付きの教主の後に続いて砦を出ると、“しろがね”が出入り口を封鎖し精霊達の姿が消える。

 送迎用の馬車に乗り込み、アリューシュ神教国の教団本部に向かう。


 教皇猊下と八名・・・今は六名の大教主が待つ教団本部は、大神殿の隣に立ち宮殿紛いの建物だ。

 嘗てのファラナイト公爵邸の2倍くらい有りそうで、王宮とは別に此れほどの贅沢が出来る教団って超優良企業かな。

 でも完全なブラック体質だから、幹部だけがウハウハな生活だろうと思う。


 現にエメンタイル王国の女神教の大神殿では、教主と大教主のマジックポーチからは金貨の袋がざくざく出てきた。

 それを見る聖教父や神父の目付きは、完全に冷めていたからな。


 宗教国家で信徒だけが公職に就けるとなれば、襲われる心配はほぼ無い。

 柵も門もない中を進み、馬車は宮殿の正面玄関に横付けする。

 流石にエルドア大教主様のご帰還となれば・・・と思うが思ったよりも出迎えが少ないね。


 「何時もこの程度の出迎えなのか? 大教主と言っても軽い扱いなんだな」


 軽く揶揄ってやるとエルドアはむっとした顔になるが、二人の教主の顔色が悪い。

 何か一波乱有りそうなので、何時も身体の表面を覆っているシールドを念のために強化しておく。


 出迎えてくれた執事の様な男とずらりと並ぶメイドの様な女性も、全て純白の衣服だが聖職者とはデザインが違う。

 敵意は感じられ無いが警戒しているのがよく判る。

 長い通路を歩き階段を何度か上下して到着したところは大広間だが以外と質素な造りで、玉座と見間違う仰々しい椅子に座る男とのギャップが酷い。

 左右に三名ずつの大教主がどっしりとしたソファーにふんぞり返っている。


 背後の壁には騎士がずらりと並び、一段高い位置には魔法使いと思しき集団が俺達を見下ろしている。

 案内してきた執事らしき男が立ち止まり跪くと、エルドア大教主が「ラフォール・ウルバン教皇猊下、只今精霊の巫女を連れて参りました」と大音声で報告を始める。


 玉座紛いの椅子に座るおっさんとは、20メートル以上離れているのでそうなるわな。

 玉座のおっさんがボソボソと喋ると、傍らに控える男が大声でエルドアに指示を与える。


 〈エルドア大教主殿ご苦労で御座る、下がられよ。精霊の巫女よ、アリューシュ神教国国王陛下にして、アリューシュ神教国教団のラフォール・ウルバン教皇猊下様に跪き、ご挨拶を申し上げよ〉


 大仰な物言いに呆気にとられている間に、エルドアは案内の男と共に騎士達の控える壁際に寄りニヤリと笑っている。


 〈娘よ、跪きウルバン教皇猊下様に忠誠を誓え! その方は魔法を得意としてる様だが此処では通用せぬぞ。壁際に控える者共はアリューシュ神教国の魔法部隊の精鋭達だ〉


 成る程ねぇ、エルドアが俺に捕らえられる事も織り込み済みか。

 ソブランとランドル達から色々聞いて、自分が捕らわれてからの段取りも出来ていたのか。

 痛い思いをしてまでご苦労な事だね。


 周囲に半球状のバリアを張り、奴等の攻撃に備える。


 《みんな、俺が攻撃を受けても何もしちゃ駄目だよ》


 《えーアキュラを守れって言われてるのにぃー》

 《何故なのー》

 《全部消し飛ばせるよー、駄目なのぅ》


 《ダーメ! 少しの間だけだから辛抱してね》


 「ねぇおっさん、偉そうにふんぞり返っているけど、アリューシュ神様に仕えているんじゃないの。私が精霊の巫女なら、貴方こそその椅子から降りて私に跪く必要がありますよ♪」


 〈結界魔法を良く熟すとの噂だが試してみるか〉


 そう言って隣に立つ男に頷くと、男が腕を振り下ろす。

 同時に左右に控える騎士達が抜刀して駆け寄ってくるが、大槌やハルバートに大斧を持った者までいる。


 〈ドン!〉〈ドカーン〉〈ドンドンドン〉〈ガッキーン〉


 長剣,大剣,大槌にハルバートとそれぞれが渾身の力でバリアに得物を打ち付ける音が大広間に響く。

 煩いので音声を遮断して見物していると、彼等に代わって魔法部隊の詠唱が始まった様だ。

 大広間とは言え、室内で魔法攻撃をするとはね。


 教皇猊下と大教主達が立ち上がり部屋から出て行こうとしている。

 

 《“しろがね”彼奴らをバリアで包んでおいてね》


 《はーい・・・ぎゅっとしちゃ駄目?》


 《駄目だよ、色々と聞きたい事が有るんだから》


 と思ったらエルドアの姿が消えている。

 出迎えを受けた時からこんな事だろうと思っていたが、用意周到だね。


 〈なっ、何だ!〉

 〈糞ッ・・・此れが精霊か!〉


 逃げ出した教皇猊下や大教主達が、“しろがね”の結界に包まれてジタバタしている。

 その中に居れば魔法攻撃の余波を受けても大丈夫だよと教えたいが、安心させる必要は無いので黙っておく。

 一応“こがね”には、彼等が怪我をしたら死なない程度に治療してあげてとお願いしておく。


 ファイヤーボールやアイスバレット等が飛んで来るが、威力を抑えている様で大広間が壊れる様な事になってない。

 おかしいと思っていたら背後に人の気配が現れ、振り向きかけた身体が吹き飛ばされた。

 転移魔法か! 男女二人が棍棒を手に倒れた俺に殴りかかって来たが、一瞬でストーンランスが身体に突き刺さり倒れる。


 一応教皇猊下の前に出るのだからと、聖女の服装なんだから殴るなよ。

 しかもその棍棒の太さは何だ! 殴り殺す気満々じゃねえか!


 ん・・・静かになったと思ったら、俺の結界内で死んでいる二人を見て驚いている。

 と思ったが違った、ぶっとい棍棒で殴られて吹き飛ばされたのに、しれっと立ち上がった俺を見て驚いている様だ。


 結界魔法は一つだけじゃ無いんだよ。

 シールドなんて知らないだろうから無理も無いか。

 しかし結界に魔法攻撃は通用しないし、結界内に攻撃手段は無いはずなのに転移魔法は通用するんだ。


 魔法攻撃は魔法使いから結界に向かって放たれる魔法だが、転移魔法は魔法使いと転移し出現する場所を結ぶ点と点の魔法だからかな。

 等と考えていて思い出した。

 グズネスに襲われた時も、結界内に居たのに転移魔法使いに襲われたんだった。

 俺も結構間抜けなのね。


 壁際に並ぶ騎士達と魔法使いを全て結界で包み込み、音声を遮断しておく。


 《“ふうちゃん”、そこの偉そうにしていた七人を此方に転がして来てよ》


 《はーい♪》


 軽い返事と共に、七つの球体に包まれた教皇猊下と大教主が転がって来て、俺のバリアに当たって止まる。

 止まったのは良いが、球体の中で転がされて目を回している者や、服や髪がが乱れて酷い格好の者等は言葉が出ない様である。


 「逃げようたってそうはいかない・・・と言うか、お前達は何者なの?」


 俺に問いかけに、ギョッとした顔になる七人。

 教皇猊下とか大教主様にしては尊大さが足りないのさ。

 命令するよりも、命令される側の人間特有の雰囲気が滲み出ているんだよな。

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