第58話 反撃
「確かに教主に連れられて数名単位で各国へ行く者や、他国から我が国に来る者がいるが」
「全てをアリューシュ神教国に送れば疑われますが、各国を点々としながら優秀な者だけを教団に集めてもバレませんからね。それに教会の聖教父や聖教女になった時点で宗教名を与えていますから、国を移動する度に名前を変えられたら把握は無理ですよ」
「確かに、教主や大教主なら名前を変える事は出来ないだろうが、聖教父や聖教女とか見習いになった時点で世俗の名は捨てるからな」
「そうやって名前を変え各国を点々とさせながら、優秀な者をアリューシュ神教国に集めています。はやり病の時に此の国の教会が、聖父や聖女の派遣要請をしましたが少数しか来なかったでしょう」
「ああ、聖父や聖女は数が少ない上に、他国へ治療に赴いている者も多く無理だと断られたと聞いた。我が国としても派遣を要請したが、返事は同じだった」
「当然です。此の国の女神教がアリューシュ神教国教団に派遣を依頼すると、彼等一人につき金貨100枚が必要になります」
「本当かね?」
「ソブラン,ランドル大教主から聞き出していますし、エルドア大教主も認めています。貴族や大商人お抱えの治癒魔法使いが治せない病気や怪我は、教会に治療を依頼するでしょう」
「そうだが、それが何か」
「その時女神教の聖父や聖女の手に負えない時には、神教国に上位の聖父や聖女の派遣を依頼すると金貨100枚を教会が支払います」
「それは先程聞いたが、何か裏が有るのかね」
「見事怪我や病気が治ると、金貨数百枚の謝礼が支払われますよね。そのうち女神教の取り分が招聘費用の金貨100枚と同額が上乗せされます」
「なんと・・・神教国は招聘費用を受け取りながら、回復謝礼の殆どを受け取っていると言うのか」
「そうです、謝礼が金貨500枚だとすると、招聘費用の100枚を足して600枚。その中から女神教の支払った100枚を返却し、100枚の上乗せを支払う。女神教の聖父や聖女の手に負えない病や怪我を治して貰ったのなら、謝礼は相当な額になります。それだけではありません、聖父や聖女を手厚くもてなすでしょう。アリューシュ神様への信仰も一段と篤くなり・・・」
「我が国の機密も筒抜けと・・・」
ネイセン伯爵様が来たので、一連の流れを説明する。
「そうなると、ますます神教国と敵対するのは危険すぎるぞ」
国王陛下がソファーの背にもたれ掛かり、投げやりに呟く。
「君が精霊の加護を受けし者だとしても、神教国に乗り込んで行くのは無理ではないのか」
「エルドア大教主と、お供の教主二人を道案内にしますから大丈夫ですよ。万が一の場合の為に転移魔法陣を守って貰うのですから」
「万が一とは?」
「アリューシュ神教国教団の教皇と大教主を支配下に置けない時は、皆殺しにしてアリューシュ神教国の王城を潰します。それと同時に転移魔法陣を彼等が使えなくします」
「ちょっと待ってくれアキュラ・・・王城を潰すって聞こえたが、また例のようなことを遣る気か?」
「もっと簡単な方法ですよ」
《“てんちゃん”と“だいち”膝の上に来て》
《はーい》
《なに、何をするの》
壁際に置かれたキャビネットの中、お高そうな酒のボトルが見える。
《“てんちゃん”あのお酒をテーブルの上にお願い》
《はーい》
膝の上に来た精霊をマジマジと見ていた三人が、テーブルの上に現れた酒のビンにビックリしている。
《“すいちゃん”も手伝ってよ》
《ん、何をするの?》
《“だいち”にビンを砂に変えてもらうから、中のお酒がこぼれない様にしてもらえるかな》
《簡単よ、任せて!》
《“だいち”ビンを砂に変えてくれるかな》
《ほーい》
テーブルの上の酒のビンと、三体の精霊が何をするのかと見つめる前で、酒のビンが音も無く崩れ落ちる。
〈えっ〉
〈な、ななな〉
〈此れは?〉
《“てんちゃん”グラスも四つお願い》
ビンが砂の様に崩れ落ちたが、中の液体はそのままの形を保っている。
その隣にグラスが四個現れたので、三人がビクッとするが次の瞬間一塊の氷が次々とグラスの中に現れる。
“あいす”が何時もグラスに氷を入れる係りなので、気を利かせてくれた様だ。
《“すいちゃん”こぼさないでグラスに入れられるかな》
《簡単よ♪》
形を溜まったままの液体の側に行き、上部をポンと蹴る。
〈あっ〉
〈えっ〉
蹴られたビンの形した液体が傾くが、倒れずに上部から酒がグラスに落ちていく。
二個までは注げたが、三つ目のグラスに届かない
《あーん、届かない》
《任せなよ》
“だいち”が液体の底を砂で包んで移動させ、次々とグラスに酒が注がれていく。
《有り難う“だいち”もう一度ビンに戻せる》
《ほい♪》
《んじゃー戻しておくね》
“すいちゃん”の声と共に、液体が机の上を這い元に戻ったビンの口から中に戻って行く。
あんぐりと口を開けて見ている三人を無視し、グラスを手に取ると香りを嗅ぐ。
おー、流石は国王陛下の飲む酒だ、中々の香りじゃないですか。
一口含んで舌で転がし楽しんでいると、伯爵様が呆然とした顔のままグラスを掴み一気に飲み干した。
「国王様、宰相様気付けの酒は如何ですか」
そう言うと“ふうちゃん”がグラスを二人の前に滑らせていく。
なかなか連携が取れてるね。
一杯の酒では足りず、それぞれのグラスに継ぎ足して二杯目を飲み干すと漸く正気に戻った三人。
「なんとまぁ、精霊とは器用なものだな」
国王陛下、未だ正気に戻ってないね。
「その・・・何だね、それだけの精霊が居るって事は、全ての魔法が使えるのかね」
「私は治癒魔法と結界だけですよ」
「すると精霊が魔法を使っているのか」
「お前は一体何者だ? 人に有らざる力を持つ者の事など聞いた事が無いぞ」
「精霊じたいお伽噺の世界の事だと思っていたが」
「こうも目の前で次々と想像外の事を見せられると・・・」
「唯の人ですよ。違っているのは精霊を授かっている事ぐらいですかね」
「授かっている事ぐらいって、アリューシュ神様の寵愛を受けているとしか思えん」
「それなら面倒事に巻き込まれる事もなく、今頃は大邸宅に住みのんびり暮らしていますよ。話を戻しましょうか、今見せた中に土魔法が使える精霊が居ます。王城の柱や壁を斜めに砂に変えたらどうなると思います」
俺の言っている事が理解出来ないのか、ポカンとしている。
「周囲を見てください、主要な構造物は石造りですよね。これらの基礎や下部を斜めに斬った様に砂に変えたらどうなると思います」
二度同じ事を言ったら漸く俺の言わんとする事が理解出来た様だ。
「そりゃー・・・ひとたまりもないな」
「精霊が飛び交い、王城が崩壊したとしても俺の責任とは言わないでしょう」
「陛下、レムリバード殿アキュラ殿に全てお任せするしか無さそうですよ。我々が何を言おうと彼女は思い通りにしますから。ならば彼女のお手伝いをしておきましょう」
ネイセン伯爵様の言葉に頷くしかなく、俺の要望に応えて急ぎ口の堅い腕利きが近衛兵や警備隊から掻き集められた。
その際、服装は普段着でエメンタイル王国を示す物は一切剥ぎ取られた。
30名づつ二斑に分けられ黒と茶色の覆面姿になり、額に書かれた番号を呼び名とする。
俺の呼び名は薬師様、まぁ名前で呼ばれないだけマシか。
準備が出来次第、各国の王都を結ぶ転移魔法陣の詰め所で待機と取り決めてから、俺は女神教のエルドア大教主達の所に戻る。
・・・・・・
くたびれた顔で座り込む一団が、突如現れた俺を見て蠢き出すが静かなもので在る。
エルドア大教主とお付きの教主二人の音声遮断を解除し、朝になったら王城に行ってもらうと告げ結界の首輪を付ける。
「その首輪は結界魔法で作っていて当分外れないぞ、それとこういった使い方も出来るんだ」
そう言って三人の首輪を軽く締めてやる。
俺に言われて首輪を確認していた三人が、いきなり締まった首輪に驚くと供に息苦しさから必死で首輪を引っ張っている。
「俺が何時でもお前達を殺せる事を忘れるな」と念押しをして首輪を緩めてやる。
魔法部隊の九人には、エメンタイル王国の王城にて預かりとすると告げる。 不安そうな彼等には、暫くしたらアリューシュ神教国に帰してやると約束しておく。
昼前にレムリバード宰相よりエルドア大教主宛てに準備が整ったと連絡が来たので王城に移動する。
俺と共にアリューシュ神教国に帰る事を告げたとき、身の危険を察知したエルドアが愚図ったのでお仕置きをしておく。
全員のバリアを解除し各自の首輪を確認させると、精霊達に姿を現す様に頼む。
その上で極小の風水火土に雷氷の攻撃魔法を披露してもらう事にした。
標的は愚図ったエルドア大教主様になってもらう。
エルドアが盛大に文句を言い、俺と共にアリューシュ神教国に帰るのを拒否するが、言葉を発した瞬間に空間から極小の雷撃魔法が鼻に突き刺さる。
〈バシーン〉と音がすると同時に少し離れた場所に居た“らいちゃん”が胸を張る。
鼻を押さえて涙目のエルドア大教主。
「お前が拒否しても無駄だよ、アッシドの様になって帰りたいのなら無理にとは言わないけどな」
涙目で睨むエルドア大教主の前に“こがね”がスイーっと跳んでいくと治癒魔法で鼻を治療している。
痛みが収まりほっとするエルドアの鼻に、“ほむら”の炎が飛び〈パン〉と小さな破裂音が聞こえる。
精霊が攻撃すると暫くして“こがね”が治療するが、治ったと思ったら次の精霊が攻撃を加える。
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