第38話 伯爵の爆弾

 館に戻ったネイセン伯爵は、執事のブリントに「鑑定使いを呼べ!」と興奮気味に命じた。

 呼ばれた鑑定使いは執事と共に鑑定品を見る前に、今日鑑定する物に対し口外禁止をきつく言い渡され誓わされた。


 ハランドの屋敷に仕える執事ホーガンと鑑定使いのハロルドも、此れほどの物は見た事が無いはずだ。

 マジックポーチから取り出されたポーションケースを見てブリントも鑑定使いも拍子抜けをする。


 最初に二本のポーションを鑑定させられたが、怪我の回復ポーションも病気回復ポーションも最上級品で、これ以上はエリクサーのみと思われる品。

 震える声で報告する鑑定使いの前に、淡い金色のポーションビンが置かれた。


 此れほどの逸品の後にと思ったが、伯爵の顔を見て質問を止め鑑定を始めた。

 まさか・・・まさか、《エリクサーだって!!!》自分の鑑定結果が信じられない。

 心の悲鳴が身体を震わせ力が抜け、ポーションのビンを持ったままヘナヘナと座り込んでしまった。


 「やはりそうか・・・エリクサーに間違いないか」


 伯爵に問われて、ガクガクと頷く事しか出来ない鑑定使い。


 ・・・・・・


 翌日、レムリバード宰相の元にネイセン伯爵から書状が届いたが、書状の内容は鑑定使いを伴って館までお越し下さいといった簡潔な内容だった。

 はて、アキュラを呼んでポーションを作らせる事の報告だと思ったのだが、予想に反する内容に戸惑う。

 だが鑑定使いを伴ってとあれば、王城に持って来られない逸品に違いないと思い、午後に伺うと返事を出した。


 レムリバード宰相を迎えたネイセン伯爵は客間には通さず、護衛も玄関ホールに留まらせる様に宰相に要求した。

 疑問を口にするレムリバード宰相に対し「以前の事も有りますので」と悪戯っぽく笑い、要求を翻す気が無い事を示した。


 それを言われては反論のしようも無い、あの時は一夜にして情報が漏れるどころか知れ渡っていた。

 その後徹底的な調査を行い情報漏洩の元を絶ち、雑用係の使用人から従者や小間使いまで多数の人間が処罰され追放された。


 勿論情報を受け取っていた貴族達も、浅からぬ傷を負う事になり沈黙する事となった。

 情報漏洩源が十指に余り、酷いのは護衛の近衛騎士までが縁者を通じて縁戚の貴族に漏らしていた事だ。

 その為伯爵の要求を拒否できず、鑑定使いのみを従えて伯爵の執務室に向かった。


 ソファーに向かい合い、伯爵がマジックポーチから取り出したポーションケース。

 二本のポーションをテーブルに乗せ、鑑定使いに頷く。

 一礼してポーションのビンを手に鑑定するが、鑑定結果は伯爵お抱えの鑑定使いと同じ。


 「怪我の回復ポーションと病気回復ポーション、どちらも最上級品で以前鑑定した物と同等品です」


 その声を聞き、黙って最後の一本をテーブルに乗せる。


 「まさか・・・それは?」


 腰を浮かし掛けたレムリバード宰相を手で制し、鑑定を促す。

 レムリバード宰相の徒ならぬ気配に、鑑定使いも目の前に置かれたポーションが何か察した様だ。

 小刻みに震える手でそっと持ち上げ、淡い金色のポーションを凝視する。


 「エリクサー ・・・ エリクサーに間違い御座いません! 然し・・・然し」


 「然し、どうした?」


 「以前鑑定したエリクサーと少し色が違い、込められた治癒魔法の魔力が何と高い事か。此れを作った薬師は治癒魔法も魔力も相当高い者に違いありません」


 それを聞いて、初めてアキュラのポーションを目の前で鑑定した時、鑑定使いのハロルドにアキュラが問いかけていた事を思い出した。


 「鑑定使い殿、貴方の鑑定能力と魔力を教えて貰えるかな」


 「鑑定スキルは上級レベルです。魔力は98有ります」


 ハロルドは魔力92だったが、魔力85以上なら同じ鑑定結果が出るだろうと言った。

 鑑定スキル上級で魔力98なら判らない訳がないか、そう思いながらテーブルに置かれた三本のポーションをポーションケースに戻し、マジックポーチにしまう。

 執事に命じて、鑑定使いを護衛の騎士達の所に行かせる。


 「この三本は昨日アキュラの元を訪れ、陛下の言葉を伝えたときに目の前で作られた物です。私以外に問題になった冒険者四人と仲間の二人、7人の目の前で作られました。同時に陛下の申し出は拒否されました」


 「なんと・・・何が不服なのですか? 金額ですかそれとも」


 「陛下の申し出は、彼女に何のメリットも無いのです。陛下の申し出を伝えたとき、献上したポーションを本当に俺が作った物なのか疑っているのだろう、と言われました。その後目の前でポーションを作り始め、最初の二本を作り最後にエリクサーを作りました。薬師達がポーション作りに精魂込め、特殊な薬草やドラゴンの内臓などと言っていますが、彼等とは作り方が違うのでしょうね」


 「それを陛下に献上すれば、お喜びになられるでしょう」


 其れを聞きき、伯爵は苦笑いしながら首を横に振る。


 「それは無理です。此れは私の物ではありません、鑑定する様にと預かった物で王家には渡さないとはっきり言われました。レムリバード殿には私の一存でお見せしただけで、誰にも見せるなとは言われておりませんから」


 そう言ってネイセン伯爵が悪戯っぽく笑い、最後に爆弾を投げつける。


 「彼女は怪我の回復ポーションを13本、病気回復ポーションを12本と問題のポーションを16本作りましたよ。お目に掛けたのはそれらの一本ずつです」


 「はっ」何を聞かされたのか理解出来ず、レムリバード宰相が間抜けな声を出す。


 ・・・・・・


 商業ギルドに出向き、家を建てる話を中止し馬車2台を止められる家を借りたいと告げる。

 序でに馬車を預かってくれるホテルを紹介して貰い、俺達は家が見つかるまでの間ホテル暮らしをする事にした。

 紹介してくれたホテルは以前宿泊した、カルロン通りのカルロン・ホテル。


 ホテルの支配人は快く迎え入れてくれたが、客の視線が痛いので支配人に頼み仕立屋を呼んで貰う。

 ツインの部屋で銀貨6枚と聞いてビビっているが、支払いはランカンに預けた革袋から出しておいて貰う。

 ツインの部屋四つなので金貨2枚と銀貨4枚と聞いて、手が震えてますぜランカンさん。


 宰相閣下も尋ねてくる俺のお供なので、少々柄は悪いが目をつぶってくれる良いホテル。

 俺だって少し良い服を着ているが、流民の冒険者だから落ち着けと皆に言い聞かせる羽目になったよ。


 夕食前には仕立屋が着てくれて6人の採寸をし、丈夫で目立たない色合いの生地に決める。

 男四人と女性二人それぞれ揃いの冒険者用の服に決定、お一人様金貨22枚のお値段に〈マジかよぉ~〉って声が聞こえるがしらんぷり。

 俺の服のお値段を聞いたら腰を抜かすだろうが、伯爵様達の服は呆れる程のお値段だから安い物だよ。


 「おいアキュラ、預かった金じゃ全然足りねえぞ」


 「大丈夫だよ、商業ギルドに預けている方から払うからね。預けた物は当面の生活費だよ」


 「あんた、いったい幾ら持っているのよ?」


 「んー、最初に伯爵様に売った分だけで革袋7つ貰ったかな」


 〈駄目だ、ついていけんわ〉

 〈俺も、何時もの安宿と違いすぎて落ち着かねえよ〉

 〈何かとんでもない奴に関わっちまったな〉

 〈そうよねぇ、魔法もとんでもないし。伯爵様が唸る様なポーションを、あっさり作っているし〉

 〈渡されたマジックバッグも大概なお値段の筈だぜ〉


 3日後には服が出来上がり、ブーツも揃いの物を買って身形が一新した。


 〈ブーツが金貨6枚とはねぇ、俺達冒険者からしたら身の毛のよだつお値段だぜ〉

 〈でも履き心地は最高ね〉

 〈こんなにして貰って良いの〉


 「大丈夫だよ、この間作ったポーションを一ビン売ればおつりが来るよ」


 〈あの時の伯爵様の顔色から、相当なものだとは思ったけどねぇ〉

 〈あれって噂に聞く上級ポーションなの?〉


 「そうだけど、あんな物を作っても貴族や大商人達が買い漁って、溜め込むだけだからね。普段はあんな物作らないよ」


 〈然し、まるっきりアキュラお嬢様の護衛にしか見えないよな〉

 〈そうそう、アキュラの衣装がお高そうだから余計にねぇ〉

 〈アキュラもワンピースとケープを纏えば、一端のお嬢様に見えるからな〉

 〈黙っていればの断りがつくけどな〉

 〈然しその頭、もう少し髪を伸ばしなさいよ〉


 「嫌だよー、もっと短くしたいのに肩までで辛抱しているんだよ」


 ・・・・・・


 商業ギルドから馬車を止められる家が見つかったと連絡が来て、全員で見に行く事にした。

 3階建て高い天井の広々とした玄関ホール、1,2階が各13室で3階は14室に屋根裏部屋が18室と大邸宅。

 聞けば元豪商の王都屋敷だったが、引退して故郷の街に帰ったので空き家になっているとの事。


 「アキュラ、こんなお屋敷にたった7人で住むのは大変だよぉ」

 「私達にはハランドの家の倍程度までが精々だね」

 「厩と馬車置き場も馬鹿でかくて、俺は嫌だね」


 話を聞いていた商業ギルドの係員が苦笑いしている。

 今のところ、馬車2台と馬を繋いでおける家はこれ以外に無いと言われて、げっそりしてしまった。

 紹介して貰った、半分以下の部屋数と馬車置き場や厩付きの家が見つかったら連絡して貰う事にし、ホテル住まいを続ける事にした。


 王都の森に様子を見に出掛けたが、貴族街の入り口で馬車を止めガルムとボルヘンはそこから引き返させる。

 俺一人徒歩で衛兵達の詰め所の前を通るが、誰一人声を掛けて来ず引き攣った顔で目を逸らされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る