第34話 方丈記

 四日後に伯爵様から連絡が来たが、相手は商家の娘で目が殆ど見えなくなっているそうだ。

 王都の森を知られたく無いので、ネイセン伯爵様の館まで出向き其処で迎えの馬車に乗る事にした。


 迎えの馬車は商家の物だが豪華の一言、稼いでますねぇと思わず言いたくなったね。

 大きな建物の裏口から入り、馬車が横付けされたのが裏口とは恐れ入る。

 飾りこそ簡素だが、伯爵様のお屋敷の正面玄関と変わらない大きさで、執事風の男が馬車のドアを開けて慇懃に頭を下げる。


 「アキュラ様で御座いましょうか」


 黙って頷くと「ご案内致します」と一礼して前に立つ。

 裏口とは言え家人専用の入り口の様で、数名のメイドも控えていて頭を下げている。

 広い通路を幾つか曲がり階段を上がっては又歩く。

 伯爵様は商家の娘としか言わなかったが、相当な豪商のお屋敷の様だ。


 磨き上げられたドアの前でノックをし「アキュラ様をお連れ致しました」と告げるのを見て、伯爵様負けていますよと突っ込みを入れたくなった。

 広い部屋の基準が伯爵邸の俺から見ても、客間は立派,豪華,煌びやか何て言葉が頭に浮かぶ。

 香を焚いているのだろう、香しい香りとは裏腹な沈痛な顔付きのご婦人と壮年の男がベッドの横に座っている。


 ベッドに横たわる女性は30前後の見掛けだが、此の世界では見掛けの年齢は信用なら無い。

 目の上に薄衣が置かれていて、顔半分を隠している。

 一礼してベッドの横に立ち(鑑定! 病状)〔眼病〕んな事は判っているんだよ!


 まっ、眼病以外は無しって事だが目の何が悪いのかだ、怪我の治療に威力を発揮するスキャンを使う。

 探索スキルの人体探査方法、怪我の場所を特定し集中的に治癒魔法を使うのに便利なやつ。

 治癒する場所を特定できれば、集中的に治癒魔法が使えて省エネ治療が出来る。

 この治療方法を使っていて、ヤラセンの治癒魔法師やエブリネ婆さんに呆れられたものだ。


 目の奥に異物って言うか塊が有る、ひょっとして癌かな。

 だとすれば、眼病治療のポーションを飲んでも治らないだろう。


 「眼病治療のポーション以外に、何か飲ませたり治療しましたか」


 高名な治癒魔法師や薬師に来て貰ったが、目の治療以外はしてないとの返事が返ってきた。

 癌なら並みの病気回復ポーションを飲んだところで、回復しないだろうから判らないか。

 ティーセットの置かれたワゴンを持って来させ、その上にマジックバッグから魔力水や病気回復用の各種抽出液のビン、体力回復,疲労回復用の薬液を並べて行く。


 「何をしている! 娘を診てくれないのか?」


 「もう診ました。必要なポーションを作りますので暫くお待ち下さい」


 「何もしていないではないか!」


 「煩いなぁ、その薄衣の下の症状は判っています。少し目が押し出されているでしょう。目の奥に肉腫・・・肉の瘤の様な物が出来ている為です。眼病のポーションや薬では治りません」


 「何故・・・判るんだ」


 「必要なポーションが欲しいから、ネイセン伯爵様を頼ったのではないのですか。無理だと思ったら、とっくに引き返していますよ。そう言う約束でしょう」


 ガラス管に病気回復用の濃縮液や病巣消滅に必要な薬液を一滴、又一滴と落とし調合していく。

 まっ、病気としては病巣を消滅させ傷んだ部位の回復を促す為に、高濃度の治癒魔法を込めた魔力水に混ぜて終わり。

 伯爵様に提供した最高ランクの病気回復ポーションとほぼ同じで、手持ちを使いたく無いので調合しているだけの事だ。


 少し身体を起こして貰い、「失礼」と断って薄衣を外し、ガラス管からポーションを一滴二滴と落とし、反対の目にも一滴落とすと、残りを飲ませて横たわらせる。

 そのまま目の上に薄衣を掛け、掌を軽く乗せ口内で「ゆくぅかわのぉ~ながれぇぇはぁたえずぅしてぇ~しかもぉおぉぉその~ながれぇはぁもとのぉぅみずにぃ・・・」と方丈記の一節を抑揚を付けて呟き、掌から治癒魔法を少し流す。


 暫く待ち、スキャンで病巣回りを調べるが異常なし、(鑑定! 病状)にも〔健康〕としか出ない。

 おーし、治った治った。

 後は尤もらしく、如何にポーションの効き目が良かったかを宣伝して帰ろうっと。


 「お嬢様、目の痛みは消えたでしょう。もう見える様になったはずですよ」


 「本当か!」

 「薬師様、治ったのですか?」


 横になっているお嬢様が、恐る恐る薄衣の上から目をなぞり「痛くないわ」って呟いている。

 ご婦人が娘の手から、薄衣をゆっくりと外すと水色の綺麗な目が涙で溢れていた。

 〈ああ、キャロラン・・・よく見せて〉

 〈お母様!〉


 母子が感激して抱き合う場面が始まったよ、こういうの苦手なんだよねぇ。

 用済みになった各種濃縮液や魔力水をマジックバッグに戻し、壁際に控えるメイドさんを手招きしてお茶を入れて貰い喉を潤す。


 騒ぎも収まり、主人夫婦と娘から盛大な感謝の言葉を送られてこそばゆくなり、逃げ出す事にした。

 執事に謝礼の小袋を手渡されて馬車に乗り、伯爵邸へ送って貰った。


 ・・・・・・


 王都伯爵邸の執事ブリントに迎えられ、伯爵様に報告に行く。


 「如何でしたか、アキュラ殿」


 「眼病のポーションでは治らないものでしたが、無事治療は終わりました」


 そう報告し、謝礼に貰った小袋を執事に手渡す。

 執事のブリントが小首を傾げるので、謝礼に貰ったが紹介料を差し引いてくれと告げた。

 中を見ていないが金貨20枚程度は入っているだろう。

 簡単な治療だったが2,000,000ダーラは破格の治療代だ、紹介者にも手数料を渡すのは当然の事だが、ブリントと伯爵様が顔を見合わせている。


 「アキュラ殿、執事から此れを貰ったのですか」


 伯爵様が不思議そうな顔で聞いてくるが、そうだと答えると執事と何やら話し始めた。

 お茶を飲み次に卸すポーションの話をして伯爵邸をお邪魔する時に、ブリントから今回の治療代は商業ギルドに振り込まれていますと言われて、小袋も返された。


 「これは?」と問えば、「多分、彼方の執事が気を利かせたのでしょう」と、にっこり笑って言われてしまった。

 治療依頼を受けた時点で報酬の話はしていなかったので、先程の伯爵様の顔が気になる。


 ・・・・・・


 アキュラが乗る馬車を見送ったブリントが執務室に引き返すと、厳しい顔の伯爵が待っていた。


 「どう思う」


 「アキュラ様がお若く、冒険者の身形なので見くびられた様ですね。彼方の話ですと、目病の治療では治らず長くは持たないとの話でしたから」


 「病が回復したのなら、何れ礼を言ってくるだろうが追い返せ! 二度とランガスと付き合う必要は無い!」


 翌日ネイセン伯爵の声が聞こえたかの様に、ランガス商会会長のランガスが訪ねて来たが、玄関ホールで執事よりネイセン伯爵の言葉として『以後、付き合いはご遠慮願う』と伝えられて追い返された。


 娘の病気快癒お礼に来て追い返され、以後の付き合いを断られる理由がさっぱり判らない。

 王都で香辛料と穀物を扱う大店として君臨し、エメンタイル王国各地に支店を持ち手広く商売をしている。

 勿論ネイセン伯爵の領都であるハランドの街にも支店が在り、その関係での付き合いである。


 貴族から一方的に付き合いを断られる事は、商売上不名誉極まりない。

 ましてやエメンタイル王国各地に支店を持つ身としては、一貴族との付き合いが途切れても大した影響はないが、その不名誉は後々に影響する。

 それも理由も伝えられず断られたとなれば、落ち度は自分にあると言われているも同然である。


 自宅の本店に帰ると、ネイセン伯爵と親しい貴族を選び急いで訪ねて行った。

 招き入れられたサロンで、ネイセン伯爵に娘の治療を依頼し紹介された薬師が見事に治してくれた。

 快癒お礼に訪れたが玄関先で追い帰され、以後の付き合いを断られた事を告げ、何故その様な事になってしまったのか理由を調べて欲しいと懇願した。


 ・・・・・・


 一週間程してランガス会長の下に回答が届いたが、一読して頭を抱えた。

 即座に執事を呼び出し、薬師アキュラに謝礼を幾ら渡したのか尋ねた。


 お嬢様のご病気を治した腕と若い冒険者の薬師故、金貨20枚を奮発致しましたと得意げな返事を聞き絶望した。

 執事にもう少し事情を話しておくべきだったが、アキュラの名を知らぬ貴族や豪商達は居ないと思っていたが足下にいた。


 「お前、私の執事になって何年になる。アキュラの名を調べてみろ」


 「失礼ですが旦那様、従者も連れていない若い娘で、冒険者と薬師を兼ねる様な者ですぞ。たまたまポーションが効いたのは幸いでしたが・・・」


 「馬鹿者!!! だからアキュラの名を調べてみろと言っているのだ! ネイセン伯爵様に紹介して貰った薬師と、少し名の売れた街の薬師とを同列に扱うな!」


 ランガス会長は多額の手土産と共に、再び調査を依頼した貴族の元を訪れてネイセン伯爵への取りなしを頼んだ。


 ・・・・・・


 ランガス会長を追い返してから10日程過ぎた頃に友人の訪問を受け、ランガス会長のアキュラに対する不手際の詫びを受けてやってくれと頼まれた。

 渋々友人の頼みを受け入れてランガス会長と会ったが、執事の不手際を詫びられ改めてアキュラに礼をしたいと言われた。


 「ランガス殿、私とアキュラ殿とは依頼者と冒険者であり、ポーションの取引相手だ。貴方の懇願に負けて取り次いだが、あれ程恥ずかしい思いをした事は無かった。貴方の娘の眼病だが、治癒魔法師から長くはないと言われていると聞き、彼女のポーションならと紹介したのだ」


 「お陰様で娘の病は完治致しました。お礼の申しようもありません」

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